奥浜レイラとトミヤマユキコが新提案「女子が観たい! 読みたい! ラブコメ」
コメディといえば忘れてならないのが「ラブコメ」。映画の舞台挨拶の司会などで活躍する奥浜レイラと学問として女子漫画を追究しているトミヤマユキコが、現代を生きる女性たちを笑わせると同時に刺激してやまない2010年代のラブコメについて徹底討論!(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年6月号掲載)
トミヤマユキコ(以下T):「2010年代の女子漫画の世界では、既にヒット作がある作家の手がけた新作や続編が、安心して笑わせてくれるブランドとして読者の心をつかんでいるというのが一つの傾向としてありますよね。例えば二ノ宮知子さんの『七つ屋 志のぶの宝石匣』【1】も、『のだめカンタービレ』のフォーマットが踏襲されています。個性あふれる男女がいて、ラブコメ的構図があって、特殊な業界についての専門知識が物語の軸になっている」
奥浜レイラ(以下O):「確かに!」
T:「東村アキコさんも『東京タラレバ娘 シーズン2』【2】を連載していますが、東村さんが描くキャラはどれもテンションが高すぎて、恋愛モノなんだけどコメディ指数がめちゃくちゃ高い(笑)。『臨死!!江古田ちゃん』【3】の瀧波ユカリさんの『モトカレマニア』も、ゆるふわ系じゃない女の子から見た世界をシニカルな笑いにしている。彼女たちは漫画界のコメディエンヌともいえるかも」
O:「映画界で2010年代のコメディエンヌを挙げると、『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』【A】に主演しているエイミー・シューマーは外せないですね」
T:「『アイ・フィール・プリティ!』は私も観ました。最高だった!」
O:「彼女は、ここ数年ムーブメントになっているボディポジティブやセルフラブという意識改革を体現するコメディエンヌで、笑いのセンスもトップクラス。ほかにも『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』で注目されて、『ロマンティックじゃない?』【B】の主演も務めた、ぽっちゃり系でチャーミングな女優のレベル・ウィルソン。彼女も美の基準を広げた人だと思う」
T:「日本のコメディエンヌだと誰になるんだろう?」
O:「日本でいったら、大九明子監督の『勝手にふるえてろ』【C】に主演していた松岡茉優さん。こじらせ妄想暴走系の役を、松岡さんは嫌味なく自然に演じていて、あるあるを体現するのがうまいですよね」
男性のリードを待たない等身大の女性たちに共感
O:「女性が求めるものの変化は、2001~16年にかけて3作公開された『ブリジット・ジョーンズの日記』【D】シリーズを見るとわかりますよね。3作目
T:「主体的な女性を笑いと絡めながら描くと、コメディとして成功するというのはあるかも。最後に王子様が全部回収するんじゃなく、自分の足で立ち続けるヒロインが今の主流」
O:「グレタ・ガーヴィグ主演の『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』【E】はまさにそうで、子どもがほしいと一人で体外受精を試みたり、夫を前妻に返してしまったりという(笑)。『サムワン・グレート ~輝く人に~』【F】もそう。大学時代から仲の良い3人の女性が29歳で経験する最後の青春を描いていて、その描き方がリアル。ハイにもなるし、セックスもしまくるし、ただきれいに描こうとしていないところがすごくよかった」
T:「『A子さんの恋人』【4】も女子3人のシスターフッドを描いたラブコメです。みんな美大出身なんだけど、きらびやかすぎないのが実にいい塩梅で、もしかしたら私たちもその境地に至れるかも?と思わせる。シスターフッドを描いた作品が人気なのは世界共通なのかもしれないですね」
O:「両作品ともほろ苦い部分がありますね。笑える要素もありつつ、お互い譲れない部分をどうやって乗り越えていくか、恋愛においてどうすることもできないもがきを描いてる」
T:「大人の女性たちは、仕事があったり家の問題があったり、背負っているものがそれなりにあるから、好きな人のためなら何でも放り出しますというわけにはいかないですよ」
O:「人生と恋とを天秤にかけながら、妥協点を探っていく」
T:「そう。だから、ほろ苦いし切ないし、そのぶん笑えちゃう。おかしいけど、つれぇ~! みたいな」
O:「『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』
T:「『後ハッピーマニア』【5】の安野モヨコさんも、女をリードするというよりは、脇に控える王子様を描いていますよね。あくまで女が道の先頭を歩き、転び、立ち上がる物語。男はサポートこそするけれど、女の手柄を横取りしたりしないし、最後に救済してくれるという話にもならない」
O:「女も男もジェンダーバイアスを背負わされていないんですね」
T:「『夫婦サファリ』【6】も面白いですよ。女性編集者に脅されて結婚することになる男性漫画家の話なんですけど、彼は弱みを握られているので、徹頭徹尾弱者で、彼女に逆らう権利がない。でも、男らしさを剥奪されることで逆に幸せになるんです」
O:「女性に主体性がある物語のほうが、スカッと感はありますよね」
T:「その究極は『腐女子のつづ井さん』【7】ですよ。こんなに笑えてフェミニズムも感じさせてくれる作品があるか!という。世間との比較が一切なく、恋人がいないことへの自虐もなく、ただただオタク女子の楽しい人生が描かれる。しかもモデルとなる人が実在することが、もう超希望!」
O:「作者のつづ井さんがラジオに出演していたときに、自虐こそが自分のストレスの原因と感じて、1巻以降は自虐要素を排除したという話をしていました」
T:「推しのことをずっと考えていたり、最近推せる人がいないなあと思ったら、自分のお尻を推しにして、毎日お世話をしているうちに超ツルツルになるとか(笑)。バカバカしいように見えて、学ぶべき点がある!」
O:「発想力と多幸感がありますよね」
T:「人生がつまらない人にとっては、最高の参考書ですよ。笑えるし元気になれる。『ありがとうございます』と思いながらいつも読んでます」
コンプレックスを刺激され、えぐられながらも笑うこと
O:「先日、2012年の『バチェロレッテ ―あの子が結婚するなんて!』を観直したら、自虐もありつつ、まだ誰かを攻撃して笑うシーンがあって。ここ数年で、みんなで他者を笑うんじゃなくて、当事者として共感できる笑いが増えたように思います」
T:「当事者として引き受けられるところがちょっとあったほうが、笑いの質が良くなる感じはしますよね」
O:「邦画のラブコメは洋画に比べると主体性のエッセンスは薄めですが、『愛がなんだ』【H】の今泉力哉監督や大九明子監督のような、大人が楽しめるオフビート感のあるラブコメが最近増えていて。笑っていたらブーメランのように返ってくる、私もこういうことをやってたかもと笑いながら共感し、同時にえぐられる作品が人気を呼んでいます」
T:「東村さんの漫画なんて、まさにえぐりながら笑わせる系ですよね。いい年してまだ大人になれないとか、美人だけど婚活しているとか、女性のコンプレックスが多岐にわたって存在している現実があるからこそ、特に女性向けのコメディというものは、細かく目配せして作らないと成功しない。だからこそ、女性向けコメディって、ジャンルとして成熟していくんだなとあらためて思います」
O:「感情が動かされるポイントがコンプレックスなんですよね」
T:「それはありますね。身体的コンプレックスについて前向きに考えさせられるのは『女の友情と筋肉』【8】です。3人娘のシスターフッドの話なんですが、なぜか全員が死ぬほどムキムキ」
O:「タッチが劇画(笑)」
T:「普通だったら、恋愛マーケットでは出オチとして弾かれてしまいそうなムキムキ女子たちだけど、それぞれパートナーがいて、恋の悩みはめっちゃ等身大なんです。でも、つらいことがあるとみんな筋トレするの(笑)。浜谷みおさんの『やまとは恋のまほろば』も、あまり見た目には自信がないぽっちゃりの女の子がヒロインだけど、なぜか古墳サークルのイケメンたちにモテるという」
O:「愛でられるんだ(笑)」
T:「古墳体型ゆえ愛でられるの(笑)。女性のコンプレックスが多様に描かれる背景には、男漫画と女漫画の違いがあると思っていて。よくいわれるのが、女漫画の内面描写の多さなんです。何を考えて、感じているのかが重要だから、主人公がいろいろ悩んでいるほうが内面を表現しやすい。これは全く悪口じゃないですが、男漫画は、海賊王になりたいなと思ったら『海賊王に俺はなる!』と言っていいんですよ。周りも、そうかおまえは海賊王になるのかって思ってくれて、あまり誤解が起こらない。一方、女漫画は『あんたなんか大嫌い!』と口では言ってるけど、心の中で『あぁ、私は何てことを言ってしまったんだろう!』と思っている。台詞と内面が引き裂かれている状態ですね。これは男漫画ではあまり採用されない表現技法です。『海賊王に俺はなる』と言ってるのに、『なりたくねぇ!』って思ってるとは誰も想像しないじゃないですか」
O:「全部正直に言ってくれるって、ある意味すごく優しいですね」
T:「そうですね。その点、女漫画は全く違うメディア特性を持っていて。例えば脳内会議モノってあるじゃないですか。『モトカレマニア』がまさにそうだけど、とっくに別れた彼と実はまだ復縁したいと思っていたり、言ってることとやってることが違いすぎてハチャメチャ(笑)。それをなぜ笑えるかというと、自分もその矛盾を経験しているからですよ!」
O:「わかる! やってなかったとしても、考えたことはある(笑)」
T:「単なる他人事で笑わせてほしいわけじゃない。でも、えぐられた者同士で傷をなめ合うだけじゃキツすぎるから、つらいけどウケる!って笑いたいんだよね」
Photo:Ayako Masunaga Interview & Text:Tomoko Ogawa