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松尾貴史が選ぶ今月の映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』

仕事への情熱を失くしたCM監督のトビー(アダム・ドライバー)は、学生時代に監督し、賞に輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』の舞台となった村に訪れる。しかし、映画のせいで人々は変わり果てていた…。映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2020年3月号掲載)

鬼才が撮りたかった映画

国政選挙運動期間に駅前の広場などを通りかかると、できたばかりの弱小政党の党首が、街頭演説で「政権奪取」を高らかに謳い上げるも、誰一人足を止めて耳を貸そうとせず、ただ拡声器を使って大声で独り言を言い続けるようなさまに出くわします。

ほとんどの人の心にはそういう精神構造がないのでしょう、もちろん私にもないと思いますが。自分が「選ばれし者」であることを微塵も疑わず、時間と燃料を無駄遣いし続ける姿は、哀しくも滑稽に映るものです。セルバンテスが書いた『ドン・キホーテ』はまさにその悲喜劇を見せてくれる作品です。九代目松本幸四郎(現在の二代目松本白鸚丈)の当たり役としても知れ渡っている舞台『ラ・マンチャの男』の原作でもあります。この『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は、そういう「思い込みの激しい人」の物語を、桁違いのユーモアとペーソスとナンセンスで爆発させたエンターテインメントです。

テリー・ギリアム監督がこの作品の企画に着手したのは1989年だそうです。今から30年も前で、日本でいえばバブル時代の真っ盛りでした。最初にクランクインしたのも2000年だといいます。その後は洪水で機材やセットがダメージを受け、撮影日程が大幅に変わり、主役を演じていたジョニー・デップのスケジュールが合わず降板になったり、役者が相次いで病気や腰痛などのアクシデントで出演できなくなったり、映画化権を剥奪されたり、数々の苦難を乗り越えて30年越しに完成した労作です。

つまり、あの狂気的な奇才が30年近く諦めなかった作品というだけで、見る価値があるというものです。

この物語は、ドン・キホーテを劇中劇として、それを題材に撮影しようとする映画監督の様子を描いています。いや、果たしてそうなのでしょうか。事はそれほど単純なはずはもちろんないのです。そもそも、そのドン・キホーテを映画化しようとする監督の悪戦苦闘から物語が始まるのですから、映画の外側にまで虚実がはみ出しているのです。

ギリアムファンからするといつもながらの現象ですが、虚実ない混ぜの行ったり来たりが観る者のイマジネーションを翻弄しまくります。

昔、『12モンキーズ』を先んじて見たという小堺一機さんに「面白かったですか」と聞いた時、「ギリアム、好きですか」と問い返され「もちろん」と答えたら、「じゃあ絶対に面白いと思います」と回答が返ってきました。私も、この「ドン・キホーテ」について同じ質問をされたら、同じやりとりをするだろうと思います。あまり理屈を意識せず、まずはこの80歳にならんとする巨匠が創り上げる無邪気で巧みな世界をただ楽しみましょう。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』
監督/テリー・ギリアム
出演/アダム・ドライバー、ジョナサン・プライス、ステラン・スカルスガルド、オルガ・キュリレンコ
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
donquixote-movie.jp/
© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVに始まってラジオ、映画、舞台、落語、「季刊 25時」編集委員、創作折り紙「折り顏」、カレー店の運営など幅広く活躍中。最新刊に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)。

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