雑誌『IWAKAN』が問う、愛と体のもっと自由な関係 | Numero TOKYO
Culture / Feature

雑誌『IWAKAN』が問う、愛と体のもっと自由な関係

“理想の体”は誰が決めるのか。持って生まれた体の性によって愛を向ける相手は変わるのか。“世に違和感を問いかける”をコンセプトにした雑誌『IWAKAN』編集者のエド・オリバーさん、ユリ・アボさんに体にまつわる違和感を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年6月号掲載)

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自分の体が社会に支配される苦しさ

──社会の「当たり前」に違和感を投げかける雑誌『IWAKAN』では巻頭のヴィジュアルが印象的でした。vol.1「女男」では電車内で両足を大きく広げて座る女子高生やメイクをする学ラン姿の男子高生を、vol.2では公衆トイレで愛撫、抱擁する人々を映し出しています。

エド・オリバー(以下、E)「リアルスペースで違和感をつくりたかったんです。vol.1は女性と男性をスイッチしただけで『普通』とは違う光景になることを提示しました。vol.2 ではゲイ同士の出会いの場でもある公衆トイレで、愛とは何かを表現したかった。体の関係でつながることなのか。心の温もりなのか」

ユリ・アボ(以下、Y)「vol.2 は、『愛情』をテーマに『自分の性別を解放することで恋愛のルールブックが変わる』ということを読者と一緒に考えたいと思いました。自分の『当たり前』は心や体の性から影響を受けていることも多いですよね。私自身、『女性の心と体を持って生まれてきたのだから男性と恋愛するのが普通』というような社会規範的な恋愛観に縛られていたのではないかと。私たちはクィア、ノンバイナリー、トランスジェンダーといったさまざまなセクシュアリティやジェンダーのクリエイターたちと一緒に雑誌を作っています。自身の心と体の性に向き合っている彼ら/彼女らの言葉やアートワークを通じて『恋愛や社会に感じている不満や不安は、もしかしたら自らがつくり出しているものかもしれない』と気づくことができたら、人との関わり方が変わるかもしれない。そして、自分とは違う他者に対して寛容になれるのではないかと思います」

結婚など、社会がつくっている「女性としての幸せ」への憧れと葛藤を 表現した。「憧れ」 Niko Wu/『IWAKAN vol.2』より
結婚など、社会がつくっている「女性としての幸せ」への憧れと葛藤を 表現した。「憧れ」 Niko Wu/『IWAKAN vol.2』より

──世間には「当たり前」にいいとされる体も存在しますよね。例えば女性は華奢なほうがいいとか胸は大きいほうがいいとか。そこに当てはまらない自分には魅力がないのではと思い悩んでしまう。

「それこそ20代の頃、胸が大きいことがコンプレックスで、華奢な人がすごく羨ましかった。社会が掲げる理想に縛られていたと思うんです。最近はボディポジティビティという言葉が新党してきて、ふくよかな体形はポジティブに受け入れられ始めているけれども、痩せている人たちには寄り添えていない気もしていて。本人は痩せている自分を好きになれずに苦しんでいるかもしれない。『スリムでいいね』という言葉を不用意に言ってないかと考えるようになったし、そもそも人の体形について発言することにもっと配慮が必要だなと思います」

「例えば、ゲイの世界も『当たり前』に良いとされている体があります。背が高くてマッチョタイプか華奢で色白の美少年タイプ。私が生まれ育ったカナダでは私は小柄なほうだから、無意識に 背が高くて包容力のある人を求めていた時期がありました。でも、自分の体によって愛する人を決めるべきではないですよね」

夢の性器をアートで妄想開発。美しい性器とは何か、社会が決めた軸ではなく自分の軸であらためて考えたい。「PROGRESSIVE GENITALIA」©Progressive Genitalia/『IWAKAN vol.1』より

「私は恋愛だけでなく、仕事でも容姿でジャッジされると思っていました。少しでも太ったら痩せなきゃと焦って。たまに体のラインを強調する服を着て出社すると『今夜はデート?』とからかわれて、好きな服も着られなくなっていた。自分の体が社会にコントロールされている状態で、すごく苦しかった」

「社会で決められた美の基準にどれだけ近づけるかで自分の価値が上がると思う人は多い。そうではなくて、自分の中でこうありたいという理想を描けたらいいですよね。vol.1 で紹介したアーティストのプログレッシブ・ジェニタリアはポルノ的ではなく、自分が美しいと思う性器をアートで表現する人。社会が決めた美の軸ではなくて、自分の中に美しさの基準がある」

「初めてこの作品を見たときは驚いたけれど、確かに他の人の性器をまじまじと見る機会ってなかったなと。AVやヌード写真のような限られたヴィジュアルだけを見て、それが正しいと思い込み、そうじゃない自分はおかしいと悩む人は多い」

「ポルノ女優のような性器にしたいって、整形する人もいるよね」

「いろんな性器の形や色、体形があることを伝えたいし、そこから、自分の体を否定せずに愛でてあげる発想にシフトしていけるといいなと思います」

デジタルプラットフォーム「Queering The Map」を運営するルーカス・ラロシェルに、クィアの物語がどこで生まれるのかを再定義、表現することについてインタビューしたページ。「クィアの物語、愛、表現の再思 / Lucas LaRochelle from Queering」/『IWAKAN vol.2』より
デジタルプラットフォーム「Queering The Map」を運営するルーカス・ラロシェルに、クィアの物語がどこで生まれるのかを再定義、表現することについてインタビューしたページ。「クィアの物語、愛、表現の再思 / Lucas LaRochelle from Queering」/『IWAKAN vol.2』より

愛情は体の性によらない

「クィアの人が体験談を地図上でシェアできるデジタルプラットフォーム『Queering The Map』を運営するルーカス・ラロシェルは、愛する人を失ったことで心が壊れて、体が動かなくなってしまったときのことを語ってくれました。ルーカスはこの経験を通じて『愛とは自分自身の体の外にこぼれ落ちるものに付けられた不器用な名称』だと考えるようになったんです。本来、愛は体とつながっておらず、エネルギーや液体のように注ぐものであり、形のないものだと私は思う」

「液状の愛はどこまでも広がっていき、誰に対しても注げるもの。でも、誰かにその愛を証明するとき、液体のままでは認知されないから冷やして固めて成型する必要がある。つまり結婚制度やパートナーシップといった型にはめないと認めてもらえない。そういうシステムに当てはまらない愛情だってあるのに。互いの間にどんな愛が流れているのか、液体のままでは理解されないから、型にはめるのが今の当たり前で。でも、体と心の性に違いがある人の愛につい語るとき、その体を持たない人はその愛の形を想像できない」

愛し合う二人の男性と、それを阻む社会を表現したフォトストーリー。「愛情/服従」Jeremy Benkemoun/『IWAKAN vol.2』より
愛し合う二人の男性と、それを阻む社会を表現したフォトストーリー。「愛情/服従」Jeremy Benkemoun/『IWAKAN vol.2』より

「ジェレミー・ベンケムンの作品もそうですね。愛し合う二人の男性の体が溶け合って一つになろうとするけれど、社会がそれを許さない」

「曖昧なものを愛と呼べないんですよね。私には大好きな女友達がいるのですが、彼女とは手をつなぐでもなく、セックスするわけでもなく、ただ話すだけで心地よくて、親友以上の存在だと思っている。彼氏より大事だと思うこともあるくらい。でも、それを社会に証明しようと思ったら私はレズビアンと自称するのか? でも、そうするとこれから男性を好きになることが認められない気もする。それがすごくもどかしい。今まで自分はシスジェンダーとして異性を好きになってきて、女性と付き合うことを考えもしなかったけれども、本当にわからなくなってきている。でも、彼女に注ぐ感情を愛と呼べるんだったら愛と呼びたい」

「ゲイの世界も決まった型があって、曖昧を許さない感じがある。でも、自分はそうじゃないから、 3年ぐらい前からクィアだと思っています」

「きっと多くの人が何かの型にはまらないと安心できないんですよね。ゲイはこういう男性が好き、レズビアンはこういう女性を好きとか。シスジェンダーもそうですけど、こういう恋愛をするんだよねって。恋愛が体の性に寄せられている気がする。でも、心と体のジェンダーを解放/拡張するだけで愛と呼べるものが増えるんだったら、私はそのほうが幸せだなと思います」

REINGが開発したジェンダーニュートラルなアンダー ウェア。体の性別によらず自分らしく に着けることが できるブラレットやボクサー、トランクスなどを豊富なサイズで展開。REING Underwear ©REING
REINGが開発したジェンダーニュートラルなアンダー ウェア。体の性別によらず自分らしく に着けることが できるブラレットやボクサー、トランクスなどを豊富なサイズで展開。REING Underwear ©REING

『IWAKAN』とは?

『IWAKAN』は、多様な個のあり方をエンパワーメントするクリエイティブスタジオREINGが「世の中の当たり前に“違和感”を問いかける」をテーマに2020年10月に創刊した。『IWAKAN Volume 01 特集 女男』では、力強いヴィジュアルで男女二元論に疑問を投げかけ話題に。21年3月、社会がつくり上げた恋愛のルールへの違和感をテーマにした『IWAKAN Volume 02 特集 愛情』(画像)をREINGオンラインストアにて発売中。store.reing.me

Interview & Text Marioko Uramoto Edit:Mariko Kimbara

Profile

エド・オリバーEdo Oliver REING クリエイティブ・ディレクター 、IWAKAN編集者。クリエイティブ監修を務めるほか、巻頭企画「違和感瞬間」ではフォトグラファーとしても参加。
ユリ・アボYuri Abo REING クリエイティブ・プロデューサー 、IWAKAN編集者。雑誌のプロデュース、インタビュー執筆や編集の傍ら、コラムの寄稿も行う。

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