松尾貴史が選ぶ今月の映画 『誰もがそれを知っている』 | Numero TOKYO
Culture / Post

松尾貴史が選ぶ今月の映画 『誰もがそれを知っている』

アルゼンチンに暮らすラウラ(ペネロペ・クルス)が妹の結婚式のため故郷スペインに帰省し、幼馴染のパコ(ハビエル・バルデム)や家族との再会を果たす。しかし、娘のイレーネが誘拐され、家族の秘密を呼び覚まし…。ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムの夫婦共演も話題の映画『誰もがそれを知っている』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年7・8月合併号掲載)

美しい役者たちと名匠の共作

ラウラ(ペネロペ・クルス)は妹の結婚式に出席するため、遠くアルゼンチンから、思春期の長女イレーネとその弟を連れて、スペインに里帰りします。夫のアレハンドロはブエノスアイレスで仕事をしているとかで、同行していません。

イレーネは、お転婆というか発展家というか、彼女に淡い恋心を抱いているであろう少年をそそのかし、振り回しています。

結婚式の宴会中に少し体調を崩したイレーネが、夜まで続くパーティのさなか、いつの間にか忽然と消えてしまうのです。そして、誘拐犯を名乗る人物から身代金を求める脅迫状が届きます。警察に通報すれば娘は帰らないと考え、ラウラは幼馴染のパコ(実生活ではペネロペ・クルスの夫であるハビエル・バルデムが演じています)という男性の献身的な協力のもと、娘を助けようと苦慮するのです。

さて、この映画の邦題『誰もがそれを知っている』とは、何のことでしょうか。噂千里を走ると言いますが、狭い町ではなおさらです。誰が過去に誰とどういう関係であったかというようなことは、本人たちが感じているよりよほど周囲は敏感に察知しているものです。そして、その外形的な関係だけではなく、秘めたはずの事実も、実は……。

家族、一族、近隣のつながり、反目、利害関係、さまざまな葛藤の中で皆知らないふりをしているのが、狭いコミュニティなのです。翻って言えば、ラウラがなぜアルゼンチンに居を移しているのかという事情まで想像の射程に入ってきてしまうのです。娘を救おうと警察に知らせることもできず皆で試行錯誤を繰り返すうち、疑心暗鬼に陥っていきます。

監督が、ずいぶん長い間ラブコールを送り続けたペネロペ・クルスがきれいです。俗なことを言うようですが、事実なのだから強調させていただきます。役者が皆、男も女も老いも若きも美しい。全編通して眼福の嵐なのです。その様子の良い景色を見るだけでも価値はあります。もちろん、それだけではないのです。脚本は、少々荒っぽい感じがしないでもないのですが、そう感じさせることを最小限にしてくれているのが、名優たちの緻密で繊細な演技だと思いました。

ハリウッドのテンポ、リズムに慣れていると逆に新鮮な感じのある落ち着いた雰囲気の作品です。昨年のカンヌ国際映画祭でオープニング上映され話題となり、フランスでも大ヒットを記録しているとか。

私たちの生活の中で同じことが起きても不思議ではない不安のリアリティがあります。まるで、自分がこの家族とこの家で一緒に過ごしているかのような、奇妙な錯覚を覚えるのです。

名匠の労作を、鑑賞というよりは、体験という言葉に相応しい濃密な作品だと感じました。

『誰もがそれを知っている』

監督・脚本/アスガー・ファルハディ
出演/ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、リカルド・ダリン
6月1日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
URL/longride.jp/everybodyknows/

© 2018 MEMENTO FILMS PRODUCTION – MORENA FILMS SL – LUCKY RED – FRANCE 3 CINÉMA – UNTITLED FILMS A.I.E.

BACKNUMBERはこちら

Text: Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVに始まってラジオ、映画、舞台、落語、「季刊 25時」編集委員、創作折り紙「折り顏」、カレー店の運営など幅広く活躍中。最新刊に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)。

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2025 N°183

2024.11.28 発売

Future Vision

25年未来予報

オンライン書店で購入する