ヴァーチャルファッションがひらく未来 | Numero TOKYO
Fashion / Feature

ヴァーチャルファッションがひらく未来

動画配信やSNSと、デジタルツールで新作を発表するブランドが増える一方で、アバター用のアイテムなど"仮想世界の(ヴァーチャル)ファッション"の注目度が上昇。これは現実?それとも幻?「ZOZO FashionTechNews」藤嶋陽子編集長にその展望を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年4月号掲載)

[Case1] ヴァーチャルな服 物理的に存在しないコレクション

「衣服が物理的である必要はない」という理念のもと、世界初のデジタルクチュールを展開したオランダのデジタル専門ファッションハウスThe Fabricant〈※1〉の作品例より。2019年、ブロックチェーンにて9500ドルで販売されたデジタルクチュールドレス「Iridescence」。
「衣服が物理的である必要はない」という理念のもと、世界初のデジタルクチュールを展開したオランダのデジタル専門ファッションハウスThe Fabricant〈※1〉の作品例より。2019年、ブロックチェーンにて9500ドルで販売されたデジタルクチュールドレス「Iridescence」。
物理的な環境負荷を伴わない衣服のあり方を探求すべくプーマと共同展開した「Day Zero」2021年春夏コレクションより。
物理的な環境負荷を伴わない衣服のあり方を探求すべくプーマと共同展開した「Day Zero」2021年春夏コレクションより。
パリ・ファッションウィークのランウェイ画像をAIに学習させ、デザインされた2019年のデジタルクチュールコレクション「DEEP」より。 www.thefabricant.com
パリ・ファッションウィークのランウェイ画像をAIに学習させ、デザインされた2019年のデジタルクチュールコレクション「DEEP」より。 www.thefabricant.com

〈※1〉 The Fabricant www.thefabricant.com/

“現実に存在しない服”がもたらすインパクト

──SNSや動画をはじめ、人々がデジタルなコミュニケーションに費やす時間が増えるなか、ブランドがゲームのアバター用アイテムを手がけるなど“仮想空間上の装い”に注目が集まっています。

「『ZOZOファッションテックニュース』が着目するテクノロジー系の潮流のなかでも、ヴァーチャルファッションはホットな話題の一つです。ただし言葉の定義は曖昧で、CGの服を人間のモデルと合成したり、実在する服をヴァーチャルインフルエンサーが着用したりするケースだけでなく、仮想空間でショーや試着を行うなど、ヴァーチャル技術の使われ方はさまざまです。大きな背景としては、情報工学など理系分野からファッションにアプローチする流れが活発化していること。私自身は文系的な視点から、こうした動向に大きな可能性を感じています」

──ECサイトのデータ解析などに始まるデジタル化の潮流が、デザインにも影響を及ぼし始めたということでしょうか。

「例えば『CLO』などのアパレル向け3Dデザインツールの登場は、服飾造形にまつわる技能的なハードルを引き下げ、他分野からの参入を促すきっかけになり得ます。実際に、世界初のデジタル専門のファッションハウスとして注目を集める『The Fabricant』には、CGや映像視覚効果の専門家らが参画しています。3DCGはアニメやゲームとの親和性が高く、そこで育まれた感性が服のデザインにも影響を及ぼしていくことも考えられます」

[Case2] 現実×仮想の融合
境界を超えるファッションの挑戦

鈴木淳哉と佐久間麗子によるファッションレーベル「chloma」〈※2〉。2020年5月、仮想空間アプリ「VRChat」内に開設したヴァーチャルストアで、実在の服と同じデザインを展開。画像はアバターによる同ストア内での試着の様子。
鈴木淳哉と佐久間麗子によるファッションレーベル「chloma」〈※2〉。2020年5月、仮想空間アプリ「VRChat」内に開設したヴァーチャルストアで、実在の服と同じデザインを展開。画像はアバターによる同ストア内での試着の様子。


長見佳祐によるブランド「HATRA」〈※3〉。2020年秋冬はSynfluxと共同でAIアルゴリズムが生成した架空の鳥の画像からニットウェア「Synthetic Feather」を展開。オンライン受注会ではスマホアプリ「STYLY」を用い、現実空間上にニットのARビューを表示する仕組みを導入した。
長見佳祐によるブランド「HATRA」〈※3〉。2020年秋冬はSynfluxと共同でAIアルゴリズムが生成した架空の鳥の画像からニットウェア「Synthetic Feather」を展開。オンライン受注会ではスマホアプリ「STYLY」を用い、現実空間上にニットのARビューを表示する仕組みを導入した。

〈※2〉chloma https://chloma.com
〈※3〉HATRA https://hatroid.com

──服を着るという観点からすれば、CGの“存在しない服”をどう受け入ればいいのか、抵抗感を覚える人も多いように思います。

「確かに、身に纏う服とCGでは背景となる文化が異なります。そもそもファッションが持つ手仕事の細やかさや希少性と、複製が可能なデジタルテクノロジーの間には、大きな価値観の違いがある。ただ私自身は、物理的に不可能な造形やテクスチャーなど、デジタル上の表現がリアルな服の発想を広げる可能性に期待しています。『CLO』を活用して新たな服づくりを追求している『HATRA』や、アニメやネットカルチャーの美意識を取り入れてリアルな服とアバター用の服を同時展開している『chloma』などは、象徴的な例といえるでしょう。

加えて、ヴァーチャル技術の活用によってより多くの人がファッションショーに参加したり、ショールームで試着を楽しんだりできるようになる。作り手とユーザーの関係が、よりインタラクティブなものに変化するわけです。従来のファッションメディアは固定された2Dの写真が中心でしたが、こうした表現のあり方も変わっていくと思います」

──ニンテンドースイッチのゲーム『あつまれ どうぶつの森』にヴァレンティノやマーク・ジェイコブスがアイテム提供を行ったのも、その一端といえますか。

「全世界に膨大なユーザーを抱える『あつ森』は、ブランドが新たなファン層とつながることのできる強力なプラットフォームといえます。ただ、ハイブランドとプチプラブランドの服が並列に扱われてしまうという課題もある。ハイブランドは今後、ヴァーチャルの世界で自らの価値をどう差別化できるのか。CGの作り込みで繊細な世界観を表現したり、その美しさを再現できる高級志向のプラットフォームを選んだりするようになるかもしれません」

[Case3] 現実化したシューズ
ヴァーチャルからリアルなアイテムへ

SNS上のみに存在するブランドとしてスタートした「Happy99」〈※4〉。現実のシューズ制作にはコストがかかるため、3DCGのデザインをインスタグラムへ投稿。アバターによる3Dランウェイを公開するほか、物理的なアイテム展開にも取り組んでいる。人間のモデルによる3DCGシューズのフィッティング例。
SNS上のみに存在するブランドとしてスタートした「Happy99」〈※4〉。現実のシューズ制作にはコストがかかるため、3DCGのデザインをインスタグラムへ投稿。アバターによる3Dランウェイを公開するほか、物理的なアイテム展開にも取り組んでいる。人間のモデルによる3DCGシューズのフィッティング例。

反響を受けてCGから現実化を果たしたスニーカーの試作品。
反響を受けてCGから現実化を果たしたスニーカーの試作品。

〈※4〉Happy99 www.happy99.online/

CG表現だけに限らない新たなファッションの可能性

──ヴァーチャルファッションは現時点で、モードとしてはどう評価されているのでしょう。

「Tシャツはともかく、CGでドレスのように柔らかな質感を表現するのはなかなか難しいのが実状です。その意味でも2019年に『The Fabricant』が制作したヴァーチャルなドレスが9500ドルで売約されたのは、極めて画期的な出来事でした。彼らのデザインは素材の光沢感や風になびく表現など、現実ではあり得ない面白味を感じさせます。一方で『Happy99』は、現実と見違えるほどリアルなCGのスニーカーをSNSで発表。それがレディー・ガガやグライムスのスタイリストの目に留まり、実物の試作にも取り組んでいます。この流れが定着するかどうかは、明らかにCG風のデザインにとどまらず、ヴァーチャルならではのファッションの価値をどう確立できるか次第ともいえそうです」

──コロナ禍で現実世界のコミュニケーションが制限されたことと、こうした表現の進展には、どんな関係がありますか。

「コロナ禍はファッションのデジタル化の流れに極めて大きな影響を与えています。面白いのは発表の場をヴァーチャル化する動きにとどまらず、着せ替えアプリを導入したり、ライブコマース(ライブ販売)と結び付けたりといった新たな仕組みが生まれていること。誰もが自分の分身アバターを持つような状況はすぐに訪れないと思いますが、オンライン会議のヴァーチャル背景のように、コミュニケーションの一環として着せ替えツールが活用されていく可能性はあると思います。

また、従来の制作工程や試着体験をヴァーチャル化することで、ファッション産業の環境負荷を低減する取り組みも進んでいます。表現と産業の両面から、価値観やコミュニケーションの多様性とともにサステナビリティを高めること。そこに、ヴァーチャルファッションが持つ最大の可能性があるはずです」

Edit & Text : Keita Fukasawa

Profile

藤嶋陽子(ふじしま・ようこ)Yoko Fujishima 「ZOZO FashionTechNews」編集長。株式会社ZOZOテクノロジーズで新規事業開発の部門に所属。東京大学文学部卒業後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズでファッションデザインを学ぶ。現在、東京大学大学院学際情報学府博士課程在籍、理化学研究所革新知能統合研究センターのパートタイム研究員兼務。2019年ZOZO研究所入所後、現職。 ZOZO FashionTechNews (Photo : ZOZOテクノロジーズ)

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