『神は局部に宿る』都築響一 presents エロトピア・ジャパン | Saeborg
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『神は局部に宿る』都築響一 presents エロトピア・ジャパン

いつもお世話になっている都築響一さんの手掛けた展示を観に渋谷のアツコバルーに行ってまいりました。

都築さんがツイッターでもかかれてたのですが、今回、ドールの乳首をもぎ取ろうとする不届き者がいたため、展示の内容を一部変更せざるをえなくなったとのこと(会場にはおさわりOKのドールもいますが、被害にあったドールはお触り不可な子)。

開催されて一週間で1000人も動員しているため、中にはそういった最低のマナーの人が出てくることはどんなイベントでもあることだとは思いますが、凄く悲しい気持ちになりますね。そういうことがあると、そういう人に対する対処や想定をした構成になってくるので一番ベストなものから離れて行ったりします。色んなことを禁止していったり、わざわざ無粋な禁止マークを貼ったりなど。そうやってどんどん不自由になってくるんですよね。私が参加しているイベントのデパートメントHでもそういうことがあるので人ごとではありません。

地道に啓蒙するしかないのでしょうが。。

ともあれ、展示は大変贅沢なものとなっております。渋谷のBunkamuraの向かいのビルなので是非足をお運び下さいませ。

 

以下、アツコバルーさんのHPより転載。

2016.06.11 Sat – 07.31 Sun
Wed – Sat 14:00 – 21:00
Sun & Mon 11:00 – 18:00
closed on Tue
¥1000 (not includes a drink)

日本を訪れる外国人観光客は、氾濫する性的イメージにいきなり圧倒される。通りにはみ出す風俗看板に、路傍でチラシを配るメイド少女に、DVD屋のすだれの奥に、コンビニの成人コーナーにあふれ匂い立つセックス。そしてハイウェイ沿いに建つラブホテルの群。この息づまる性臭に、暴走する妄想に、アートを、建築を、デザインを語る人々はつねに顔を背けてきた。超高級外資系ホテルや貸切離れの高級旅館は存在すら知らなくても、地元のラブホテルを知らないひとはいないだろうに。現代美術館の「ビデオアート」には一生縁がなくても、AVを一本も観たことのない日本人はいないだろうに。そして発情する日本のストリートは、「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」だらけなのに。ラブホテルもイメクラも秘宝館も、その作り手たちは、自分がアートを作ってるなんて、まったく思っていない。彼らが目指すのはただ、自分と受け手の欲望と妄想をもっとも完璧に満足させる装置である。性欲と金銭欲とを両輪にドライブしつづける、そんな彼らのクリエイティヴィティの純度が、いまや美術館を飾るアーティストの「作品」よりもはるかに、僕らの眼とこころに突き刺さってくるのはどういうことだろう。アートじゃないはずのものが、はるかにアーティスティックに見えてしまうのは、なぜなんだろう。さげすまれ、疎まれることはしばしばでも、敬意を払われることは決してないまま、それらはひそかに生き延び、いつのまにか消えていく。日出づる国のブラインドサイドに響く、その歌が君には聞こえるだろうか。

都築響一


展覧会に寄せて
都築響一の仕事はユニークで筋が通り、とにかく勇敢である。芸術と言う肩書きを持たないが心打つもの、周りからは変人としか見られていないが自分の価値観を曲げずに生きている自由な精神を持つ人達を取材すること何十年。彼のメールマガジンには毎週、紙ページにしたら60ページくらいになるかと思う記事が載せられている。

隠れた、でも実は有名な日本文化
テーマは「エロ」である。昭和30年生まれの女子である私は躊躇した。男性の飽くなき性欲とか妄想、と言うのは辟易するテーマ(実は不快)である。しかし自分に張り付いた社会の道徳や取り決めを取り払って観察すると、日本の「エロ」は確かに特殊で詩的ともいえる。ラブホやイメクラには物語があり、物語に男性は酔う。実際いやらしいのだが、西洋のそれのように後ろめたく陰湿ではなく遊び心にあふれている。西洋の「エロ」がおぞましい肉と肉のぶつかり合いに終始するのとは全然違うのだ。いかに男性の精神と体が複雑になれるかを表している。日本の「エロ」は文化的で進歩形だと思う。

神は本当に局部に宿るのか
国や社会は個人を統制する大きな機械である。しかしどんな精巧な機械の下でも、凡庸な個人が自由を味わえる瞬間がある。それは恋愛、セックス(結婚ではなくて)、お酒、ドラッグ、そしてアートによってもたらされる。故にセックスは悪いもので隠れて行われるべきと思われる。しかし上記のものをたしなんでいる時、人は完全に自由な個人として宇宙に存在する事ができる。その瞬間の継続を探るのが哲学であり宗教である。

なぜ、今「エロ」なのか?
世界が不安である。日本の社会も同様だ。いくら亀のように手足を引っ込めてやり過ごしたくても、私たちは嵐に巻き込まれている。そんな時代が20世紀の初めにもあった。第一次大戦前夜である。戦争に走る世論の中で平和運動に身を投ずる者もいれば、個人の精神と妄想、神秘的な経験に自由を求めた学者や芸術家達もいた。それは現実逃避ではなく、怒濤に飲み込まれない精神の自由を勝ち得る為の手段だった。彼等とは、アールブリュットの作家を取り上げた人たちやユングやシュタイナー*である。しかし、そんな遠い国の昔の文献を読まずとも、我々には運の良い事に都築響一がいる。エロの楽園、エロトピアに遊びにきてください。この名もなき芸術家(?)達の提示する妄想のブレーンストーミングを受ければ、あなたにも社会に惑わされない強いエゴ=エロが出てくるはずです。

*ユングとシュタイナー:2013年のヴェネチアビエンナーレのエントランスを飾った強烈な展示はユングのレッドブック(精神病患者の妄想を彼が絵にした巨大な赤い本)とルドルフ・シュタイナーの黒板(彼の講義中に描いた黒板)、そして女性画家で神秘主義と象徴主義のヒルマ・アフ・クリントなどに続いて澤田真一、大竹伸朗、吉行耕平。という強烈なラインナップで私はそこにはっきりとしたメッセージを感じた。言葉で説明しないと成り立たない現代アートにもう限界を感じているのだ。霊的な物、魂の根源からくるもの、町で拾った紙のスクラップブック、そして覗き写真。あそこに都築響一の秘宝館コレクションは絶対あってよかった。と確信している。皆さんヴェネチアにいると思って下さい。とても運がいいです。飛行機代なしでビエンナーレが見せたかった物が見られますよ。
私にとって今回の展示は2014年の6月に行ったアントワーヌ・ダガタの展覧会『抗体』とメッセージは同じです。ただあの展覧会では皆泣いてしまったが今回は皆さんに笑って欲しいです。

2016年 春 アツコ・バルー

※本展には、性的な表現(当然)が含まれておりますので、予めご了承の上ご来場ください。

Event

◉都築響一によるギャラリートーク 各回限定20名 (要予約)

6月16日(木) {定員となりましたので予約受付終了}
7月16日(土) {定員となりましたので予約受付終了}

各回 19:00~21:00 参加無料
※入場料1000円はいただきます。

予約:ab@l-amusee.com / 03-6427-8048
お名前・人数・希望日・お電話番号をお知らせください。
◉スペシャルイベント
7月1日(金) 18:30 OPEN 19:30 START
『都築響一 presents エロトピアの夜』@ サラヴァ東京
前売¥3500(1drink+抽選券付)
当日¥4000(1drink+抽選券付)
一部:ギャラリートーク
二部:はぐれAV劇場「抜けないAV」トーク&上映
三部:お色気レーザーカラオケ大会 & 抽選会 (豪華エログッツが当たります!)
予約受付開始:6月11日(土) 14:00〜
メールと電話予約:mail:ab@l-amusee.com / tel:03-6427-8048(営業時間内のみ)
会場は、同ビル地下1階のサラヴァ東京です!

Profile

顔写真2015r.jpg都築響一(つづき・きょういち)

1956年東京生まれ。ポパイ、ブルータス誌の編集を経て、全102巻の現代美術全集『アート・ランダム』(京都書院)を刊行。以来現代美術、建築、写真、デザインなどの分野での執筆・編集活動を続けている。93年『TOKYO STYLE』刊行(京都書院、のちちくま文庫)。96年刊行の『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、のちちくま文庫)で、第23回木村伊兵衛賞を受賞。その他『賃貸宇宙UNIVERSE forRENT』(ちくま文庫)、『現代美術場外乱闘』(洋泉社)『珍世界紀行ヨーロッパ編』『夜露死苦現代詩』『珍日本超老伝』(ちくま文庫)『ROADSIDE USA 珍世界紀行アメリカ編』(アスペクト)『東京スナック飲みある記』(ミリオン出版)『東京右半分』(筑摩書房)など著書多数。最新刊は『圏外編集者』(朝日出版、2015年)。現在、個人で有料メールマガジン『ROADSIDERS’ weekly』を毎週水曜日に配信中。


Tsuzuki Kyoichi presents Erotopia JapanForeign tourists visiting Japan often find themselves overwhelmed by the flood of sexual images in public space. Neon signs of adult-entertainment establishments protruding into the streets; young women in maid outfits handing out flyers at the roadside; there in the back behind the bamboo blind of the DVD shop, the adult corners of convenience stores or the hourly love hotels along the highways – sex wherever you look.Those philosophising about art, architecture or design, however, tend to turn their back on those images and the phantasies behind them. Though there surely is no one not knowing about the local hourly love hotel; not one Japanese who has not seen at least a short clip from an adult video; though the Japanese streets are full of strange things arousing interest.Those building and designing hourly love hotels, role-play brothels or so-called hihokan sex museums, do not think of their profession as art. What they aim at is creating ‘devices’, establishments, that fulfil their and their customers’ desires and phantasies. Yet, their creativity – fuelled by their desire for sex and money – can compete with those pieces ‘art’ exhibited in museums any day.Often despised and abjected, these cultures secretly survive, there in the shadows, from where they finally disappear.Can you hear their songs? Echoing from blind side of the Land of the Rising Sun?

Kyoichi Tsuzuki


About this exhibition
Tuzuki Kyoichi’s work is unique. It is consequent. It is daring. For so many years now he has continued to interview people who tend to be seen as eccentric, but have not once comprised their values. He keeps on doing stories on those things which do not have the luck to be called ‘art’ and still have an impact on people’s minds. Printed out, his weekly mail-magazine would amount to over 60 pages.

A hidden, yet famous part of Japanese culture
The subject of this exhibition is Eros. As a woman born 1955 I hesitated first. The insatiable male desire, their fantasies – these are topics one gets weary of. But when I lift the veil of social moral and norms, Japanese erotic culture appears poetic. In love hotels and role play brothels we find a world of fiction; fiction men get caught up in. A lascivious world; but other than in so many western countries, a place we seldom encounter guilt or shadiness. It is not just bodies clashing against bodies. In there we see the complicated enmeshing of the male mind and body. Japan’s Eros is cultural and advanced.

Do we find ‘god’ in our private parts?
The state and society are big machines that controls the individual. Yet, however sophisticated this control might be, there are moments we can enjoy freedom. Moments induced by love, sex, drugs and art. For this reason, sex and sexuality get hidden, oppressed. Nevertheless, the moment we enjoy those things, we can feel our existence as a completely free individual in the universe. Can’t we not maintain this fabulous moment? A question philosophy and religion might have an answer for.

Eros? Why now?
The world is in fear and so is Japan. And as much as we want to bury our heads in the sand and wait until the storm is over, the storm will come. I think there are similarities between our experiences now and the time before World War I. While politicians make plans for invasions, maybe war, some citizens engage in pacifist movements. Others sought for freedom in spiritual activities, art or fantasy and brought forth the wonderfully rich cultural heritage we still enjoy today. But we don’t need to go back 100 years. For there are people such as Tsuzuki Kyoichi, who collected what you find here at Erotopia Japan. Let the Fantasies of the ‘artists’ who created all these objects storm your brain. Find in them the freedom to pursue not only Eros but also an ego that is not swayed away that easily by society and people’s opinions. A message, I would say, that is similar to the one of Antoine D’Agata’s exhibition. But whereas D’Agata made us sorrow, this time I hope you find reasons to laugh.

Profile

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サエボーグ(saeborg)はラテックス製の着ぐるみ(スーツ)を自作し、自ら装着するパフォーマンスを展開するアーティストです。これまでの全作品は、東京のフェティッシュパーティー「Department-H」で初演された後、国内外の国際展や美術館で発表されている。2014年に岡本太郎現代芸術賞にて岡本敏子賞を受賞。主な展覧会に『六本⽊アートナイト2016』(A/Dgallery、東京、2016)、『TAG: Proposals on Queer Play and the Ways Forward』(ICA/ペンシルバニア大学、アメリカ、2018) 、『第6回アテネ・ビエンナーレ』(Banakeios Library、ギリシャ、2018)、『DARK MOFO』(Avalon Theatre/MONA 、オーストラリア、2019)、 『あいちトリエンナーレ』(愛知芸術劇場、名古屋、2019)、 『Slaughterhouse17』(Match Gallery/MGML、 スロベニア、2019 )など。

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