ボディについて考えるための本10選
世界との接点でもあり、時には私たちを縛るものともなり得る「ボディ」。フェミニズム視点で美容や体について発信する美容ライターの長田杏奈とさまざまなジャンルの本に精通するブックディレクターの山口博之がボディに対する多様な価値観に触れられる作品を紹介。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2021年6月号掲載)
本を紹介してくれたのは
長田杏奈(おさだ ・ あんな )美容ライター。著書に『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)。責任編集に『エトセトラVOL.3私の私による私のための身体』(エトセトラブックス)。
山口博之(やまぐち・ひろゆき/good and son)
ブックディレクター、編集者。選書集団バッハ(BACH)を経て2016年に独立。最新の企画・編集に『NOTYET―ALREADY』(ルーヴィス)。
![『別の人』 カン・ファギル/著 小山内園子/訳(エトセトラブックス)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body01.jpg)
01『別の人』
「同意不要」とされた傷
デートDVを告発し中傷にさらされる主人公をはじめ、「同意不要の存在」として尊 厳を踏みにじられた女 性の記憶や感情を丹念に描く。明快な制度や被害者像からこぼれ落ち、「落ち度があったのでは」という二次被害に傷つきながら、やがて自分さえも疑うようになる。性暴力のリアルとその後も続く人生に思いをはせてほしい。(長田杏奈)![『「ぐずぐず」の理由』 鷲田清一/著(KADOKAWA)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body02.jpg)
02『「ぐずぐず」の理由』
体から出て体へと戻る言葉
「待つ」や「聞く」といった受動的で積極的に評価されない行為に目を向けてきた哲学者の鷲田清一。冒頭で、オノマトペは“理解はできないけれど、納得はできる”言葉だと書く。論理的に説明ができない“内臓感覚”から生まれ、言葉として発せられ、それがスッと“腑”に落ちる。体から体へと再帰する言葉のあり方を探る。(山口博之)
![『処女の道程』 酒井順子/著(新潮社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body03.jpg)
03『処女の道程』
さらば、都合のいい「純潔」
平安の昔から現代まで「処女」や「貞操」がどのように語られてきたのかを軽妙なタッチで綴る。女性の体が性交経験の有無で価値づけられジャッジされてきた背景には、男性たちに都合のいい幻想や家父長制が透けて見える。社会や他人による勝手な値踏みをはねつけ体の尊厳を守るワクチンとして、知っておきたい文化史。(長田杏奈)
![『回復する人間』 ハン・ガン/著 斎藤真理子/訳(白水社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body04.jpg)
04『回復する人間』
回復とは元通りになることなのか
ハン・ガンは、傷や痛み、喪失にまつわる物語を書いてきた。本書にも傷と回復を描いた7つの短編が収められている。疎遠だった姉のお葬式でくじいた足。その治療のお灸で火傷して細菌感染し、小さな穴が開いた女性を描く「回復する人間」。回復する体と実感するさまざまな痛みが、姉とのすれ違いや喪失を呼び起こし、重なっていく。(山口博之)
![『禁断の果実──女性の身体と性のタブー』 リーヴ・ストロームクヴィスト/著 相川千尋/訳(花伝社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body05.jpg)
05『禁断の果実──女性の身体と性のタブー』
作られたタブーを笑い飛ばす
コーンフレークを発明したケロッグ博士しかり、精神医学の父フロイトしかり。普段は名士と知られる人が、女性の話になるとなぜかバグるというのは古今東西を問わないらしい。権威による間違った決めつけは、時に女性の健康や命を脅かす。読む者の喜怒哀楽を刺激する、女性器や生理のタブーに斬り込むギャグコミック。(長田杏奈)
![『手の倫理』 伊藤亜紗/著(講談社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body06.jpg)
06『手の倫理』
「さわる」ではなく「ふれる」こと
盲目や吃音の人の体について研究し、体と意識に新しい視点を提示してきた著者は、触覚と倫理において、メッセージを伝達する「さわる」ではなく、関係を生成していく「ふれる」に着目した。ふれるは、こうあれという道徳一般ではなく、生成変化する個別の倫理を導く。手を通して、変化する自分の中の倫理と多様性に触れる試み。(山口博之)
![『月経と犯罪──“生理”はどう語られてきたか』 田中ひかる/著(平凡社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body07_2.jpg)
07『月経と犯罪──“生理”はどう語られてきたか』
「生理中なら犯人」の濡れ衣
「女性は生理があるから罪を犯す」と真顔で信じられていた時代があった。犯罪人類学者は「女性にとって噓をつくことは生理的な現象で、特に月経時にはそれが顕著である」と断じ、明治の女子教育に大きな影響を与えた。ミソジニー(女性嫌悪)的な眼差しがいかに女性とその身体に濡れ衣を着せてきたか、トンデモ史実に震える。(長田杏奈)
![『彼女の体とその他の断片』 カルメン・マリア・マチャド/著 小澤英実、小澤身和子、 岸本佐知子、松田青子/訳(エトセトラブックス)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body08.jpg)
08『彼女の体とその他の断片』
存在するのに見えないとされること
ファンタジーや寓話のような世界で、女性やセクシュアルマイノリティを描いた著者のデビュー作。引用は、女性たちの体が消えていく奇病が流行する短編「本物の女には体がある」から。テレビの男性出演者が、あいつらは噓をつき、欺こうとしていると放つ言葉だ。きっとこの男性は、姿が見えていたときにも信じていなかっただろう。(山口博之)
![『これからのヴァギナの話をしよう』 リン・エンライト/著 小澤身和子/訳(河出書房新社)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body09.jpg)
09 『これからのヴァギナの話をしよう』
見て、知って、語る。ヴァギナ再発見
性教育・クリトリス・オーガズム・生理・不妊・更年期など、本来はタブーにされるべきではないのにタブーとされがちなヴァギナ(膣)のリアルを解き明かす。取材や科学的データに加え、飾らない個人の経験をオープンに語り、さんざんヴァギナと向き合った先に「私はヴァギナ以上の存在である」と宣言する点が信頼できる。(長田杏奈)
![『ダイエット幻想──やせること、愛されること』 磯野真穂/著(筑摩書房)](https://numero.jp/wp-content/uploads/2021/07/books-for-the-body10.jpg)
10『ダイエット幻想──やせること、愛されること』
ダイエットの語源は、way of life
医療人類学を専門とする著者は、医療従事者の思想や実践がいかなる文化的な背景を持つのかを見てきた。体重を落とすダイエットという思想と行為の背景を探り、痩せたいと思わせられる社会と承認欲求、そして「自分らしく」という言葉のねじれを明らかにする。外部と触れながら、外部で満たされない心身になるために。(山口博之)
Text:Anna Osada, Hiroyuki Yamaguchi