松尾貴史が選ぶ今月の映画『オフィシャル・シークレット』
2003年のイラク開戦前夜、英米政府を揺るがせた衝撃の事件が映画化。戦争を止めるため、国家機密をリークした英国女性諜報職員キャサリン・ガンをキーラ・ナイトレイが演じる。映画『オフィシャル・シークレット』の見どころを松尾貴史が語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年10月号掲載)
政府とマスコミの“正義”とは
「マスコミが報道の仕事をせず、いつから首相官邸の広報室になったのか」。日本は今の政権になってから、世界各国における報道の自由度ランキングは50〜60位も落ちてしまいました。鳩山政権の頃は11位だったのが、今では見る影もありません。しかし、冒頭のカギカッコ内の言葉は、実はこの『オフィシャル・シークレット』の、ジャーナリストの会話の中で出てくる内容なのです。この物語は、実際に起きたことに基づいたものです。人の命を奪う戦争を止めるために、独善的な組織のルールからはみ出した勇気ある一人の女性がいました。国家機密を漏洩したとして訴追されることになったキャサリンの、正義感と恐怖心の狭間で続く激しい葛藤を、ものの見事に描いています。官邸からの圧力やそこへの忖度で長い物には巻かれろ式官僚組織の国家公務員と、誇りを持って国民に仕えることを忘れない正義の人、という存在は、森友事件の隠ぺいや改ざんの責任を感じて自死を選んでしまった赤木さんの姿にも重なりますが、こういう善意が声を上げづらいのはイギリスも日本も変わらないようです。
この映画における報道の現場で起きていることは実にリアルで、気楽な題材であれば「あるある」と叫んでしまうような現象ばかりなのですが、ここでのキャサリンの心の動きが切実すぎて、見ているこちらが何度も胸が苦しくなったほどです。彼女の勇気に比べれば、それを報道で伝えるのは単なる手伝いにすぎないようなことなのですが、大マスコミの構成員である編集部員や記者たちは、保身に走る者が大半なのです。報道というものは、権力を持つ者が伝えてほしくないことを知らせる仕事であるにもかかわらず、政府が伝えてほしいことばかりをありがたく受け取って知らせる単なる広報に成り下がっている機関がいかに多いことか。日本に近くて遠い国の将軍様を持ち上げる民族衣装のキャスターを笑っていますが、内容は同質だということに気づく頃合いではないでしょうか。
『オフィシャル・シークレット』
監督/ギャヴィン・フッド
出演/キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、マシュー・グード、レイフ・ファインズ
8/28日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito