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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ホテル・ムンバイ』

インドの5つ星ホテルで無差別テロが発生。プロフェッショナルとしての誇りをかけて、宿泊客たちを救おうとしたホテルマンたちの真実の物語。映画『ホテル・ムンバイ』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年11月号掲載)

“信仰”が引き起こした実際の事件

4年ほど前、インドのデリーへ、数日の短期留学でカレーの調理を習いに行ったことがあります。下北沢で「般゜若(パンニャ)」という店をやっているので、その研修として参加したのですが、その時に一度だけ使った地下鉄のセキュリティの厳格さに、たいそう驚きました。空港の保安検査ゲートと同じような場所と機械があって、そこでチェックを受けてからやっとこさホームに向かうことが許されるのです。宗教上の理由なのか、ボディタッチをして調べるからなのか、男性と女性は別の場所に並ばなければなりません。日本のそれよりも激しく混雑する超満員電車の人数を捌(さば)くのは並大抵ではなさそうでした。

そして、滞在したホテルも、セキュリティが徹底されていました。荷物は金属探知機を通してから入館するのですが、入り口にも警備員とホテルマンが目を光らせていて、日本のように「ちょっとトイレを借りようか」などとおいそれとは入れないようになっているのです。

その時は、過剰にも感じましたし、ヒンドゥー教、シーク教、ジャイナ教、イスラム教、キリスト教、仏教などの様々な、そして熱心な信徒がいるので「原理主義などがぶつかることがあるのかな」とぼんやり想像していたのですが、その数年前に、ムンバイでこんな事件が起きていたことは、記憶では残っていても、正直認識外でした。

『ホテル・ムンバイ』は、実際にムンバイの、格式高く歴史あるホテル「タージマハル・ホテル」で起きたテロルが描かれています。序盤のテロル実行開始から終盤まで、息をもつかせぬ展開にのべつハラハラしつつ、翻弄されまくりながら見終えた後はぐったりとなってしまいました。

実際の事件と同じく、矜持に満ちた従業員たちの勇気ある行動に感心も感動もしつつ、ただ祈るばかりの自分に気がつきました。映画の中でも、脱出を試みる宿泊客の一人に向かって料理長が、「祈っています」と言葉をかけるのですが、客はこう返します。「祈らなくていい。それが全ての元凶だ」と。すごい皮肉が込められたものですが、秀逸な台詞です。

冒頭に、仕事に出かける父親を見送った幼子が泣いているのも、不吉な暗示に感じられ、洒脱な演出を感じました。

イスラム原理主義の体裁でテロルを引き起こす者たちは、その企て自体が自らの信仰への冒涜であり、他の真っ当なムスリムの肩身を狭めるばかりではなく、その立場を危うくしていることには気づかないのでしょうか。

『ホテル・ムンバイ』

監督/アンソニー・マラス
出演/デヴ・パテル『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス
TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開中
© 2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC
gaga.ne.jp/hotelmumbai/

Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVに始まってラジオ、映画、舞台、落語、「季刊 25時」編集委員、創作折り紙「折り顏」、カレー店の運営など幅広く活躍中。最新刊に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)。

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