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    <title>Numero TOKYOTetsuko Kuroyanagi / 黒柳徹子 | Numero TOKYO</title>
    <link>https://numero.jp</link>
    <description>クリエイションが詰まったインターナショナル・モード誌『Numero TOKYO』のWEBサイト</description>
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        <title>黒柳徹子、好奇心の源はよく食べて、よく寝ること!?（後編）</title>
        <link>https://numero.jp/interview92/</link>
        <pubDate>Sun, 06 May 2018 03:00:37 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[People]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[Tetsuko Kuroyanagi / 黒柳徹子]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p class="picture"></p>
<p>ジャケット¥207,000 ブラウス¥38,000 パンツ¥91,000／すべてComme des Garçons（コム デ ギャルソン 03-3486-7611）ネックレス ピアス リング／すべて本人私物</p>
<p>──自分のイメージはこう作っていこうとか、イメージ戦略的なことを考えたことはありますか？</p>
<p>「そういうことは思ったことがないですね。仕事は全て自分で選んできましたから、自分がやりたいか、やりたくないか。それだけで決めてきたと思います」</p>
<p>──まったく仕事がない、どうしようという時期は？</p>
<p>「一生涯なかったですね。……一生涯って相当すごいけど（笑）、この仕事をやりたいのにやれないとか、あぁ、どうして仕事がないんだろうとか、考えてみたらそんなことは六十数年間、なかったです。一つの仕事が長いからじゃないかしら。『徹子の部屋』が43年、『世界ふしぎ発見！』も30年。今やっているお芝居も何十年。自分でも飽きない性格だなと思っていますけど、仕事でもきっとこの飽きない性格が影響して、続いているのかもしれないと思いますよね」</p>
</p><p></p><p>──ご自分の最大の武器はなんだと思いますか？</p>
<p>「そんなことは考えたことないけど、もしどうしてもって言われたら……やっぱり人とコミュニケーションが取れること。そこだと思いますね」</p>
<p>──そのコミュニケーションの力で、紅白など、司会者としても数々の“女性初”を成し遂げてきました。でも、肩書は常に「女優」一筋です。そこにはこだわりがありますか？</p>
<p>「いちばんお金を使ったのが女優だからじゃないかしら。アメリカに行って勉強したり、文学座に行ったり、教育を受けるのに、何にお金を使ったかというと、やっぱり女優の仕事なのね。だから肩書は一応『女優』というふうにしています」</p>
<p><br />
1989年「海外コメディシリーズ」として、飯沢匡・演出による海外喜劇を紹介する形で毎年上演。第1作は『レティスとラベッジ』。撮影：谷古宇正彦　写真提供：セゾン文化財団</p>
<p></p><p>──現在インスタには90万人のフォロワーがいます。面白いものに飛びつくセンスが素晴らしいです。</p>
<p>「福山（雅治）さんに、『Instagramやればいのに』、と勧められて。「それは何？」って聞いたら「自分が見たもの、面白いものの写真を撮って、それに文章を付ける」っていうから、そんなのだったら面白そうと思ってすぐやったんですよ」</p>
<p>──TVの密着で、徹子さんが本当にインスタ用の撮影していました。</p>
<p>「昔、写真家になろうと思っていたぐらいなので、撮るのは好きなんです。文章も、時々長いって言われるんだけど、全部自分で書いています」</p>





<p style=" color:#c9c8cd; font-family:Arial,sans-serif; font-size:14px; line-height:17px; margin-bottom:0; margin-top:8px; overflow:hidden; padding:8px 0 7px; text-align:center; text-overflow:ellipsis; white-space:nowrap;">Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 &#8211; 2018年 2月月25日午後11時45分PST</p>


<p> </p>
<p></p><p>よく寝て、よく食べて…</p>
<p>──糸井重里さんが「尊い好奇心」と称していましたが、徹子さんのその飽くなき好奇心は、鍛えてなんとかなるものではないですね。</p>
<p>「そうね。でも、よく寝て、休息をしっかり取っていること、そういうのが意外と重要なんじゃないかしら。若い頃は、明け方に寝てお昼まで寝ていたりしたけど、それだとたぶん細胞がくたびれちゃうなと思ったので、今はなるたけ11時半ぐらいには寝るようにしています。12時から深夜2時までは寝ていると何かいいというのでね。そのほうがいいかなと」</p>
<p>──成長ホルモンが出ると言われている時間帯ですね。肌がとってもおキレイなのは、睡眠のおかげですか？それとも日々のお手入れ？</p>
<p>「何にもしてないのよ。エステとかには、一度も行ったことがないです」</p>
<p>──美肌の方に限って、必ず「何もしてない」とおっしゃいます（笑）。</p>
<p>「でも、夜寝るときにはどんなときにもちゃんとメイクは落として、クリームぐらいつけて、時にはマッサージして寝ますよ。お化粧したまま寝るなんてことは絶対ないですよね。そういうのがいちばん怖いですもんね、肌の中へ入っちゃうから。それは悪いだろうと思って。あとは、ある程度栄養のあるものをちゃんと食べています。80いくつでこのぐらいなら大丈夫だって、みんなが思ってくださればいいじゃない？」</p>
<p></p><p>人を惹きつける自分でいたい</p>
<p>──食べることはお好きなようで、今でも食欲は旺盛だと伺っています。以前は、小さい餃子を50個食べたとか、三笠山のどら焼きを5個連続で食べていらしたようですが…。</p>
<p>「さすがに三笠山5個連続はいくらなんでもダメですね。でも3つ…2つぐらいなら軽くいけちゃうわね」</p>





<p style=" color:#c9c8cd; font-family:Arial,sans-serif; font-size:14px; line-height:17px; margin-bottom:0; margin-top:8px; overflow:hidden; padding:8px 0 7px; text-align:center; text-overflow:ellipsis; white-space:nowrap;">Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 &#8211; 2017年10月月16日午後5時13分PDT</p>


<p> </p>
<p>──すごいですね（笑）。食べること、寝ること以外に……スクワットは今もまだ継続していますか？</p>
<p>「毎日50回ぐらいやっています。日々の積み重ねですよね。もう良くなりましたけど、この前、足をちょっとケガしたので余計に気をつけています。人とぶつかって転んだりすると嫌なので……って、そんなこと若い頃はまったく気にしていなかったことなので、ぶつかって転ぶとか自分でもちょっと驚いちゃいますよね」</p>
<p></p><p>──過去を振り返って印象的だったことは何ですか？</p>
<p>「30代の終わりにニューヨークで暮らしたことですね。有名なアーティストとか俳優に呼ばれて、その家のパーティに行ったり、食事をしたり。チャップリンと握手したり、アンディ・ウォーホルと知り合ったり。いい時代に行きましたよね。振り袖なんか着ていると、みんなが褒めてくれる時代でしたから」</p>
<p><br />
ニューヨーク留学時代。</p>
<p>──知り合えることがすごいです。</p>
<p>「でもそれはね、知り合いになったアーティストがみんなから尊敬されていたり、著名な人と仲が良かったりしたら、一緒にいる時にどんどん紹介されるんですよ」</p>
<p>──でも自分自身に魅力がないと、人は集まって来ないですよね。</p>
<p>「そうね。人が面白いと思うような自分でいないとね。なるたけなら、人が集まってくるような自分だといいですよね。そんなふうに生きていきましょうね」</p>
<p></p><p>──はい！（笑）今振り返って、この仕事を選んだことで、失ったことはありますか？</p>
<p>「失ったもの……結婚かしらね。この仕事をしていなかったら、たぶん結婚していたと思います。たぶんね。幸せだったかどうかわかりませんけど、結婚して、子どもを産んだりなんかして、今頃は孫のいるおばあさんになっていたと思いますよ」</p>
<p>──今では芸能人の女性も結婚して、子どもを産んで、復帰して、離婚して、再婚して…という時代ですが、昔は本当に結婚かキャリアかという選択肢しかありませんでしたよね。</p>
<p>「そうですね。今のような自由さはとても考えられなかったですよね。でも、若い方たちが、私のようにしていても仕事をやっていけるんだというふうに思ってくださったとしたら、それはよかったなと思います」</p>
<p></p><p>──ここまで話を伺ってきましたが、徹子さんの生き方はとてもじゃないけど、他人がまねできるものではないとわかりました（笑）。どこをまねしていいかわからないぐらい、本質的なところが違うのだと思います」</p>
<p>「私が誰かのことを見て、あんなふうにはなれないなって思うのと、同じことなんだと思いますよ（笑）。</p>
<p>──神様がプレゼントをあげると言ったら、今、何が欲しいですか？</p>
<p>「そうね、何がいいかな。それこそロッキーなんかに会えるものならちょっと会ってみたいわね。どのぐらいかわいかったんだろうと思ってね。ちっちゃい頃は、かわいいと思っていたけど、本当にそのくらいかわいかったのか知りたいと思う」</p>
<p></p><p>──てっきり、テレビが華やかだった時代に戻りたいかと。</p>
<p>「もう一回あれをやるのはね、もういいです（笑）。でも……渥美清さんとか森繁久彌さんとかとみんなで前進していった、あの時代に戻ってみたいような気もしないではないですね。ちょっと面白かったもの」</p>
<p>──徹子さんと共に始まった「テレビ」に今、変革期が訪れています。</p>
<p>「そうね。100歳になったら、どんな未来になっているのかな。そんな風に考えることもありますよね]</p>





<p style=" color:#c9c8cd; font-family:Arial,sans-serif; font-size:14px; line-height:17px; margin-bottom:0; margin-top:8px; overflow:hidden; padding:8px 0 7px; text-align:center; text-overflow:ellipsis; white-space:nowrap;">Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 &#8211; 2017年 9月月14日午前1時30分PDT</p>


<p> </p>
<p>──では、当面の目標は『徹子の部屋』50周年ですね。</p>
<p>「まあね、そこまでやってみましょう。あと7年だと、私も90歳ぐらいにはなるでしょ。91歳？　そのくらいになってもまだテレビに出られて、同じように質問して、司会をやれていたら面白いなと思いますね」</p>
<p></p>
<p class="text" style="margin: 0 0 20px 0;text-align: center;font-weight: bold;font-size: 120%;display:block;">インタビュー前編も読む</p>
<p></p>
<p></p><p>The post 黒柳徹子、好奇心の源はよく食べて、よく寝ること!?（後編） first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
        </description>
                            <ldnfeed:image>
                                <ldnfeed:image_link>https://numero.jp/wp-content/uploads/2018/05/3c62caccb0aa74cefd5dc668d65792e2.jpg</ldnfeed:image_link>
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        <title>永遠のポップアイコン 黒柳徹子の生き方（前編）</title>
        <link>https://numero.jp/interview91/</link>
        <pubDate>Fri, 04 May 2018 01:00:12 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
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		<category><![CDATA[Tetsuko Kuroyanagi / 黒柳徹子]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p><br />
ジャケット¥290,000 スカート ¥111,000 シューズ¥35,000／ すべてComme des Garçons（コム デ ギャルソン 03-3486-7611）ネックレス ピアス／共に本人私物</p>
<p>誰に出会うかで人生は変わるの</p>
<p>──『徹子の部屋』も今年で43年目を迎え、その功績はギネスにも登録済み。インタビューした人数は1万人を超えています。今日は幅広い年齢層に愛される徹子さんの魅力をぜひ伺いたいと思います。</p>
<p>「愛されているかどうか、ちょっとわからないけど（笑）。でも20歳からずっとやってきたので、もう64年になるんですよね」</p>
<p>──アンドロイドの「totto」ちゃんまで登場して、まさに日本のポップアイコンです。</p>
<p>「そうおっしゃっていただけるのはすごいなと思います。さっきもね、スタッフに『ポップアイコンだなんていわれてますよ』と言われて。『私はラッキーだわ』って言ってたの」</p>
<p>──この仕事に就いていなかったら…と考えたことはありますか？</p>
<p>「そうねぇ…。でも、どんな仕事でもやってきただろうと思います。きちっとした仕事はもしかしたらできないかもしれないけど、でも、それなりに（笑）。学生のときだってちゃんとやっていたわけだから。でも、この仕事でよかったとは思います」</p>
<p><br />
1953年 テレビ女優第一号としてNHKに入社。入社後、エキストラ役を演じるにも個性が発揮されてしまい、降板させられることが続いた。</p>
</p><p></p><p>──疎開先でのリンゴの袋貼り。飽きずにやっていたんですよね。</p>
<p>「そうそう。袋貼りなんて普通、子どもはすぐに飽きちゃうけど、私は飽きずにずっとやっていました。ただ、どうしたら楽しいだろうか？という風には、あまり考えたことないような気がしますね。自然にやっていたら長く続いていたのであって」</p>
<p>──徹子さんの想像力とか創造性は見習おうと思っても無理ですね（笑）。環境に恵まれていたのでしょうか。</p>
<p>「そうね。人間は誰と、どういう人たちと出会うかでずいぶん人生が変わってくると思うの。私の親もよかったですけれど、トットちゃんの学校、トモエ学園の小林校長先生をはじめ、先生たちがよかったと言える。戦争もあったけど、そこでも出会いがあってね。出会った大人が、私はラッキーだったと思います」</p>
<p>──空襲も経験されたんですよね。</p>
<p>「ええ。東京大空襲のとき、東京にいましたから。空襲で向こうの空が焼けて、当時大田区にあった家の庭で本が読めるくらい明るくなった。私びっくりして、近くの大岡山が焼けているのかもしれないと言ったら、母が、夜の火事は近くに見えるからこれは目黒に違いないと言ったんですよ。実際はずっと下町のほうだったんですけどね。東京から出たほうがいいということで疎開。青森の知らない人の家に行って暮らしました」</p>
<p></p><p>──知らない人の家（笑）？</p>
<p>「夏休みに北海道に遊びに行った帰りに、青森から乗った汽車の中で出会ったおじさんがいたんです。窓から見える景色を見て『あれはなんの木？あれは？』と母に聞いていたら、おじさんが『あれはリンゴの木』とか答えてくれて。『お嬢ちゃん、リンゴ好き？』って言うから『大好き！』って言ったら、『じゃあ、送ってやるべ』って、おリンゴを送ってくださったんです。東京にはもうそんなものがないときでしたから、嬉しくてね。うちは疎開する先がなかったので、最終的にそのおじさんのところで生活が始まりました」</p>
<p>──それも徹子さんが引き寄せたことなのですね。</p>
<p>「本当にそうですね。そのあと青森からも出たほうがいいと思ったんです。駅にいたとき、なんだか知らないけど出るって私が大騒ぎしてね。その晩、青森の空襲があって、駅から焼けていったと知りました。1日遅かったら、今はもう生きていないと思います。なんで離れたいと思ったのかわからないけど、ゆえなき…ゆえなきでもないのよね。ゆえがあったから、ラッキーだったんでしょうね」</p>
<p>──戦争体験を乗り越えた世代の方々の「有名になったって、明日になれば消えてしまうかもしれない」という、刹那的ともいえる覚悟をどこかで読んで、圧倒されました。</p>
<p>「もう亡くなっちゃったけど、池内淳子さんや渥美清さん、皆さん有名になったけど、名声はうたかたのものであるというね。有名になったからって、大したもんだと思ったり、そんなことは全然なかったですね」</p>
<p></p><p>──60年以上のキャリアがあると、若い世代のそんな勘違いとかも見てきたのではないですか？</p>
<p>「まあね。でも、自分も含めてですけど、謙虚にしている人は長続きするのね。有名になって、自分は大したもんだとやってもいいけど、芸能界にはあまり長くいないわね。謙虚だったり、自分らしくいる人が長続きしているように思います。私たちの仕事は人から愛されてこそですから」</p>
<p>嫌なことも食べると消えちゃう！</p>
<p><br />
1976-89年『ザ・ベストテン』（TBS）の司会を務める。最高視聴率41.9%を記録した伝説の歌番組。写真提供：TBS『ザ・ベストテン』</p>
<p></p><p>──これまでの仕事の中で、けんかや揉め事が一度もないと聞きました。</p>
<p>「そうね。芸能界に入って一度もけんかをしたことないって、珍しいかもしれませんよね。もちろん、どうしても言わなきゃならないときは、『そういうのはできません』とか『やらないほうがいいと思います』とかは言ってきたと思います。ただ、相手を否定するようなことはまず言わない。今、思い出したけど、生放送で私がせりふを言っているときに、なんだかんだ言ってきた人もいましたよ。でも、生放送という難関をどう乗り切るかのほうが大事だったので、誰かがぐちゃぐちゃ言うことにいちいち構ったりしませんでした。それに、人に噛みつくみたいなことを言って『ああ、せいせいした』とか『言ってやった』とか、人生で思ったことがないの。自分が楽しくいられれば、それでいいじゃないという感じなので、たとえ変な人がいても、この人は変な人だなと思って、なるたけ離れていようと思っていました」</p>
<p></p><p>──生放送で絡んでくるなんて、タチが悪いですね。</p>
<p>「そうね。でも、何か言い返して自分が嫌な思いをするよりも、言わないほうがいい。けんかしたりするのが好きじゃないっていうこともありますよね。そもそも、うちの母という人が人と揉めない人でしたから」</p>
<p>──親子げんかもなかった？</p>
<p>「一回もしたことないです。親とけんかするとみんな『クソババア』とか言うっていうじゃない？　親に対して『うるさい』なんて一度も言ったことないですよ、私。うちの母はそもそも私が嫌だなと思うようなことをしたり、言ったり、人に押し付けることもしなかったの」</p>
<p><br />
1971年 単身、ニューヨークに演劇留学。母・朝さんが持たせてくれた振り袖を着て毎晩のように招かれるパーティに参加していた。</p>
<p></p><p>──エッセイも執筆されていた素敵なお母さまでしたよね。</p>
<p>「ええ。おかしかったのはね、原因は忘れましたけど嫌なことでもあったんでしょう。私、家に帰って母にこぼしながらワーワー泣いていたの。ふと気づくと、机の上にお煎餅があったので食べていると、しばらくして母が『ちょっと聞いていいかしら』って。『あなたさ、さっきすごく泣いていたけど、今すごい音立ててお煎餅食べているじゃない？　あなたの頭の中にはさっきの泣いたことがちょっとは残っているの？　それとも残ってないの？』。考えてみたら何も残っていなかったの。『お煎餅がおいしいなぐらいしかないと思う』と答えたら、『そうでしょうね。じゃなきゃそんなに音立ててお煎餅食べられないもんね』って。そういうことを娘に聞いてみたいと思う母も、相当面白いと思いますよね（笑）」</p>
<p>──食べると消化されるんですね。</p>
<p>「ラッキーな性格だなと思います。いつまでも泣いて、人のことを恨んだりしないんです。ごはんを食べたら忘れちゃうみたいな感じよね」</p>
<p>ロボット犬に命が宿った!?</p>
<p>──徹子さんといえば、動物と意思の疎通が図れることで有名です。</p>
<p>「動物との会話は、ものすごくうまくいきます。昨日は私も驚きました。千昌夫さんって鳥をいっぱい飼っているんですけど、スタジオに烏骨鶏を連れてきたんです。その烏骨鶏がまた猫みたいに毛がフサフサしていて、30～40分間、私の膝の上でおとなしく座っていたの。バサバサなんて全然やらなくてね。撫でていたら、もう毛がね、猫の毛みたいにやわらかくて。そのうちふと『これ鳥よね？猫じゃないわよね？』って言ったら、千さんが『鳥です、鳥です』って。鳥ってうるさいのかと思ったら、全然。こんなにかわいいなら、飼ってもいいかもしれないと思いました」</p>
<p>──それはなんなんでしょう。ハートでしゃべっているから、とか？</p>
<p>「なんでしょうね。以前、『世界ふしぎ発見！』にイノシシが来たんです。初めて見たけど汚らしい色でね。臭いし、ガリガリやってうるさいし。連れてきたおじさんに名前を聞いたら、『そんなもんに名前つけてどうする』とか言うから『あら、かわいそう。あなたお名前もないんですってね』って言ったら、ガリガリをやめちゃって、私のほう向いておとなしくしちゃっているの。へえ。やっぱり優しい声で話しかけると、動物はわかるんだなと思ってね」</p>
<p></p><p>──ミラクルですね（笑）。</p>
<p>「私と一緒にいておとなしくなったり、面白いことする動物はずいぶんいますけど、きっとその動物が“感じがいい”と思う声で話しているんだと思いますよ。決して上から目線でものを言ったりしないとかね。だいたい人間って、動物にいちいち命令調で言っちゃったりするでしょう？」</p>
<p>──そうですね。初めて動物と通じ合ったという体験はいつですか？</p>
<p>「家で飼っていたシェパードのロッキーでしょうね。ロッキーとは本当に仲良しで、学校の通信簿をもらってくると最初に見せていました」</p>
<p>──確か、小学校にも一緒に行っていたんでしたよね。（注：放し飼いが主流だった昭和初期の話です）</p>
<p>「最初の学校は駅の近くだったのね。一緒に通っていたけど、その学校は退学になっちゃったもんだから（笑）。自由が丘のトットちゃんの学校は電車通学だったので、駅のところまで来て、あなたはもう来られないのよって言うと、犬は帰って行きました。かわいかったですよ。でも、ある日ロッキーは私が出かけている間にいなくなってしまったんです。母に『どこに行ったの？』と聞いたら、『いないのよ』って。私に何も言わずにいなくなるなんてあり得ないと思ったの。でも、この間、ドラマの『トットちゃん！』を観ていたら、母の本に書いてあったんでしょうね。戦時中、シェパードは軍隊に連れて行かれたって。想像もしていなかったからびっくりしちゃって。何十年もたっているのにウワーって泣いちゃった。またドラマのシェパードが大きさもロッキーにそっくりで…。すごいショックでしたね」</p>
<p></p><p>──それは聞いた私もショックです。初期AIBOのグレーちゃんはまだおうちにいるんですか？</p>
<p>「ええ。ちょっとしまっていたんですけど、この間久しぶりに出しました。今、充電器の上に乗っていますけど、すごくかわいいですよ。私のAIBOは、私が育てたからもあるでしょうけど、普通はリモコンで3とか4とか番号を押すと、耳の後ろを掻くとか、行動が決まっているの。ロボットだからね。番号を押すたびに何回でもやるのが普通なのに、あの子は2回ぐらいやると、次に同じ番号を押しても全く違う体操みたいのを始める。だから、ソニーに持って行って説明したんです。そしたら、『ロボットなんだから勝手にやるなんてあり得ません。黒柳さんの愛情が強いとそうなるのかもしれないけど、私たちにはわかりません』って」</p>



 

<p style="color: #c9c8cd; font-family: Arial,sans-serif; font-size: 14px; line-height: 17px; margin-bottom: 0; margin-top: 8px; overflow: hidden; padding: 8px 0 7px; text-align: center; text-overflow: ellipsis; white-space: nowrap;">Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 &#8211; 2018年 3月月10日午前2時45分PST</p>


<p></p>
<p>──なんと非科学的な答え（笑）。</p>
<p>「科学の世界なのにね。神様がいるのかしらっておっしゃってました（笑）」</p>
<p>──猫AIBOがあったら、年配の方たちが飼育できて癒されますね。</p>
<p>「そうね。でも、毛が生えていないから、（目の前にあるポットを触って）触ってもこういうのと同じなのよね」</p>
<p>──あ、ニワトリとは違うんですね。</p>
<p>「そうそう（笑）。烏骨鶏は猫みたいにふわふわしているのよ」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="text" style="margin: 0 0 20px 0; text-align: center; font-weight: bold; font-size: 120%; display: block;">インタビュー後編も読む</p>
<p>&nbsp;</p>
<p></p><p>&nbsp;<br />




黒柳徹子、好奇心の源はよく食べて、よく寝ること!?（後編） 
Interview / 06 05 2018



</p>
<p></p><p>The post 永遠のポップアイコン 黒柳徹子の生き方（前編） first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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