注目画家ヘルナン・バスが描く、昆虫と美青年が紡ぐファンタジー
東京・六本木のペロタン東京で、近年国際的に注目を集めるヘルナン・バス(Hernan Bas)の作品を日本で本格的に展示する個展「異郷の昆虫たち – Insects from Abroad – 」が開催されている。
Photo:Kei Okano
バスは、1978年にアメリカ・フロリダ州マイアミで生まれ、現在は、マイアミとデトロイトを拠点に活動するアーティスト。少年期から図書館で芸術書や文学書を愛読し、特に19世紀デカダン派の作家オスカー・ワイルドやジョリス=カルル・ユイスマンスの耽美的で退廃的な文学世界に影響を受けた。今回の展覧会の作品も『海外の昆虫——その構造、生態と変態の報告』(1874年出版)という書物からインスピレーションを受けて制作したという。テーマは「異郷の昆虫」で、同書ではイギリスの生物が、まるで人物を描くように詩的に説明されていたことから、昆虫への興味をかき立てられたそうだ。
ヘルナン・バスのスタジオの様子
作品には、彼自身が「Fag limbo」と呼ぶ、少年期から青年期へ移行する危うげな男性が描かれている。19世紀に英国で、服装や外見を過度に意識したキザで軟弱な男性たちを指す「ダンディー」という言葉が生まれた際、彼らはまるで化け物のように扱われたという。そこで、人物のように表現された昆虫たちと、化け物のような人物とに共通点を見いだし、2つを掛け合わせたのが今回の展覧会のテーマになっている。
描かれた男性の一部が昆虫の羽のようになっていたり、昆虫と同様の行動を取っていたりするが、バスは「カモフラージュは、身を守るために自分を繕わないといけないところが、ゲイの比喩としても興味深い」と話す。男性をモチーフに描くのは、自身がゲイだからということもあるが、自分が若い頃、17歳の時に見たかった作品を作っているのだという。しかし、必ずしもゲイの視点を前面に出して作っているわけではない。普遍的に解釈できるキャラクターとして見ることで、作品の世界はより広がりを持つだろう。
Hernan Bas『Unlike other members of his species, camouflage is not in his favor』 2017,Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
男性たちのほとんどは、憂いを帯びているか、もしくは無表情だ。実際、彼自身も多くの人に無表情であることを指摘されるが、表情は特に意図していないのだそう。
「描いているときは何も考えていない、善悪の中間の部分、ニュートラルな状態です。舞台のインターミッション(途中休憩)のように、物語がどちらに転ぶかわからない時に、この後何が起こるのか話し合うような感じ。絵自体は抽象的で、服はシンプルで時代がわからない。一方で、タイトルは考えていて、非常に具体的な意味を込めているんです」
物語性のあるものが好きだという彼に、作品の背景を解説してもらった。
Hernan Bas『It comes out every 17 years』 2017, Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
「木に寄りかかっている青年は蝉をモチーフにしていて、腕が蝉の羽の模様になっています。成虫になって木を登っていくシチュエーションを描いています。タイトルに“17 Years”とありますが、自分も17歳の時にカミングアウトしました。蝉は17年間地中にいて、成虫になって地上に出てくると大きな声で鳴く。それと、青年が大きな声を出して歌う姿が重なります」
Hernan Bas『When ready to mature, it takes its first breath as an adult under the protection of night』 2017, Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
「トンボは4年間水中にいた後、外に出て息をするのですが、この青年も水から顔を出しています。次の段階へ成長していく途中で、自分が何者になるのかわからない状態なのです」
Hernan Bas『The case for Mullerian Mimicry』 2017, Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
「実在の昆虫でなく、蜂の擬態という“現象”をモチーフとしています。人物が部屋の隅にいて、たくさんの鏡を置いていますが、部屋に入って来た人が、その鏡に写るようになっているんです。他の作品と違って唯一明確な表情をしていて、意図的に恐れている表情にしました。レンズの厚いメガネが目を大きく見せていて、あたかも虫の目のようです」
Hernan Bas『Contrary to popular belief, most people who are bitten suffer no serious damage』 2017,Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
「“クロゴケグモ”というアメリカで有名なクモをモチーフにしています。このクモは、触ると死ぬと言われていますが、実際は毒性がないのに、ただ恐れられているんです。人々を怖がらせているだけで内側は怖くない、人を惑わす存在です」
Hernan Bas『His is the only known species to mimic a flower』 2017,Courtesy Perrotin, Photo:Kei Okano
「これは、ブルースティックカマキリ(ユリカマキリ)という、花そのものに擬態するピンクのカマキリがモチーフ。他の昆虫が花のフリする場合は、花の上に乗って紛れようとするのですが、このカマキリは自分自身が花全体のフリをして、実際の花と離れた場所にいるのです。虫たちは本物の花ではなく、カマキリのほうに寄っていってしまうのが面白い。それは、ゲイの人が女性のように振る舞うのと似ていると思います。美しさは獲物をつかまえる罠かもしれないので危険です」
現代のアメリカでは、性差別が問題になることも多いが、自由に描くことのできる絵画を通じて、現代社会に対する憂いを伝えたい気持ちもあると話す。
「僕は政治的な人間ではありませんが、メッセージが出てしまうこともある。10年前に後戻りするのはよくないことで、前進すべきだし、若者を勇気づけたいと思っています」
普段、本からインスピレーションを受けることが多いが、テレビや映画がヒントになることもあり、作業しているときはテレビをつけっぱなしで、常に情報を入れているのだという。時折、集中してトランス状態になると、自分でもどうやって描いたのかわからなくなってしまうこともあるそうだ。
「子どもの頃は、ストーリーテリングが好きで作家になりたいと思っていました。だから、絵の代わりに文章が書けるなら文章にしていたかもしれないけれど、描きたいキャラクターを絵で描くほうが、見る人に解釈していただける。結果的に、絵のほうがうまくいったんです」
抽象と具象が交錯する絵画と文学的なタイトルが織りなすバスの作品は、想像力をかき立て、子どもの頃おとぎ話を読んだときのワクワク感を思い起こさせる。観る者を豊かな物語へ誘ってくれる、バスの世界に飛び込んでみてはいかがだろう。
「ヘルナン・バス展:異郷の昆虫たち – Insects from Abroad – 」
会期/2018年1月18日(木)〜3月11日(日)
会場/ペロタン東京
住所/東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル1階
TEL/03-6721-0687
URL/www.perrotin.com/
Portrait:Yuji Namba Text:Kazeyo Nishino