【連載】これからの服作りを探る、デザイナー訪問記 vol.4 AUBETT
ミニマルで上質な服づくりやオリジナルな視点を貫く、日本発のインディペンデントなブランドにフォーカスする連載「これからの服作りを探る、デザイナー訪問記」。デザイナー自ら、作り手の視点でコレクションを解説し服へ込めた熱い思いを語る。見た目ではわからない(知ったら着たくなる)服の真髄を徹底深掘り。
第四回は2020AWにデビューした「AUBETT(オーベット)」を取材。ブランドを主宰する杉原淳史と吉村雄大にとって絶対的な美しい服とは?
素材・パターン・デザイン三位一体で、体と服の間の空間を作る
【2020AW】
100年先も残る、ユニセックスで滑らかなツイード
「ヨーロッパの美術館に展示されていたシャネルスーツを見たとき、中には100年近く前のものもあって、素材の経年変化が美しいと思ったんです。古着の野暮ったさとは全く違うツイードの味が出ていました。男性でツイードといえば、ハリスツイードみたいなガサっとしたイメージがありますが、男性でも着られる洗練された肌触りのいい滑らかなツイードを作りたくて、浜松の織物屋さんにお願いしました。完成までかなり時間がかかりましたが、よく見るとオリジナルの鳥足柄になってます。
トリミングに使っているウール100のニットテープも日本ではもう編めないらしく、デットストックを買い取って採用しています。トリムも大切な要素なので、資料としても残したい。いつか当時の編みを再現したいですね」
コート ¥95,000
複雑なカットワークによるドレープを纏う
「カシミヤに匹敵する繊維長のスーパー140を採用し、スムースを編みました。それを限界まで縮絨してメルトンのようにした素材で作ったコートです。かなりの分量を使っているので重さは感じますが、布帛で同じ分量を使うと倍以上の重さになってしまいます。こだわったのは、袖を下ろすと、肩、袖と、通常の身体の起点とは別な位置から計算的にドレープが生まれ、袖が立体的に見えるという点。ドレープが出る位置を複雑な袖のカッティングで調整しているんです」
ボアに見立てた高級ウールのフリース
「同じくスーパー140を採用し、タッチと軽さを追求したフリースを編みました。生地をタンブラー加工したふっくらした風合いが特徴で、素肌に着ても快適なモックネックのオーバーサイズのプルオーバーです。首元もチクチクしないように柔らかなニットパーツを編み立てています。ウールボアは重くなりがちなので、最初にフリースを編んでから起毛させてボアに見立てています。軽くて着心地が抜群にいいんです」
【2021SS】
<左>トップス ¥19,800、パンツ ¥48,000 <右>パンツ ¥49,000
光沢とハリでエレガントなチノパンに挑戦
「定番とされているカジュアルブランドの綿ポリを使ったチノパンは、ハリはあってもすぐシワになってしまうので、改良の余地を感じていました。そこで生の丈夫なシルクとスパンシルク、先染めコットンの三種類の糸を使って二重織りしたオリジナル素材を開発しました。目指したのはソリッドでエレガントなチノパン。普通、この太さの糸で二重織するとすごく厚い生地になってしまうんですが、職人さんと幾度も試行錯誤し、パンツとしてはけるちょうどいい厚さになるように糸を作り、色もオリジナルで先染めしたものを、超高密度に度詰しています。
世界でもここでしか織れないというほど高密生地が得意な静岡の織物屋さんと開発しました。3種類の糸を使うことでシルクの光沢感や陰影の表情が出て、ボンディングせずにこれだけのハリ感が生まれる。このパンツの特徴であるヒップからわたりにかけての立体感をしっかりと表現してくれています。シンプルにTシャツと合わせても、コーディネートが成立する存在感のあるパンツです」
ジャケット ¥51,000
ピンクの表情と経年の味わいを生む立体的なコーチジャケット
「シルク二重織りと同じ織物屋さんで作った綿100%のギャバジンです。タフさを出すため限界まで打ち込みをいれたギャバジンを先染めのピンクとベージュでシャンブレーにしています。本来はもっと濃いベージュを入れてチノパンの生地を作るんですが、代わりにピンクを入れていて、光に当たったり、動きが出ると、ピンクの光沢が出ます。一見普通だけど少し違う、ちょっとしたずれや違和感を大事にしています。高密度なのでよれることもなく、長年着ると先染めの2色の差が出て、雰囲気が出ると思います。立体的で着心地がよく、さらっとどこへでも羽織っていけるような感覚のコーチジャケットにしました」
ブルゾン ¥45,000
程よいシボ感でモダンに仕上げたサッカー地
「某老舗メゾンの平織り生地を作っていた会社で開発したオリジナルのサッカー地です。平織りをベースにゴムを通し熱で縮めていわゆるシアサッカーになる一歩手前で止めています。 遠くから見ると無地に見えますが、どことなくシボ感がある。着ると涼しくて肌あたりがよくストレッチ性もあって動きやすい。サッカーというとクラシックで年齢層も高い方向けの素材の印象が強いので、モダンなイメージに仕上げたかった。このブルゾンは前は普通のセットインで、後ろは立体的なパターンになっているので、異様なボリュームがあるんですけど、身体を美しく見せるためのポイントになっています」
<左>シャツ ¥29,000 <右>シャツ ¥26,000
革命的なハリとタフさを併せ持つブロードシャツ
「通常ブロードというと、大体100〜200番手といったように糸が細ければ細いほど高級という傾向がありますが、オーダーメイドのシャツ屋さんで仕立てた見た目がきれいなシャツでも、1日中着るとしわしわになってしまう。なのでオックスなどに使われる太めの糸でブロードを織り、打ち込みを限界まで入れています。糸が太いとあまりしわも気になりません。自分たちの中では革命的なシャツ地だと思っています。普段シャツはあまり着ないのですが、これは着たいと感じる完成度。肌から離れたところでストンと落ちるような普通のブロードでは出せない、肌離れする快適さと構築的なシルエットを表現しています」
ボディラインを拾わないひと工夫されたリブ
「リブ面した服は古着などでも良く見ますが、着にくいな、と感じてしまう理由は体のラインを全部拾ってしまうから。これは一見リブ面なのですが、まずボディラインを拾わないほど度詰めのフライスを編んでから、針を等間隔で抜いてリブのような見た目にしているので、体のラインは拾わず、伸縮性はしっかりあるというカットソーです」
インタビュー
「モードと日常を繋ぐをコンセプトに、立体裁断の服の美しさを伝えたい」
──2020AWよりスタートしたオーベットですが、二人の役割分担を教えてください。
杉原淳史(以下、杉原) 「吉村はビジュアル、コンセプト、ブランディングなどの骨組みを担当、洋服のデザイン、パターンは僕がメインで活動しています。素材開発、コレクションの企画自体は二人で話しながら進めています」
──ブランドを立ち上げるまでの経緯は?
杉原 「服飾専門学校を卒業してからパリに渡って、約5年間、様々なメゾンでデザイナー、パタンナーとして働きました。日本へ帰国してからは老舗カットソーメーカーに入社し、ファクトリーブランドや、OEMやODMを担当してきました。共通の知人の紹介で吉村と出会い、最初は友人だったのですが、話していくうちにものづくりに対する姿勢に共通するものがあるな、と感じて新ブランドの構想の話をするようになりました」
──二人はパリで出会ったんですか?
吉村雄大(以下、吉村) 「いえ、僕はスイスでグラフィックデザインを学んでいました。杉原と出会ったのは帰国してからです」
──杉原さんのパリでの5年間の経験は?
杉原 「コレクションブランドの老舗メゾン3社で素材開発、デザインとパターンをメインに学びました。元々はステファノ・ピラーティを追いかけて、技術とデザインを学ぶためにパリに渡り、3年目にようやくデザイン画やトワルを彼に見てもらいました。彼は元々テキスタイルデザインからスタートしていますが、素材、パターン、デザイン、そしてビジネスまで精通しており、近くでそれらを形にしていく流れを見られたのは僕の財産ですね。それ以来ずっと一番意識しているデザイナーは、ステファノ・ピラーティです」
──ピラーティとは意外でした。全体のモダンな雰囲気は共通しているかもしれないですが、オーベットはどちらかと言うと装飾性はないように思います。
杉原「一番感銘を受けたのは素材とパターンです。パターンが他のデザイナーとは一線を画していて、 レディスに使用する立体裁断のテクニックをメンズに落とし込んで服を作り出した人なんです。これを実践しているデザイナーはもちろん他にもたくさんいるのですが、女性の立体感を男性に落とし込んでも、なよっとせずセクシーに仕上げるのが抜群にうまい。初めて見たとき、本当に感動しました。
ただ、その技術をそのエスプリのままやっても一般の人はなかなか袖を通さないと思ったし、袖を通してもらわないと気づけない世界なんです。着て鏡の前で見て、違いが初めてわかる。そんなパターンの立体裁断の技術をどうやって文化として日本に残すかということを、吉村と二人で話していくうちに、『モードと日常を繋ぐ美しい服』というのがコンセプトになりました。だから根底にある色気のある、香り立つような服という部分でピラーティの影響があると思います。そこは僕らが意識して取り組んでいるところなんです」
──なるべく装飾は排除してミニマルに?
杉原 「排除とはいいませんが、長く着てほしいので、1シーズンで飽きちゃうような軽いデザインはしません。熟考して、ミニマルさとモダンさとコンテンポラリーさを意識しながら、素材やパターン、カッティングに特徴をもたせたいと思っています」
──ブランドを始めるにあたって、世界観の見せ方、プレゼンテーションの仕方など何か構想はありましたか? ビジュアルイメージとセットで表現していくとか。
杉原 「それはありました。僕は服だけを学んできたから、その辺は得意ではありません。そこはプロである吉村にある程度任せつつ、ただ、とにかくシンプルに、過不足なく、服のクオリティと「日常に着る」という雰囲気が伝わればいいなと思っています。生産背景が、この技術が、ということをクローズアップするのではなくて、洋服そのものが醸し出す香りや空気感を伝えたいです。
でもアートディレクターと言いながら、服も一緒に作りたいなとも思っていたので。吉村から出るエンドユーザー目線の客観的な声やグラフィックデザイナーならではのバランス感覚を僕のアイデアに合わせて作れば、よりリアリティが生まれるんじゃないかと。業界が全く違う人が組むって多くはないですよね」
──そうかもしれないですね。吉村さんは客観的な意見、率直な消費者目線の担当でもあると。
杉原「吉村とのディスカッションは今までのアパレルの中での会話とは違い刺激的です。業界の当たり前がないので。見せ方も一から作っていく感じですね。自分達でまだ営業できていないので、SNSでのプレゼンテーションが本当に重要です。21SSでは、28店舗取り扱いになります。レディスもやってますが、まだメンズの方が取引は多くて、次の課題です。ユニセックスで男女関係なく着られるようにはしてますが、もうちょっとレディスに強いものも作っていきたいですね」
──デビュー早々、その数はすごいですね。ちなみに生産についてはメイド・イン・ジャパンへのこだわりはありますか?
吉村 「2020AWは、ほぼメイドインジャパンですね。日本でできないことがあれば海外を視野に入れて探すという感じです」
──日本でないとできないこととは?
吉村「オーベットは素材を一から作るというのが、大きな理由です。産地をどんどん回って現場にいる職人さんと顔を合わせて一緒に作りたい。 今はなかなか海外には行けないので、自ずと日本が最も回れる。 可能ならばイタリアでもいいんです。なるべく作ってる人と、間を通さずに直接話し合える範囲で作りたいと思っています」
──産地直送みたいなことがいい?
杉原「結果的にそうなっています。素材を作るのは本当に大変で、顔を見て直接話して開発することでお互いに思い入れがでてくる。そこに説得力があると思います。現場で織機を実際に見ながら、生地の設計も一緒に考えながら、そうすると自ずと産地直送になりますよね」
──でも、わざわざそれを謳ったりはしない?
杉原 「パターンとデザインと素材が三つ揃って、一つだと言いたいですね。でも、やっぱりスタート間もない我々のような小ロットの別注で、話し込んで作れるのは日本だけだと思います。海外だったら、ここまでクイックには対応してくれないです。ただ日本の技術力を心から尊敬していますが、開発面などで、僕らデザイナーが力になりたいとも思ってます。基本的に、僕らがこだわっているのは、通常ある素材・アイテムをもう一度見直してブラッシュアップさせたいということでもあるので」
──では、パターンにおけるこだわりは?
杉原 「立体裁断でまずは素材に合わせて。わかりづらい話になりますが、特に日本には、原型から派生した暗黙のルールがいくつかある気がします。でも実はそんな指針は不要で、日々変化する身体にこちらも順応しなきゃいけないんです。だから僕らは街に出てさまざまなブランドの服に袖を通すようにしています。批判するわけではなく、日本のブランドには平らな服が多いと感じています。僕がヨーロッパで感銘を受けた、1枚の布にハサミを入れて空気を中に送り込むパターンの技術のような概念がまずないんです。おそらくそこに魅力も感じてなく、もっとスピーディに、できるだけ安くかっこよく作れればいい、という前提があると思います」
──なんとなく外見がかっこよく決まればいいみたいな。
杉原 「僕が学んできた技術が、日本で文化として残ってはいかないんだろうなと思うと、とても悲しくて。ずっと立体裁断をやり続けていきたいし、着てもらってその良さを伝えたいという思いもあるから、外見だけではなく着心地や季節感も含め、日常に着るという点を強く意識しています。つい手が伸びる洋服でありたいですね。そのためにはパターンが重要で、ハサミの入れ方次第でドレープって前にも横にも後ろにも入れられるし、2本にも4本にもできる。いろんな方法でその人の体のボリュームを服で立体的に見せることができるんです」
ブルゾン ¥69,000
──コレクションはユニセックスで展開されてますが、男女で共通パターンで成立するようなところを探るということですか? それって結構難しそうな気がします。
杉原 「中のボディがどうであろうと、できるだけ同じシルエットに見えるようにしています。サイズを大きくする際にそのまま完全に拡大していくのではなく、僕らはサイズも一点一点作ってるのでグレーディングじゃないんですよね。このブルゾンは、ゆとりから生まれるラインを徹底的に追求しました。肩のゆとりと胸のゆとり、袖のドレープが繋がる位置も自分でコントロールできる。このドレープが360度全方位から造形的な身体を見せるテクニックなんです。街中でガラスや鏡に映る姿を見るのが楽しいじゃないですか」
──そのどこから見ても立体的というシルエットを助けるための、生地という。
杉原 「そういう分かりづらいことをやっていると思います。でもそれが最大のセールスポイントです。前から見たときと横から見たときのドレープが、ピラーティから学んだもっとも感動したこと。その美しさを知ったが最後、そうじゃない服はもう着たくなくなってしまう……」
──体がいいものを覚えてしまったと。
杉原 「はい。パターンだけでもデザインだけでもダメなんです。でも素材とパターンとデザインがきちんとかみ合っている服なら、一生おじいさんおばあさんになるまで捨てないと信じています。何歳になっても、例え腰が曲ってもドレープが彩るはず。だからおじいさんになるまで着続けたい。デザイナーとして、とにかく飽きずに捨てさせないような服を作り続けたいです。 服がその人の生涯を添い遂げるだけでなく、親から子へまた受け継がれてほしいな、と」
<左>ブルゾン ¥45,000、Tシャツ ¥9,800、パンツ ¥32,000 <右>ブルゾン ¥59,000、シャツ ¥29,000、パンツ ¥39,000
──その立体裁断の美しさが出ているのは先ほどのブルゾンですか?
杉原 「全部ですね(笑)」
──ですね。ちなみに春夏もアウターが多めですが、パターンの引きがいがあるというか、お好きなんですか?
杉原 「はい、なのでブルゾンが多いと思います(笑)。ヨーロッパに比べて、日本にブルゾンを着てる人って少ないんですよね、最近はちょっと増えてはきましたけど。便利なんですよ、ブルゾンって。最初ブルゾンブランドって言われましたが、嬉しかったです(笑)」
──パターンの次に、素材のこだわりを語る上で象徴的なのは?
杉原 「全てですね……職人さんと開発しているものがほとんどなので思い入れがあります。特にコレクションを象徴していたのは、やはり綿シルクの二重織とヘビーブロードですね」
──他にあげるとしたら?
杉原 「2020AWのコーデュロイです。一般的にコーデュロイって柔らかく、くたっとしやすいじゃないですか。コーデュロイは好きなんだけど、くたくたで毛がはげやすいのがダメで。オーベットのパンツはフォルムが特徴的なのでハリを出すために、裏に風を通さない樹脂のようにウレタンを張ってます。機能と見た目、両方を備えたくて。コーデュロイ製造の技術に定評のある産地で織ってるので畝も美しいです」
──特に着たときの肩周りの表情で服に着られてるかそうでないかの違いがあるように思います。
杉原 「身体から離れたところで素材の特徴も考えながら造形を作ります。先ほどと同じですけど、ドレープが出る位置をカッティングで調整するので、このジャージーを縮絨してメルトン調にしたこのコートは、かなり複雑な袖になっていて、それによって腕を下ろすと袖にドレープが生まれ、袖が立体的に見える。できるだけ面にしないように服を作り、ドレープで全身が包まれるように心掛けてます」
──「ドレープで包まれる」という服の美学、哲学があるんですね。
杉原 「それが絶対的な基本になっていますね。細かく言うと、縫い目をわずかなドレープで面にして隠す服は遠くから見たときにドレープだけしか見えないじゃないですか?縫い目が見えると、どうしても面に見えてしまうので。動いた時に見えたりはしますが、別のドレープをまたちょっと作って、陰影で隠れるようにするといった細かいテクニックです。でもそれをやるやらないでは美しさが全然違うんです。こういう細かい技術が服の色気や香りにつながっていくんだと思います」
吉村 「これが彼の中では絶対的な美しい服なんですよ(笑)」
杉原 「ただそれらの技術にエンドユーザーが袖を通すまでのハードルをメゾン側があげてきてしまったのですが……。だからオーベットを通じて知ってほしいです。そういう世界があるということを」
──その概念によって、どんな体が入っても成立する立体的な服が生まれているんですね。
吉村 「なので、ブランド名は『体と服の間の空間を作る』という意味も込めて、フランス語で小さい空間、隙間を意味する言葉『AUBETT』にしました」
AUBETT(オーベット)
お問い合わせ/ラウムス
www.aubett.com/
Photos:Kouki Hayashi(Item, Portrait) Interview & Text:Masumi Sasaki Edit:Chiho Inoue