松尾貴史が選ぶ今月の映画『ビバリウム』
新居を探す若いカップルが不動産屋に紹介された住宅地は、脱出不可能な迷宮だった……。私たちの暮らしにも潜んでいるかもしれない日常の落とし穴を、期待と不安を織り交ぜながら描く映画『ビバリウム』。本作の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年4月号掲載)
デヴィッド・リンチを思わせる世界観
実現できるかどうかは別として、ほとんどの人にとっていちばん大きな買い物であろうマイホームについては、実際に買うわけでもないタイミングでも、例え新築を建てたばかりの人でも、広告を見たり不動産屋の前に立ち止まって想像を巡らすことが多いのではないでしょうか。行きがかり上、何となく物件に案内されてしまうことも想像できない話ではありません。ましてや、家探しが重要テーマになっているタイミングの夫婦としては「いろいろ見ておきたい」というバイアスがかかっています。
物語は、庭師の夫と子ども好きな教師である妻が不動産業者に連れて行かれた住宅街(?)で、「トワイライトゾーン」のような、日本風に言えば「狐につままれる」ことになるところから深みにはまっていきます。
この作品は恐怖作品ですが、これまで見てきた「いろんな種類の恐怖」とは別物の、ホラーともSFとも取れるような珍妙な塩梅の怖さです。現地まで案内をする業者の男の、サイコパスなのだろうなと思わせるような潔癖な身なりと少し歪んでずれたリアクションで、不安感を増幅させます。連れられやってきたのは、ミントカラーとでもいうべき爽やかな薄緑色の家が立ち並ぶ新興住宅地です。きれいに揃いすぎていて、無機的で味気ない街並みの上に、ルネ・マグリットの絵に描かれているような空が広がっています。まさにシュールレアリスムなのです。気がつくと、案内してきた業者の姿はなく、もとより本気で買おうと思ったわけではない物件から帰ろうと不気味な街で車を走らせますが、ここで狐につままれることになるのです。
トレイラーにも紹介されているのでここまでは書いてもいいと思うのですが、夫婦は宅配よろしく届けられた赤ん坊を育てる羽目になります。まったく可愛げのない人間離れした子どもなのですが、素晴らしく優秀な教師であることが「災い」して、突き放すことができず感情移入をしてしまいます。
ベルギー、デンマーク、アイルランドの合作で、デヴィッド・リンチを思わせる世界観ですが、ハリウッド映画的な展開ではないところがまた新鮮なのです。ヒヤリとするざわざわした感じが、延々と続く迷宮のような展開が実に小気味悪いのです。夫婦の心の動きが多様かつ精緻で、静かで緩やかに見えるメランコリックな時間の進み方になぜか目が離せない緊張感が持続します。
しばらく、この嫌な違和感が私の心にも残りそうで怖いのです。これは、実は私たちがこういう扱いを受けているのかと自問させられるような物語でもあります。
そして、冒頭に登場するカッコウの托卵を悲しむ少女を慰めるシーンが、単に「いい先生である」という説明のためだけではなかったことに納得しました。
『ビバリウム』
監督/ロルカン・フィネガン
出演/ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ、ジョナサン・アリス
2021年3月12日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国公開
vivarium.jp
© Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film
配給:パルコ
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito