山崎直子が語る、宇宙が教えてくれたこと | Numero TOKYO
Culture / Feature

山崎直子が語る、宇宙が教えてくれたこと

子どもを持つ母としては日本人初の宇宙飛行士である山崎直子。宇宙に行く夢のためにハードな環境に身を置きながら子育てをした日々が よみがえるという、女性宇宙飛行士の葛藤を描いた映画『約束の宇宙(そら)』のスペシャルアンバサダー就任を機に、いかなる環境でも自分らしくいられる方法を聞いた。( 『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2021年5月号掲載)

国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131 に従事するために宇宙に発つ前の訓練の様子。(2010年)©JAXA/NASA
国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131 に従事するために宇宙に発つ前の訓練の様子。(2010年)©JAXA/NASA

── さまざまな環境下にあって、自分らしさを保つためにはどんなことを意識していますか?

大変なときだったとしても、まず自分のことを認めてあげることが大切だと思うんですよね。完璧な親も完璧な宇宙飛行士もいない。うまくいかないことがあっても「それでいいんだ」と自分を認めた上で葛藤して、成長していけばいいんだと思います。私も宇宙飛行士の訓練で日々バタバタしている中で自分らしくいることはなかなか難しかったんですけれども、訓練をしていたヒューストンのNASAの施設ですれ違った女性が「金木犀の良い香りがするわね」って話しかけてくれことがあったんです。ふと見ると金木犀がきれいに咲いていて。私は毎日そこを通っているのに、忙しくてそれに気づいてなかったんです。それからは少し一息つきな
がら、周りのことも意識しようと思いました。息抜きで飲んだココアの香りがすごく心に染みたり。そういうちょっとしたことが自分のケアにつながっていくんだなと思ったんです。宇宙に行って地球に戻ってきたときも、何てことはないそよ風や緑の香りの大切さを感じました。今まで当たり前だと思っていたことは当たり前じゃないんだなと。案外身近なところに大切なものがあって、それを意識することがいろんな道につながっていくんだろうなと思います。

── まさに映画『約束の宇宙(そら)』も「完璧な宇宙飛行士も完璧な親もいない」というのが一つのキーワードになっています。

どれが正解っていうのはないんですよね。何を目指したいかは人それぞれ違う。私の同僚だった宇宙飛行士や一緒に働いているNASAの職員の方々にもいろんな人がいました。例えば0歳の子どもを置いて1年間アメリカの施設に赴任をしているお母さんの職員の方もいて、刺激になったこともありましたね。あるいは、一人で子育てをしながら宇宙飛行士の訓練をしていた人もいて。いろんなやり方があるということを実感できたのは大きかったです。それによって、どれが正解っていうことでもないんだと気づきました。だから、一人で全部のことができないのは仕方なくて、みんなで助け合うんです。誰かが宇宙に行っているときには、その家族をケアする仲間の宇宙飛行士たちがいて。それで地球と宇宙をつなぐ交信をしてくれたり、お互いケアし合うという体制があったんですよね。私自身も子どもと離れている時期があったので、今でも一緒にいられる時は必ず寝る前に「生まれてきてくれてありがとう」と伝えることを実践しています。会えないときは天に向かって言ってますね(笑)。

宇宙へ発つ前の記者会見の様子。仲間の女性宇宙飛行士と一緒に。(2010年) ©JAXA/NASA
宇宙へ発つ前の記者会見の様子。仲間の女性宇宙飛行士と一緒に。(2010年) ©JAXA/NASA

── 理解し合い、助け合う環境の中で、周囲への感謝がセルフラブにつながっていくんですね。

そう思います。コロナ禍で日記の大切さが注目されていますよね。宇宙に滞在しているときも簡単にでも日記を書くことがすごく大事でした。慌ただしく作業をして一日が過ぎていくんですけど、日記を書くときにその日のことを思い出すと、「あの人がこんなこと言ってくれたな」とか「この人のおかげでこの作業がうまく進んだな」と思って、自分だけでなく周りに目を向けられるんですよね。そうすると、自分は一人で生きてるのではなくて、いろんな人のおかげで生かされていると実感できる。それで自分を大事にしようって思うんですよね。作業に追われる日々が続くと、ロボットではないので「いったい自分って何なんだろう」と思い詰めてしまうこともあって。そういうときは、あえてボーっとする時間をつくることで、リセットできたりしました。あと、本当に小さなことですけれども、お気に入りの香水をつけたり。宇宙船の中では香水は使えなかったので、練りデオドラントみたいなものを持っていって使ってました(笑)。お化粧品も多少は持っていけるので、ちょっと口紅を引いてみるとか。それだけでちょっと気分がウキウキしたんです。宇宙生活の中で自分なりのルーティンがある人も多かったですね。コーヒーをいれてから作業を始める人もいれば、窓の外を見てから作業を始める人もいて、そういうことによって気持ちをリセットして自分らしくいられる。私は何か温かい飲み物を飲んでから作業をすることが多かったですね。

── 誰しも日々選択に迷うことがあると思います。アドバイスするとしたら?

私が思うのは、やっぱり正解は決まってないということです。自分で決めて進んだ道をあとで振り返ったときに「その道で良かった」と思えるようにしていくしかないと思うようにしています。「こっちにすれば良かったかな」と思うことももちろんありますけれども、そこからまた道筋を変えるのも一つの解ですしね。どんな解を選んでも、自分にとっての正解になれるように努力していけばいいのかなと思っています。

映画『約束の宇宙(そら)」

フランス人宇宙飛行士のサラ(エヴァ・グリーン)は7歳の娘ステラと二人暮らし。宇宙へ行く長年の夢が叶うことになったが、娘とはしばらく離れ離れになってしまう……。
監督/アリス・ウィンクール 
出演/エヴァ・グリーン、マット・ディロン 
4/16(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
yakusokunosora.com

Photo:Ayako Masunaga Interview & Text:Kaori Komatsu

Profile

山崎直子Naoko Yamazaki 2010 年スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131 に従事。11年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職後、内閣府宇宙政策委員会委員、一般社団法人スペースポートジャパン代表理事などを務める。近著に『宇宙に行ったらこうだった!』(リピックブック社)。

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2025 N°183

2024.11.28 発売

Future Vision

25年未来予報

オンライン書店で購入する