松尾貴史が選ぶ今月の映画『聖なる犯罪者』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『聖なる犯罪者』

前科者は聖職者になれないと知りながらも、神父になることを夢見る青年ダニエル。仮釈放中に偶然立ち寄った教会で新任の司祭と勘違いされ、司祭の代わりを任されることになるが……。実際に起こった事件をもとに描かれた衝撃の実話で、今ポーランド映画界を牽引する気鋭監督ヤン・コマサと、若手俳優バルトシュ・ビィエレニアによる渾身の映画『聖なる犯罪者』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年1・2月合併号掲載)

主人公の振り幅に魅せられて

この人は「善人」か、「悪人」か。これを決定づける基準は、おそらくどこにもないのでしょう。ある人から見れば善であり、別の人が見れば悪に思えることなど、世の中にいくらでもあります。例えば、有名人が慈善事業に協力したり寄付をしたりすると、必ず「売名行為だ」と揶揄する寂しい人たちがいます。有名人は「名前を売る」ことも仕事のうちなので、それがさも悪いことのように扱われること自体おかしいのですが、世の中には「儲けているくせにいい人でいたいなんてずるい」と感じる嫉妬深い人も多いのでしょう。 良かれと思ってしたことがかえってトラブルを生むこともあります。そこでの善悪の判定を下すのはなかなかに難渋することです。その人がいい人かどうかなど、誰にもわからないのです。いや、本人ですらわかっていない場合があるでしょう。しかし、他人は、その判断を表層的な現象によってのみ判断せざるを得ないのが実情なのです。

この『聖なる犯罪者』は、昨年12月に公開されて今年にいたって話題が持ち切りだったポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』とともに、アカデミー賞の外国映画賞にノミネートされていたので、記憶に残っている人もいるのではないでしょうか。ヤン・コマサ監督による、ポーランドとフランスの合作映画です。
 
ポーランドでは、神父を騙(かた)って事件を起こす事例が多発しているらしく、この作品中のリアリティには説得力があります。この作品自体も、実話をもとにしたサスペンスになっています。

少年院を出所する青年が、司祭になりたいという思いを強く持っているけれども、前科がある者はその地位につけないという挫折感を抱きながら、国の反対側にある地域の製材所に向かいます。おそらく、就職先を斡旋されたのでしょう。物語全体を通して、主人公の育ってきた環境や、非行に走った背景、経緯は詳(つまびら)かではありません。

全体的に、彩度を落とした色調で、そこに観客がイメージの色彩を上乗せすることを狙っているのではないかとも思えます。騒がしい音楽や効果音も控えめで、それがまた見ている側に思索の余地を与えてくれているようです。

俳優たちの演技も素晴らしく抑制的で、感情の動きがあった時のコントラストを際立たせてくれます。特に、見知らぬ街の教会で「新任の司祭」だと勘違いされるあたりの「都合」は、ともすればあざとくなりがちな局面だと思うのですが、絶妙な運びとやりとりでスムーズに前提が積み上げられていきます。

主演のバルトシュ・ビィエレニアという青年の持つ、あどけなさと邪悪な印象の振れ幅が大きいことに驚きました。その両要素の切り替わる様子に記号的なものがあるわけでもなく、しかし観客は瞬時にそれを感じ取るのです。

『聖なる犯罪者』

監督/ヤン・コマサ 
出演/バルトシュ・ビィエレニア、エリーザ・リチェムブル
2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほかにて公開。以降全国順次公開。
URL/hark3.com/seinaru-hanzaisha/

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史Takashi Matsuo タレント、俳優、創作折り紙「折り顔」作家などさまざまな分野で活躍中。1960年、神戸市生まれ。著書に『ニッポンの違和感』(毎日新聞出版社)など。YouTubeチャンネル「松尾のデペイズマンショウ」更新中。

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