新版「エルメスの道」の出版に寄せて、梶野彰一が綴るブランドと物語のこと | Numero TOKYO
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新版「エルメスの道」の出版に寄せて、梶野彰一が綴るブランドと物語のこと

1997年に出版されたマンガ「エルメスの道」に著者の竹宮惠子がその後のストーリーを加筆した新版が登場。3月10日発売の新版「エルメスの道」の出版に寄せて、パリのファッションや文化を偏愛するフォトグラファーの梶野彰一が綴ったエッセイを、プライベート写真とともに。

文・写真:梶野彰一

1997年に出版された竹宮惠子さんの『エルメスの道』といえば、当時のエルメス社の社長であったジャン=ルイ・デュマ氏からの依頼によって、初めての社史として綴られたコミック。当時は、入社したエルメスの社員全員に教科書として配布されるという噂もあった一冊だが、果たして本当のところどうなんだろう。 1837年、ルイ・フィリップ王の時代(!)に馬具メーカーとして誕生したエルメス。華やかなベルエポックから、二つの世界大戦を経て、激しく揺れる時代のうねりの中に埋もれることなく世界で唯一無二のブランドとして成長してゆくその様が、ぎゅっと200ページに凝縮されていて、歴史絵巻でも見せられるような感覚で一気に読んでしまったのを覚えている。 そこから見えてくるのは、エルメスが時代に翻弄されながらも、柔軟な姿勢でかわし、守り抜いてきた職人気質の家族のストーリーだ。その歴史に触れた読者は、きっとエルメスというブランドへの理解や愛を深めることだろうし、エルメス信者にとってこれはもはや神話のレベル!

そのコミックから飛び出した馬に乗った紳士と淑女が、2月、突如、白く覆われた表参道の工事中の壁に現れ驚かされた。銀座のメゾン・エルメスから20年ぶり、エルメスが東京で新しいブティックをオープンさせる、まさにその場所の囲いだった。

さらにざわめいたのは「エルメスの道」に新章が書き加えらた新装版が発売されるというニュースを聞いたからである。なんと漫画からはしばらく距離をおいていた竹宮惠子先生が、新たに70ページ近く、3つのエピソードを書き下ろしたというのだ。

©2021 Keiko TAKEMIYA
©2021 Keiko TAKEMIYA

書き加えられた3つのエピソードというのは、レンゾ・ピアノ設計の「銀座メゾン」建築について、ブランドのルーツ、乗馬との関わりに立ち返ったイベント「ソー・エルメス」について、そして新たなサスティナブルな取り組み「petit h」について、である。

個人的には、これを機にエルメスのバッグの代名詞でもある<バーキン>が生まれるきっかけとなった、先代ジャン=ルイ・デュマ氏とジェーン・バーキンの飛行機でのエピソードなんかもぜひ読みたかった。

このコミックの冒頭の口絵にも登場するが、フォーブル・サントノレ通りの24番地には今も三代目社長、エミール=モーリス・エルメス氏の書斎がある。もう10年も前だろうか、その場所に足を踏み入れたことがある。昨年までレディス部門アーティスティック・ディレクターを務めていたバリ・バレ女史の案内で、ブティックの上にあるアトリエを訪れた際のことだった。その書斎はブティックの階段からもつながっていて、社員ならば簡単に立ち入ることもできる場所になっているようだった。1880年代、その時代あるいはそれ以前にエルメスで作られた貴重な馬具や資料を実際に手に取ることが出来る。確か最初のカレも飾ってあった。その地に氏がエルメスがブティックとアトリエを開いた時代の空気に触れることが出来る博物館のようなサロンのような奇跡の空間。

フォーブル・サントノレのブティック屋上にある小さなテラス(*通常は、ミュゼやテラスへはご入場いただけません)
フォーブル・サントノレのブティック屋上にある小さなテラス(*通常は、ミュゼやテラスへはご入場いただけません)

また、別の機会には屋上にある小さな庭園にも案内してもらった。コミックでも登場する150周年を祝った花火師が2枚のカレを手にした像がフォーブル・サントノレからコンコルド広場方面を見下ろすように立っている。のちに「屋根の上の庭」という爽やかなパルファンのインスピレーションのもとにもなった、まさに秘密の庭園である。

新しい表参道のブティックの2階奥のコーナーからは「秘密の」とはいえないが、小さな日本庭園を望むことが出来る。せっかくなら表参道を見下ろす角にもあの花火師がカレを掲げていればよかった。そもそもあの像が手に持っているのが花火だったというのを知ったのも、もちろんこのコミックのおかげだった。

話はあちこち散らかったが、表参道の新しいブティックのオープンを祝うように新装された「エルメスの道」を改めて読むことが出来たことの幸せを噛みしめている。

エルメスとシャネルを繋いだというファスナーのエピソードや、「エルメス劇場」と呼ばれるウィンドウ・ディスプレーのエピソード、そしてスカーフ「カレ」の誕生など、直接現代のブランド像へとつながる「エルメスの道」は特に興味深いし、もっと詳しく知りたくなる。

一足先に見本を頂いてまたも一気に読んでしまったのだが、このアルティザン家族のストーリーにはこの先まだまだいくつもの続編や外伝が必要なのかもしれない。

エルメスというブランドが、他とは一線を画した価値や存在感を誇っているのは、背後にこれらのストーリーがずっしりと横たわっているからに違いないのだから。

ⓒ2021 Hermès Japon co., ltd.
ⓒ2021 Hermès Japon co., ltd.

新版「エルメスの道」
1997年に出版されたマンガ「エルメスの道」に、その後のストーリーを加えて1冊にまとめた新版「エルメスの道」が3月10日に出版。同日より特設サイトでもデジタル版を公開。180年余のエルメスが辿ってきた物語を美しい絵とともに。

著/竹宮惠子
発行/中央公論新社
本体価格/¥1,760(税込)
2021年3月10日より全国書店、11日よりエルメス表参道店で発売

特設サイト(2021年3月10日公開予定)/hermes-manga.com

Photos & Text:Shoichi Kajino

Profile

梶野彰一Shoichi Kajino フォトグラファー、アートディレクター、文筆家。10代の終わりにパリに魅せられて以降、パリと東京の往来を繰り返しながらファッションやカルチャーのシーンと密に交流し、その写真と文章でパリのエスプリを伝えている。

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