【新連載】これからの服作りを探る、デザイナー訪問記 vol.1 WRYHT
ミニマルで上質な服づくりやオリジナルな視点を貫く、日本発のインディペンデントなブランドにフォーカスする新連載がスタート。デザイナー自ら、作り手の視点でコレクションを解説し服へ込めた熱い思いを語る。見た目ではわからない(知ったら着たくなる)服の真髄を徹底深掘り。
第一回はセットアップでの装いをブランドの軸に掲げる「WRYHT(ライト)」。デザイナーの名前や性別は非公表としつつもインタビューに応じてくれた。
継承すべきマスターピース ファッションのヘリテージを今にアップデート
シグネチャーのスーツスタイル
「スーツはシグネチャーでブランド立ち上げから毎シーズン作っています。WRYHTは、ハンサムな女性像を提案しているので、そこに欠かせないのがやはりスーツスタイル。どちらかというと、年代で言えば、1900年代初頭の20年代、30年代の戦前が好きなので、ジャケット、パンツ、ベストの3ピースで、素材も形もあえてクラシックな方向に振っています。 生地は、ハードツイストをかけた強撚の糸で織ったオリジナル。ツイードなんだけど、ハリ感があり、シワが寄りにくく、上質な佇まいが表に出るよう糸を撚って撚りまくり、縦と横で色の濃淡差をつけて織って奥行きを出しました。 デザイン的にはポケットを斜めに付けて乗馬ウェアのディティールを合体させたり、20〜30年代のカントリージェントルマンたちのジャケットに付いていたウエストのベルトを採用し、バックルは排除してリボンのように結んで着られるような仕様も取り入れています。袖のボタンは重ね付けしてポイントにしたりと、ただ自分が好きなだけですが、マニアックになり過ぎない程度にディテールにこだわりました。これでも自分の中の2割ぐらいしか出してないんですが(笑)。 パンツは、グルカといういわゆるウエストベルトに特徴のあるミリタリーのトラウザーのデザインを採用しました。本来ならハードなメタルバックルのところを女性っぽくしてスーツのボトムとして合わせられるようにアップデートしています。フロントもやはりボタンのほうが美しいと思っていて、ちょっと面倒臭いですが、ボタンフライです」アーティストのドローイング風プリント
「シルエットというよりは、テキスタイルが特徴の、WRYHTを代表する人気シリーズです。ミッドセンチュリーや往年の芸術家、アーティストの落書きっぽいドローイングが好きで、それにインスピレーションを得て、柄を組み、テキスタイルに落とし込んでいます。生地自体はレーヨン、シルクなど、柄やシーズンカラーに合わせて変えています。2020AWは、イサムノグチの作品にインスパイアされました。古着でも前に着ていた人の落書きがたまにあったりするんですが、その力の抜けたタッチや手描きならではの手作業感が面白いと思っています。アイテムとしてはメンズのパジャマのようなスーツで提案していますが、男性が着ると、直球過ぎたり、飛び過ぎることが多いけど、女性ならちょうどいいリラックス感が出るんです」
スリーピングバッグをドレスに
「40年代くらいのミリタリーの寝袋をベースにそのままダウンコート、ダウンドレスにしちゃったというデザインで、自分たちの中では一応ドレッシーに解釈しています。すごいマキシ丈なので着飾る感覚というか。そのままだと歩けないのでサイドスリットを入れ、でもミリタリーがベースなので、袖にミトンがくっついていたり、ミトンをしたままでもスライダーが引っ張れるようなディテールなどデザインとしての機能は残しています。ただ、これは逆の発想で本質的な機能は求めてないので素材はコットン。だから、街で着る、着飾るダウンです。どちらかというと機能に反する服ばかり作ってるので、気持ちとしては機能的なものへの憧れもあるので、その折衷案です」
毛織物とレザー、最高の組み合わせのポンチョ
「1900年代初頭の馬にかけるためのホースブランケットというものがあるんですが、そのテキスタイルをもとにサテンの生地で作ってます。日本の毛織物の産地として有名な尾州一宮に、起毛をかけるのが上手な工場があって、かなり時間がかかりましたが、このストライプをうまいことグラデーションに表現してもらいました。
本来のホースブランケットは無骨で荒々しいんですが、ウールの表面のツヤを生かし、肌触りもよくして、留め具のベルトとパイピングのレザーにもこだわりました。イタリアのCONCERIA800(コンツェリア・オットチェント)という某ラグジュアリーメゾンも採用している、むちゃくちゃいいベジタブルタンニンでなめした上質なレザーを使っているので、すごくいい味が出るんです。とにかくマテリアルは徹底的にこだわります。一時は高く感じますが、長い目で見ると、その方が耐久性もあって結果リーズナブル。このファブリックとレザーベルトとの相性がなんとも言えず好きなんです」
ヴィクトリアンなナイトウェアをモダンに解釈
「1800年代のナイトウェア、パジャマ・スタイルをベースにしたドレスとトップス。当時のままリネン素材にするとほっこり甘くなったり、コスチュームっぽくなり過ぎてしまうところを、イギリスの紳士シャツの生地を使ったり、アームホールにギャザーを入れたり、パイピングを挟んだり、タックを取ったりと、コンテンポラリーになるよう細部にこだわりました。ドレスは後ろ開きなので、上の方のボタンを開けて、背中を見せたり、下にパンツをレイヤーしたり、今の感覚で着てもらえると思います。また、ドレスはマキシ丈、ブラウスは中途半端な着丈にしてアンバランスな感じで、ちょっとしたデザインの差をつけて一個一個が主張するようなアイテムになるように心掛けています」
デザイナーインタビュー
「クラシックなスタイルをコンテンポラリーに、表層的でない、踏み込んだ服を作りたい」
──好みのファッションのスタイルは?
「どちらかというとヴィンテージやクラシックなものが好きです。特に女性がメンズっぽいスーツを着るとき、クラシックなもののほうがより色気を増すように感じています。年代でいうと、主に戦前、1900年代初頭の20年代、30年代。時代背景もありますが、その時の女性の服は控えめというか」
──大量生産の既製服(プレタポルテ)以前ですね。
「20年代は華やかなフラッパーも流行りましたが、この辺りの時代の雰囲気がドンズバで好きなんで。服を作る上では、そのまま今の時代に落とし込むと、コスチュームっぽくなり過ぎるので、街で着られる今の服としてアップデートさせます」
──『グレイト・ギャツビー』的な時代は、上流社会と庶民ではファッションの雰囲気は全然違いますよね。
「どちらも好きです。20〜30年代のデニム一つとってもユニークなディテールがたくさんあり、ワークウェアも素晴らしい。アメリカで言えばですが、労働者たちが増えて、そこに供給するユニフォームを各社競い合って、より面白いデザインを! みたいな風潮があり、ワークウェアが一般的になった時代だと思いますが、一点物に近いくらいディティールがそれぞれ違うんです。だからヴィンテージでも高値で取引されてたり、かなりメンズな世界ですけれど」
──そんなメンズのマニアックな世界観をウィメンズのファッションに落とし込んでいると。
「出しすぎたら、理解されない(笑)と思うので、意識はするけど、ほどほどに。でもマニアックな姿勢は根底にはあるので、今は使われなくなったディティールなどに愛情を感じるというか、素晴らしいなぁと思ってしまう癖(ヘキ)があります」
──具体的には、今にアップデートしているのはどんな点ですか?
「基本的にアーカイブとして古着は見ますが、それを感じさせないようにするという意味でのアップデートです。とにかくディテール。例えば、グルカトラウザーというミリタリーのパンツがありますが、腰裏、腰回り、サスペンダーボタンを付けたり、懐中時計を入れられるようなポケットだったり、もちろん実際には入れませんが、結構細かいところを作り込んでいます。また、着たときのバランス。着丈を極端に短くしたり、地面を這うくらい長くしたり。着丈の長い服ってどこかエレガントじゃないですか? それが結構好きなのと、体型も隠せるし、着る人を選ばないから、WRYHTにはマキシレングスの方が多い。その流れで、アイテムとしてはカフタンも好きです。着てる人を見ると楽そうだなと思うし、体を覆うような服のデザインはいいですよね」
──ブランドのコンセプトとして、あえて「セットアップで装うこと」を掲げてますが、その理由は?
「スーツ好きというのもありますが、楽だし、スーツを着ればスタイルが完成するみたいなところがあるし、100年以上前から今も変わらずに残っている形というのもあります。元々は男性用なんでしょうけど、それを女性が着ることにもかっこよさもある。セットアップをうたってますが、つなぎもドレスもスーツなので、そこに特化しています」
──セットアップって大人だからこそ着こなせるスタイルというイメージがあります。
「そういう憧れに対してのお手伝いができるブランドだったらいいなと思います。いろんなブランドがあるので、何でもかんでも作ろうとは思ってなく、WRYHTにしかないものを作って、それを求めてくれる人のお手伝いをするみたいな立ち位置でいいかなと」
──毎シーズン、WRYHTの基本的な服づくりの法則は同じというか、メンズ的なファッションのあり方に近いように感じます。
「女性のファッションはシーズンごとにトレンドが早いですけど、うちは次のシーズンでも素材を置き換えて出したり、定番的な品番がありますが、それは楽してるわけではなく、マスターピースというか、年代国籍を超えて自分たちがいいと思ってピックアップした元ネタをアップデートさせて作りたかったからなんです。だからシーズンによって、あったりなかったりしますが、お客さんにとって、これは来季は着れないなじゃなくて、ずっと着てもらいたいし、同じものを2年後も作っている可能性もあります」
──逆にいうと世の中のトレンドは気にしてない?
「見てはいますが、見たところで仕方ないと思うし、自分たちの役割ではないというだけです。ただ想像ばかりが膨らんで、街で着たときにかっこ悪かったら意味ないので、街で着てかっこいい、美しい、決まる、というのが、一番大事。そこさえブレなければいいと思っています」
──素材へのこだわりも強そうです。
「オリジナルのハードツイストかける工場はあそこだなとか、そこにいる職人や機械でも全然違うんで、生地を掘り下げるのは面白いですよ。その分どうしても工賃がかかるので、利益率は悪いですけど(笑)。もう趣味みたいなもんです。そのぐらいの気持ちでやらないと、逆に多分面白いものはできないし、大手アパレルやファストファッションには勝てないので」
──何かに特化した得意分野、「らしさ」「アイデンティティ」を大事にしていると。
「そうですね。餅屋は餅屋でいたい。やりたいことが、表層的ではなく、かなり踏み込んだ物作りだったりするし、自分にとってはそこが成立していないと洋服として完成しないので」
──ちなみに服作りを始めてもうどのぐらいですか?
「12、3年ぐらいですね。元々パタンナーをやっていたので、古着を解体するのが好きだったんです。昔のパターンって圧倒的に違うから、それがまず面白い。戦前のものは特に構成一つとっても、裏にテープ挟んで縫っていたり、とにかく芸が細かい。糸も素材自体ももろかったり、綿糸しかなかったり、過去に思いを馳せるというか、ロマンがあります」
──今のようにテクノロジーに頼れない分、技術で補うような?
「それをこちらはデザインとして、逆にもらうみたいな感じ。当時の服を見てると、素材も復刻できないし、今ではもう作れないですし、作ったとしたらそれこそ何十万とかになってしまう。アーカイブの価値は下がらないと信じているところがあります。資料性、希少性が高いので、欲しい人も多いし、自分も古着を着るわけではなく、完全に資料としての勉強代として買うような、アートを買うのと一緒ですね」
──やはりファッションのルーツ、オリジンというか原点に惹かれると?
「原点好きですね。絶対戻ってくると信じてますしね、原点に」
WRYHT
ブライトライト
Tel/03-5486-0070
http://wryht.com/
Photos:Kouki Hayashi(Item) Interview & Text:Masumi Sasaki Edit:Chiho Inoue