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    <title>Numero TOKYOinterview | Numero TOKYO</title>
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    <description>クリエイションが詰まったインターナショナル・モード誌『Numero TOKYO』のWEBサイト</description>
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        <title>ガラス作家 今田莉野生インタビュー「ガラスを通して思考する」</title>
        <link>https://numero.jp/20260418-rinoiimada/</link>
        <pubDate>Fri, 17 Apr 2026 09:00:51 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
		<category><![CDATA[Rinoi Imada / 今田莉野生]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>新進気鋭のガラス造形作家、今田莉野生。言語に基づくアイデンティティや感情の刹那を掬い上げることを主題に、ガラスを媒介に思考を視覚化する多角的な制作を行う。アメリカでガラスと向き合いながらアートを学び、現在は金沢を拠点に活動する彼女のクリエイションに込められた思考に迫る。</p>
ガラスとの出会いと、手で考えるという感覚
<p class="picture"></p>
<p>──ガラス制作に興味を持ち始めたきっかけは？</p>
<p>「ガラスを作り始めたのが中学二年生の頃です。もともと私は中高と女子美術大学付属の学校に通っていたこともあり、ファインアートが身近にありましでした。でも絵を描くのは下手で、それよりは自分で手を動かして立体を制作するのが好きだということに気づき始めて。将来的に自分が何したいのかなって思った時に、昔、埼玉の川越にあったガラス工房での体験がふと頭をよぎって、ガラスって面白そうだなと改めて思うようになりました」</p>
<p>──そのときのガラス体験で感じたことは？</p>
<p>「吹きガラスを体験できる工房で、体験という割にはきちんとガチでやらせてくれるところでした。私はもともとせっかちなので、熱くて直接触れないし、しかもすぐに形が出来上がるというガラスの性質をすごくいいなって思ったんです。自分が息を吹き込むと目の前でどんどん刻一刻と変化していくという素材に魅力を感じて、自宅から2時間くらいかかるのですが、しばらく通っていました。その後、もっと有名なガラス工房が自宅の近くにあると教えてもらい、そちらに移り、中学、高校の間は、週1、2回のペースで通っていました」</p>


	


<p>現在の今田莉野生の代表的なシリーズ『Between』</p>
<p>──そう考えると、かなり歴は長いですね。</p>
<p>「その間、自分がうまくなったかどうかは全然わかりませんが、とにかく楽しいからやっていました。小学生の頃から、工作や理科の実験の時間が好きだったので、よくよく考えると、ガラスって結構化学ですよね。そういうところからガラスに繋がっていったのかもしれません。でもガラスは手を動かすだけでなく、口で呼吸するし、全身使うような感覚です。難しいけど本当に楽しかったです。私は飽き性なので、粘土遊びや、ビーズ遊びもやりましたが、大抵いろんなことに手を出してはすぐに飽きてしまっていましたが、ガラスだけは、どんなにやっても、自分の未熟さを思い知らされ、今でもそうですが、ここが足りないから割れたとか、そういうふうに、ずっと何かを教えてくれる素材ではあります」</p>
技術の先にあるものを求めて、アメリカへ
<p class="picture"></p>
<p>──その後、ガラスをさらに学ぶにあたって、渡米されたのはどうしてでしょうか。</p>
<p>「自惚れとは違うのですが、このまま大学に進学してそこでガラスをやっても、大学1、2年で学ぶ技術的な部分は既に習得していたので、その場合、どこに行ったらいいんだろうと進路を調べていました。候補にあったのが、富山ガラス造形研究所か、海外へ留学するかという選択肢でした。</p>
<p>思い返せば、女子美で多分デザイン科を選択したほうが良かったんですけど、ファインアートを学んだこともあり、ガラスを工芸やプロダクトではなく、アート的に解釈するほうに進みたいということを考えるようになって。そのタイミングで私が通っていた彩グラススタジオの伊藤けんじ先生が主催で、海外の作家さんを何人か招き、ガラスフェスティバルのようなイベントが開催されました。その時に出会ったアメリカの作家のナンシー・カレンさんに、アメリカでガラスを学ぶことについて相談したところ、作家のキャサリン・グレイさんを紹介していただきました。</p>
<p>それで高校卒業後、一年間、英語を勉強して、キャサリン・グレイさんがいるカリフォルニア州立大学のサンバーナーディーノ校に入学しました」</p>
<p>──ナンシーさんやキャサリンさんの作品に、今田さんが目指す方向性のガラス表現を見出したということですか？</p>
<p>「そうですね。ガラスにこんな世界があるんだと衝撃を受けました。ガラスと言えば、大きくいうと、器や窓ガラスなどが大多数のイメージではありますが、特に吹きガラスだったら器が当たり前でした。それなのに、そのときのナンシーさんは巨大なコマを作ったりしていて、それを見ているうちに、こういうのをやってみたいと思うようになって。紹介していただいたキャサリンさんもいろんなものを作るんですけど、大学に通い始めて、先生を選んでよかったと実感しました。在学中は毎週末、キャサリンさんが吹きガラスをやってたので、お願いして、アシスタントさせてもらっていました」</p>
<p>──キャサリンさんの下で学んだことで、これまでの自分にとってどんな発見があったのでしょうか。</p>
<p>「今思うと、自由にやっていいということを教わったのも重要なんですけど、一番心に残っている言葉があって。当初私は、自分の中の定番として金魚を作るのにハマっていた時期があって、先生にある作家の名前をあげて、『その人みたいにうまくなりたいんです』ということを話したことがありました。すると、『変な目標とするロールモデルを決めてしまうと、その人以上の存在にはなれなくなってしまうから、自分の技術を縛るようなことを口にしてはいけない』というようなことを言われ、それが今でもずしんと響いています」</p>
</p><p></p>ガラスを“使う”から、“思考する”ためのものへ


	


<p>──金魚という具象的な作品から、今のようなコンセプチュアルな抽象的な作品にシフトしていったきっかけは？</p>
<p>「大学の時にはリアルな大物を作ったりとかしていましたが、それが変わったのはニューヨーク州ロチェスター工科大学の大学院に進んでからです。そこでの先生は概念やコンセプト、言葉を重視するというか、論文など本当に厳しくて。アカデミックで学術的なバックグラウンドをもった上で、作品で何を表現したいのかを自分の言葉で説明できるように、という方針でした」</p>
<p>──感覚的に学ぶというよりも、きちんとロジカルに言葉で説明していくことを求められる環境だったんですね。それによって、自分のものづくりもより明確になっていった、という感じでしょうか。</p>
<p>「それに加えて、ガラスの可能性を拡張するというか、今までそんな方法でガラスを使ったらダメだと思い込んでいた私の中に積み上げられてきた常識を叩き壊すような考え方でした。本当に壊れた状態のガラスが作品だとか、パフォーマンスアートとしてガラスを使って映像作品を作ったりとか、そういうのを見ているうちに、「こうじゃなきゃいけない」というものがだんだん崩れていった感じがあります」</p>
<p>大学院で制作した、水を加えると溶けてしまうガラスを使って制作した写真作品『@i_am____sick, 1.13.2021-3.11.2021』</p>
<p>──そこから、ガラスという素材へのアプローチはどう変わったのでしょうか。</p>
<p>「金魚など具象のものを作っていたときには、ガラスが自分のペルソナのような、仮面のような感じで、自分の弱い部分を動物の形に託して表現するという作風でした。それがペルソナとしてではなく、本当に自分の分身というか、ガラスに自分の思考の一部を取り込み、思考を視覚化する媒介として、ガラスを通して何か表現する、言葉の代わりのような存在というか。さらに、ガラスそのものを使っていなかったとしても、自分のアイデンティティや生い立ち、経験したことを、熱かったら柔らかく、冷たかったら固まるというガラスの性質に重ね合わせて考えてみよう、みたいな。そういう思考の方法を大学院で思い切り吸収して、今の制作スタイルに至っているという感じです」</p>
<p>──自分の中でどういう気づきが？</p>
<p>「ガラスはただの自分を代弁するものとしてだけではなくて、体と連動しているというか。頭の中で考えごとをするのに紙にメモをよく取るのですが、その行為のツールとしてガラスを使うこともできる、という感覚があって。だから本当に、自分の人生の一部として、物体である以前に、ガラスの性質を自分の中にインプットして、それをまた外に出す、みたいな考え方があったのかなと思います。</p>
<p>そこから、ガラスとアイデンティティを組み合わせて、英語と日本語の二つ言語を扱う中で、言葉が自分を変えていく様をガラスで表現するという内容を論文にまとめました。英語では一人称が『I』で固定されているのに対して、日本では私、僕、自分など、言葉のロールプレイングができるというところ、その変化だったりとか、年を重ねるごとに使う言葉も変わっていく。例えば、水を加えると溶けてしまうガラスを使うことで、そのガラスの性質を、人が年齢とともに失っていくものに重ねてみたりとか」</p>
<p></p>行き来するなかで見えてきた自分の場所
<p class="picture"></p>
<p>──卒業後、帰国して日本で制作することにしたのは？</p>
<p>「大学院修了後、一年ぐらいアメリカの照明の制作会社で働きました。ガラスを通して見た光や影の変化に面白さを感じて、照明を作るのに興味があったので制作部門に入ったんですけど、働くうちになんか違うなと思いはじめました。でも今につながる効率的に働く方法はそこで学びました。アメリカで自由な文化的なところと、効率的な動き方みたいなものを習得して、一年働いて、日本に帰国したのが2023年の冬です」</p>
<p>──アメリカでの会社勤めで感じた何か違うというのはどんなことだったのでしょう？</p>
<p>「今となったら納得できるんですけど、私の方が技術があっても、この先も長く勤めそうなアメリカ人の男性のほうがポジションが上だったりとか、そういう差別的なものを感じることもあったり。ビザのサポートも難しくなったりして、抑えていた気持ちの反動でもっと制作したいという思いが強くなっていきました。そこで、辞めた後、アメリカのノースカロライナ州のPenland School of Craft やベルギー・ロンメルの GlazenHuis 美術館のアーティストインレジデンシーに参加しました」</p>
<p>──アメリカ社会に揉まれたのですね。</p>
<p>「大学院を卒業してからノンストップで会社に入って、ひたすら頭を働かせながらやってたことに少し疲れてしまったので、休みを取るつもりでしばらく実家に戻って、以前お世話になったガラス工房でアルバイトをしていました。そのときに、ベルギーのアーティストインレジデンシーが決まって。帰国後は、イベントや展覧会などで海外の作家が来日した際や、海外の生徒向けに日本人の先生の通訳としてワークショップを手伝ったりしていました。そんなときに金沢卯辰山工芸工房の募集を知って、そのまま申込み、合格して今に至ります」</p>


	


<p>陶芸用の転写シートを用いガラスに言葉を貼り付けたのちさらに焼成する。</p>
<p>──そんな辛い思いをしてもガラスが嫌になることはなかったんですね。ベルギーはどうでしたか？</p>
<p>「ガラスが嫌になることは全然なかったです。それまでヨーロッパのガラス文化の背景に触れてこなかったので、ベルギーでの体験は新鮮でした。ヨーロッパはアーティストと作る人が明確に区別されているんです。私みたいにワンオペでやる人は割と珍しい。アーティストはコンセプトを考えて、それを形にするのは職人、というふうに切り離されていました。自分でやりたいことの作業まで全部考えてやっていたら、どれかが立ち行かなくなるんじゃないか、みたいなことを言われたりもしました。でも私にとっては全く逆で、作りながらガラスに記録していく感覚なので、1から10まで順序立ててやっていくことも含めて、思考の中に入っているので、自分で作品を作らなければ意味がないんです。その考え方は衝撃的でしたが、いい学びになりました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──今は金沢で制作されていますが、そのまま拠点を海外にという発想はなかったのでしょうか。</p>
<p>「旅行や滞在制作など、一定期間ということなら全然行きたいですけど、やっぱり制作の拠点として自分が根を張るのは、今後も多分日本になるのかなと思います。それまでが根なし草でいろんなところに行ってきたので、どこか帰ってこれる自分の居場所を心の中で望んでいる気がします。以前はアメリカにずっと住みたいと思っていたのですが、今は自分のルーツのあるところを拠点に、そこから自由にあちこち飛び回るのが自分のスタイルに合っているのかなと。場所自体はどこでもやっていきたいので、固定された場所というよりは、戻る巣が欲しいという感覚です。昨年から今年の年初に、長崎の五島でリサーチレジデンシーをしましたが、その土地土地でどんどん変化していく自分にとって、環境の変化は重要な要素なので、どこで作るかにルールはありません」</p>
<p></p>言葉や気持ちにガラスという形と重さを与える
<p>吹き出しを思わせるガラスのオブジェ『つぶやきのかたまり』シリーズ</p>
<p>──アメリカ、ベルギーでの体験を経て、今の作品はどんなコンセプトで制作されているのでしょうか。</p>
<p>「『つぶやきのかたまり』と『Between』を制作したのは、ベルギーでの滞在からです。自分の中にある、なんかモヤモヤしているけど忘れてしまうような言葉とか気持ちに、形と重さを与えてみたらどうなるんだろう、というところから始まっています。表現方法の一つとして吹き出しの形にしています。ランダムな言葉を閉じ込めることで、言葉が自分に与える影響とはどういったものか、ガラスを通して表現したいと考えたのが、『Between』という作品で、シンメトリーなガラスの筒に吹き出しを刺して、その歪みを表現しています」</p>
<p>──そもそもなぜ吹き出しの形に？</p>
<p>「言葉の形として頭の中にパッと浮かんできたのが、吹き出しでした。もともと漫画が好きだったのもあります。それに他者と言葉を共有するという面でも、吹き出しは共通のイメージになりうる、分かりやすいモチーフでもあるので。中に閉じ込めている言葉は、最初は手書きで文字を書いてたんですけど、卯辰山に来てからは、自分の伝えたいことを、作品を見ただけでももう少し伝わるようにしていくことを目標にしています。ですが、手書きだけだと視認性が悪かったので、転写シートという陶芸用のインクで印刷された文字を使って、歪んではいますが読もうと思えば読めるようにしました」</p>
<p>Numero CLOSETにて販売中の今田莉野生の作品。『つぶやきのかたまり』各￥33,000『Between』(Large)￥66,000</p>
<p>──そこで登場する言葉はどういう言葉なんですか。</p>
<p>「頭の中でずっと巡っている言葉だったり、繰り返し響いてくる言葉です。それを印刷して使ったり、並行して手書きでその時々に思う言葉をメモみたいにランダムに綴って、その瞬間に生まれた言葉を保存しています」</p>
<p>──ガラスの中の言葉は、歪んでるから読めるものもあれば、読めなかったりもするみたいな曖昧さがありますね。</p>
<p>「見えるところと見えないところ、その曖昧さにもずっと興味がありました。鏡文字になっていて、結局読めないとか、でもなんか読めそうとか。作品を見てくださる方がしっかり読もうとしてくださっているのを見て、この作品自体がコミュニケーションの一種だと感じています」</p>
<p class="btn_entry">
Numero CLOSETで今田莉野生の作品をみる</p>
<p></p><p>The post ガラス作家 今田莉野生インタビュー「ガラスを通して思考する」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>ガラス作家 寺澤季恵インタビュー「ガラスと身体のつながりで生命の形を模索する」</title>
        <link>https://numero.jp/20260407-kieterasawa/</link>
        <pubDate>Tue, 07 Apr 2026 03:00:35 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
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		<category><![CDATA[Kie Terasawa / 寺澤季恵]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
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		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>泡のようなガラスが呼吸しながら増殖していく。「生命」をテーマに据える、ガラス彫刻作家、寺澤季恵の作品は、艶のあるガラスと錆の浮いた金属という異素材の調和が、忘れがたい存在感と美しさを漂わす。ガラスという素材でどのように作品へと昇華させていくのか。石川県金沢市のアトリエにて、濃密なコンセプトや素材選びの意外な動機を聞いた。</p>
<p class="picture"></p>
思考の中でテーマを掴む
<p>──心臓をモチーフとした代表作『Heart Beat』シリーズの着想源は？</p>
<p>「呼気で膨らむガラスの動きが自分の心臓、身体とつながっているように感じたことがインスピレーションになっています。そこから徐々に朽ちていく、腐りかけた果実の様子に重ね、生命には終わりがあることを表現しています」</p>

	

<p>──一見、ブドウのようですが、よく見ると生々しさを感じます。純粋な美しさとグロテスク（奇妙な美しさ）が紙一重のような印象を受けました。</p>
<p>「粒や網目といった細かい集合体が多いので、人によっては苦手とされるように思います。血管や心臓といった生々しいものを題材にし、捉え方によってはグロテスクかもしれないし、死や腐敗はマイナスのイメージですが、ガラスという素材自体の美しさによって、そういった題材からも美を見出せるのではないかと考えました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──1月に東京・Art+Craft Gallery蚕室で開催された個展では、白い作品も発表されていました。何を象徴しているのでしょうか。</p>
<p>「白い心臓の中には赤い核があります。赤い心臓が心臓そのものだとすれば、白い心臓は魂や精神といったものを象徴しています。吹いて膨らませるという行為を繰り返す中で、日常の繰り返しとリンクして、祈りのようなものを感じるようになりました。さらに発展させていくつもりですが、精神のように、形のないものの形を模索していきたいと思っています」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──炎のようにも見える作品のタイトルは「果実」ですが、どんなイメージですか、。</p>
<p>「実在していない空想の果実です。吹きガラスで面白い表現が見つかったと思ってつくりました。この作品を購入いただいた方の一人が、『仏壇に飾る』とおっしゃっていました。生の花だといつか枯れてしまうので、枯れない花ということで置いていただいたのです。その方は、『果実』のモチーフが生命であることはご存じなかったと思うのですが、良い意味で作品が一人歩きすることもあるのだなと感じています」</p>
</p><p></p>ガラスの身体性に惹かれて


	

<p>──どうやってこの表現に行き着いたのでしょう。</p>
<p>「多摩美術大学を卒業した後、ガラスを突き詰めたいという気持ちから富山ガラス造形研究所に入り、そこでコンセプトを固めることに時間を使うようになりました。『自己の存在理由』といった哲学的な命題を追い求めるようになり、そんな思考の中で『生命』というテーマが生まれたのだと思います。心臓の作品を構成しているような赤い泡は、ガラスを始めた時から作っていましたが、作品が本格的に変わったのは、金工ワークショップに参加したのをきっかけに金属を使いはじめた頃です。金属はガラスよりも素直だなと感じ、その違いに魅力を感じました」</p>
<p>──作品の中で金属の役割は？</p>
<p>「もともと廃墟が好きで、剥き出しの配管や錆びた鉄パイプなどの朽ちているイメージをカッコいいと思っていました。それに身体の血液の中には鉄分があり、地中にも水道管などが血管のように埋まっているなど、金属がどこかしら生命のイメージと結びついていることに気づいたのです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──元々、もの作りには興味があったのでしょうか。</p>
<p>「高校ではデザイン科でしたが、デザインはやっぱりプロダクトなので、作品がどこかの時点で自分の手から離れてしまう。作るなら全て自分で完結させられるものがいいなと思ったこともあり、伝統工芸に興味を持つようになりました。最初は漆がやりたかったのですが、大学の工芸学科で学ぶうちに、ガラスの身体性に惹かれるようになったんです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──寺澤さんの考えるガラスの身体性とは？</p>
<p>「息で膨らむ吹きガラスなど、作り手の動きに反応する点で、ガラスには身体性があるように感じました。私は昔から柔道や競技一輪車など、スポーツや身体表現をしてきたので、身体の動きに反応して瞬発的なアプローチができるガラスが合っているのだと感じました。漆に比べてスピード感があるのも良かったんでしょうね」</p>
<p>──面白いですね。ご自分の中で伝統工芸とガラスは結びつきましたか。</p>
<p>「そこは結びつかなかったですね。多摩美に入学してガラスを専攻してからは、伝統工芸よりもコンテンポラリーアートの方が自由に創作できるな、と思うようになりました」</p>
<p></p>ガラスの「不自由さ」という魅力


	

<p>──多摩美を卒業後、富山ガラス造形研究所へ入所し、その後、卯辰山工芸工房に入られましたが、どういった学びがありましたか。</p>
<p>「ガラスを扱っていると、ガラスがきれいだということを見失いがちだと気づきました。技巧にばかり目がいったり、ガラスらしくないものをつくる中で、ついガラスの美しさを忘れてしまうのです。工房でいろいろなことに挑戦する中で、ガラスをやりたい気持ちが更に大きくなりました。他の工芸を学ぶ中で、ガラスの性質は自分のつくりたいものを実現させてくれることを実感したのです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──ガラスで制作する上での気づきはありましたか。</p>
<p>「加工する時のガラスは熱くて、陶芸の粘土や木彫の木材などとは違って触れません。コントロールの効かない部分がありますし、熱を帯びている時は、まるで別の生命体のように見えます。ただ私は、コントロールできない部分に惹かれています。私にとっては不自由な素材の方が作りやすく、ままならないガラスの声を聞き、ガラスが『なりたがっている』形と対話するのが楽しい。今の作風に近づいたのは、そのことに気づいてからだと思います。これからもガラスの有限性の中で可能性を追求したいと思います」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──ガラスと対話できるようになったのですね。</p>
<p>「はい。もともと絵を描くなど、手を動かすことが好きだったので、ガラスの技術を教わりながら手を動かしていくことで、素材と対話して共鳴できるようになったのだと思います」</p>
<p>──設計図やラフなどを描いて制作していくのでしょうか。</p>
<p>「一応描くのですが、想定通りになることはないですね。例えばオブジェなどは、ガラスのパーツを生け花のように組み合わせてつくります。バランスを意識してはいますが、それよりも感覚を重視していて狙ってつくるわけではなく、偶発性に任せて創作しています」</p>


	


<p>Numero CLOSETにて販売中の寺澤季恵の作品。左上から時計回り：ガラス彫刻オブジェ「Heart Beat」￥70,000 ガラス彫刻オブジェ「いちご」各¥22,000 足付きグラス￥20,000〜22,000 ぐい呑みグラス￥14,300</p>
<p>──寺澤さんが作る器は独特の造形です。オブジェを制作するのとどう意識は違いますか。</p>
<p>「器はプロダクトデザインですし、使う人のことが頭に浮かびます。もともと吹きガラスは器のために生まれたのだと思いますし、器をつくるのは好きでなので、グラスも使える彫刻という感覚でつくっています。でも一方では、器でも『何かしたい』という気持ちがあるので、個性のある作品を制作していきたいですね」</p>
<p>玄趣庵-レントゲンヴェルケにて開催された寺澤季恵個展の展示。</p>
<p>──これからどんな作品を作り、どんなことに挑戦したいですか。</p>
<p>「いろいろあるのですが、西洋美術において生の儚さの寓意であるヴァニタス画（16〜17世紀の髑髏、朽ちる花などをモチーフにした静物画）からインスパイアされた新作なども考えています。最近は小さいものをつくっていたので、大きめサイズのものを作りたいですね。1月に東京都調布市の深大寺北町にある数寄屋造りの玄趣庵に展示していたのですが、自分の作品が和室の空間の力に負けておらず、ホワイトキューブでない場所にあっても大丈夫なんだと実感しました。今後は空間と対話した作品もつくってみたいと思っています。でも『生命』をテーマにして作品をつくることには変わらないでしょうね」</p>
<p class="btn_entry">
Numero CLOSETで寺澤季恵の作品をみる</p>
<p></p><p>The post ガラス作家 寺澤季恵インタビュー「ガラスと身体のつながりで生命の形を模索する」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>アーティスト 薄久保香インタビュー「アートの魅力は、意味ではなく“余白”に宿る」</title>
        <link>https://numero.jp/20260406-kaoru-usukubo/</link>
        <pubDate>Mon, 06 Apr 2026 03:00:23 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
		<category><![CDATA[Kaoru Usukubo / 薄久保香]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>モチーフを構成し写真に撮影し、プリントやコラージュを通し、それを参照しながらキャンバスに描く。多層的なプロセスによって、相反する概念や曖昧な領域を共存させ、「世界は二項ではなく、その間に存在する」という視点を探究し続ける現代アーティスト・薄久保香。京都のアトリエを拠点にする彼女の制作背景と思想に迫った。</p>
<p class="picture"></p>
現代のリアリティの階層を投げかける
<p>──制作はどのように始まるのでしょうか。</p>
<p>「私の場合、モチーフを構成して写真に撮る作業が、いわゆる紙にペンや筆で描くようなドローイングに近い作業なんです。写真やモチーフを切り取り、スクラップブックのように再構成する作業から始まります。自身で撮影した画像、他者から託されたもの、デジタル素材など、出自の異なるイメージが混在しています。構成するモチーフは、それぞれに大きく関係があるのではなく、目に見えるほどではない微妙なずれと違和感があるものです。それらは、わずかな違和や余白を孕んだまま、再び別の像へと変化していく。その曖昧さが、私にとっては重要な視点です。</p>
<p class="picture"></p>
<p>また、写真のような過去を呼び戻す行為は、同時に未来を書き換えているのかもしれません。つまり時間は、時計の針のような直線ではなく、層状で、ねじれながら進んでいる。ひとつのモチーフは断片のように、単独で完結せず、別の像とつながる瞬間に、まったく異なる意味が生まれると感じます。『Third Path』は、そんなテーマでつくった作品で、過去のスクラップブックの面に新しい写真を乗せて撮影し、描いた作品です。新しいモチーフが追加されるたび、過去の解釈が変わっていく。つまり作品は完成に向かうのではなく、更新され続けている状態なんです。だからスクラップブックは時系列もバラバラで、最近は過去に貼ったものの上に新たに貼ったりしています」</p>
<p>──描かれるモチーフひとつひとつは、薄久保さんの中では何か関連づけられているのでしょうか。</p>
<p>「ロジカルに意味を見つけている場合もありますが、直感や導きを大切にしています。たとえばこれは知人の大事な指輪を撮影させてもらった写真なのですが、この場所に置くのはダメ、というルールもありません。関係性を注意深く見ながら、新しい可能性が生まれそうなものを探すような感じです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──他者のものをモチーフにすることも、偶然性を誘発する装置の一つなのでしょうか。そうしたことに着目された作品について教えてください。</p>
<p>「『東京ビエンナーレ2023』の際、東京・丸の内で働く女性たちにインタビューしてつくったシリーズ作品『She is　”Your Alter Ego Found Right Next to You』では、インタビューさせて頂いた方々が長年愛用しているものや、大事にしているものをお借りして構成し、制作しました。普段裁縫で使われている指抜きを貸してくださる方、留学の際に決意表明として買った指輪を貸してくださる方がいて、どちらも指にまつわるものなので、自然とこのふたつのモチーフが交わりました。主題を考えている時には見つからなかった関係性を、モチーフを照らし合わせることで見出せるのが面白い点でした。そういえば、インタビューの途中で印象的な場面にも遭遇しました。ある方が、前世の記憶について話してくれたんです。それは、一対一の静かな時間だったからこそ、言葉にできたのかもしれません。その瞬間、人と人の関係性もまた、断片が重なり新しい像をつくるコラージュのようだと感じました」</p>

	

<p>──そういったさまざまな話から、薄久保さんが感じたものを掬い上げ、作品にしていくのですね。</p>
<p>「二次創作的とも言えると思います。物語があるようで、しかし明示されているわけではない。その曖昧さが、作品にもう一つの層を与えてくれます。この絵は最終的にプリントされ、有楽町の壁画になりました。そして今、私はその光景をスマホの画面でお見せしていますが、これは“新しい画中画”であると捉えています。つまり、絵の中に絵を描き、それをプリントし、壁に貼り、最後には誰かがそれを撮影してSNSにアップするまでを想定して制作しました。そして、そのプロセスそのものが、イメージを媒介し、形を変え続ける現代の視覚環境と重なると考えています。<br />
いま、こうして対面している状況はリアルだと認識できますが、SNS上で見たことも別のフェーズの現実と言えます。さらにAIによる生成が高度化するほど、リアリティの所在はますます曖昧になっている。この作品を通じて、どの段階にあなたの『現実』が存在するの？そんな対話が生まれたら良いなと思います」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──そうしたアプローチはどのように発想しましたか。</p>
<p>「一つの箱を開けるともう一つの箱が入っている入れ子箱ってありますよね。箱の中に具体的な『もの』が入っているのかと思って期待してあけてみるけど、また箱が無限に続いている。それをイメージで表現するのではなく、構造で表現したいと思っていたので、絵が写真に撮られて、SNSにアップされることまで想定して制作しました。『これは本物の絵なのか』『プリントなのか』など、勘違いや誤読が起きるのもいいなと」</p>
</p><p></p>意味の希薄なものを見る、描くことで時間を遅らせる
<p>《Pictorial Poem》（2024年 油彩／パネル 42x31.8cm）</p>

	

<p>左：《Esquis about Olga》（2024年 油彩／パネル 80.3&#215;80.3cm）右：《pictrial poem》撮影した写真は紙にプリントし、見ながら描くという薄久保さん。絵が完成する一方、プリントは古くなっていく。そうしてボロボロになった紙をオブジェに見立て、反比例した状況を描いた。</p>
<p>──構成していく中で、モチーフの色を意図的に変更することもありますか。</p>
<p>「この《pictrial poem》で描いたチューリップは、もともと白色でしたが、制作の途中で黄色へと変えました。色には、社会的・歴史的な象徴や意味が付随することがありますが、このときの選択は意図的なものではなく、より直感的な判断でした。しかし、後に鑑賞者との対話を通じて、色が時代や空気感に反応し、無意識のレベルで選択に影響を与えている可能性があることに気づかされました。それは、私の身体や感覚が、言語化される前の層で世界と呼応しているという感覚に近いものでした。</p>
<p>ただ、色やモチーフに明確な意図を与えたり、鑑賞者の解釈を限定したりするつもりはありません。抽象的なイメージから複数の解釈が立ち上がり、時に誤読が生まれ、意図とは異なる方向へ解釈が波及していく。その状態こそ、作品にとって開かれた、豊かなあり方だと感じています」</p>


	


<p>左：子どもの頃に描いたという絵。右：アトリエの机に置かれた紙コップと足指セパレーターも作品のモチーフへと変換される。</p>
<p>──普段から意識してモチーフとなりそうなものを見ているのでしょうか。</p>
<p>「意識というレベルではないところで見ているんでしょうね。画家は、『視る仕事』だと思っているから。美しい、かわいいものには、誰でも目がいくし、見ようとする。でも私は、ものすごく立派なものや、価値のあるものじゃないものを作品にしようとしているので、つまらなさそうなところにこそ何かあるんじゃないかな、という目では視ていると思います。何もなさそうなところに楽しみを見つける感覚みたいに」</p>
<p>──ものの見方に薄久保さんならではの視点が垣間見え、面白いです。</p>
<p>「今、アーティストだけでなく起業家や、様々な職業の方がアートリテラシーを学んで、それをどう社会に還元できるのかについて話されていますよね。ものの見方を変えていくことで有益な話につなげることっていくらでもできますし、私もそうした話をさせていただく機会もあります。ただ私としては、その以前にある、もっとやわらかい部分に興味があります。役立つことだけを求め始めると、表現は途端に硬くなり、面白さや自由が失われてしまう。アートの魅力は、むしろ意味を問われない場所、目的から解放された余白に宿るものだと思っています。先ほどの箱の話と同じで、もしかするとあけてもためになるものはなにもないかもしれない。でも、あける時ってワクワクしますよね。私にとっての絵はそのような箱の中に箱がある構造と一緒で、箱をあける時の期待のうほうに価値を抱いています」</p>
<p>《Forgotten Verses 柚子と酢橘》（2025年 油彩／キャンバス 100×100cm）モチーフを自ら選ばないことをルールに構成した作品。印象的なフラワーベースは大学の学生がお土産にくれたもの。周囲に配置された柚子やすだちは、海外ゲストが来日の際にホテルに忘れてしまったものだそう。「西洋絵画でよく描かれるオレンジに似ていながら、柚子やすだちは主役になったことがない。『忘れ物』というエピソードもふくめ、かわいいモチーフだと思いました」</p>
<p>──薄久保さんは大学でも教鞭を取られていますが、現在の教育現場をはじめ社会のさまざまな面で有益であることが求められているような気がします。</p>
<p>「現代はものごとのスピードが何事速いですよね。私の作品では、むしろ『時間をどうやって遅らせられるのか？』が重要です。イメージを共有したいだけだったら、わざわざキャンバスを張って絵の具と筆で描くほど非効率なことはないわけじゃないですか。本当は描かなくてもいいかもしれないものを、でもやっぱり描く。モチーフを組んで、写真に撮って、描くというふうにレイヤーをつくってさらにまた時間をかける。そのプロセスには、『どこまで時間を遅くできるか』という願望がつねに内包されています。昨今は、多くの人にとってインスタントな有益さから逃れることの方がが、寧ろ心身に必要なことかもしれませんね」</p>
<p></p>アートに信じるもの。「描く」という対話
<p>薄久保香＋大庭大介 二人展「第三の径」イムラアートギャラリー（京都）の展示（2025年10月）</p>
<p>──パートナーの大庭大介さんもアーティストです。2025年10月にimura art gallery（京都）で二人展「第三の径」を開催されましたね。</p>
<p>「お互い東京や海外で発表することが多いのですが、制作拠点は京都にあります。だからこそ、京都で展示を行うことには自然さと必然性があると感じていました。もともと、別々の活動をしながら『絵画計画』というユニットを時々組んでいます。二人展としては2020年のベルリンが最初で、日本のギャラリーでは今回が初めてです。互いの作品を深く理解している一方で、正式に展覧会として並べる機会は意外と少ない。その距離感が、今回の二人展をより深い意味レベルへと導いてくれたように感じています。</p>
<p>私も大庭も異なるスタイルの作品で、大庭は、抽象絵画の領域で素材や技法を探りながら、新しい表現の可能性を追求しています。一方、私はイメージを媒介にしながら、抽象的な概念や曖昧さを『描く』という行為を通して具体化することに関心があります。異なるアプローチで制作していますが、その興味の核は通底していて、サイクルの流れの中で交差するポイントがあります。なので、ふたりの作品が共存することで絵画の歴史や方法論を横断し、その幅や可能性を検証できるのではないかと考えていました」</p>
<p>薄久保香＋大庭大介 二人展「第三の径」イムラアートギャラリー（京都）の展示（2025年10月）</p>
<p>──お互いに発見はありますか。</p>
<p>「自分の中では自然の流れのようにできたことであっても、お互いがいなければ見落としていることもあると思います。今回の展示では、私の作品を出発点に、まるでマイクリレーのように互いの作品が枝分かれするように展開していきました。通常、作家同士が制作の途中段階を共有することは多くないかもしれませんが、私たちは日常的に、ほぼ隣り合う空間で制作しています。そのため、お互いの進行状況や迷い、発見や違和感が、言葉にしなくてもどこかで交換されているような感覚がありますね。そして即座に本音で意見を交わせる関係だからこそ、その対話や沈黙までもが、作品に反映されていきました。そうした制作の呼吸が、展示全体に一つのリズムとして流れ込んだのだと思います」</p>
<p>薄久保香＋大庭大介 二人展「第三の径」イムラアートギャラリー（京都）の展示（2025年10月）</p>
<p>──おふたりの関係性ゆえにできることですね。大庭さんは、おふたりが日常の中で関心を寄せているのは、白か黒かではなく、そのあいだに存在する無数のグラデーションであり、そこに思考が動き出す余地があるのではないかとおっしゃっていました。</p>
<p>「社会的な視点で読み取る人もいれば、絵画のフォーマリズムとして受け取る人もいる。その複数の読みが並行して存在しうることが、作品にとって重要だと感じています。私たちは、日常的に政治や社会の出来事について話すことがあります。でもアーティストとしては、それを直接的に提示するのではなく、抽象化された状態で作品に委ね、鑑賞者が自分の解釈に辿りつける余地を残したいと思っています。私も大庭も、そこにこそ信じられる何かがあると感じています。世界をひとつの正解で語れない時代だからこそ、揺らぎや曖昧さを抱えたまま思考できる領域が必要なのだと思います。多分これが『絵』なのでしょうね」</p>
<p>1階のアトリエの壁に貼られたインスピレーションソースや創作メモの数々。</p>
<p>──最後に、薄久保さんの「描きたい」という気持ちを裏付けるものは何でしょう。</p>
<p>「結局のところ、描くことが好きだからだと思います。これだけはとても明確です。キャンバスの種類や絵の具の重ね方、ほんのわずかな筆の動きによって、画面の表情が変わっていく。そんな当たり前のことを、身体を通して感じられることそのものが、最近はますます面白く感じるようになりました。扱う素材の僅かな違いによって、手の動きも自然と変わり、また新しい絵との関係性を生み、その予測できない変化が、とても興味深いんです。『好き』は衝動ですが、『描き続けること』は対話であり、commitment（責任）と愛に近いもので、孤独な制作ロマンとは全く違う性質のものだと感じています。時間をかけて描き続けるには、作品と向き合い続けなければいけない。ときには戸惑いながら、許容し、受け入れていくプロセスが必要になります。</p>
<p>1階のアトリエにて</p>
<p>それは、私が学生たちと向き合っているときにも感じることです。迷いながら、自分の制作と距離を測り、進んだり戻ったりしながら、それでも手を止めない。その時間を一緒に過ごす中で、他者の心や頭が拡張された自分として重なるような感覚になる瞬間がある。描くことは正解に辿り着くためではなく、自分の速度で世界とつながり直すことなのだと改めて思う今日この頃です。出来事とは、枝に降り立つ鳥のようなものかもしれません。来るかどうかも、いつ離れるのかも、こちらには選べない。それでも、その未完のまま続いていく関係をそっと信じたいと思っています」</p>
<p class="btn_entry">
薄久保香の作品をNumeroCLOSETでみる</p>
<p></p><p>The post アーティスト 薄久保香インタビュー「アートの魅力は、意味ではなく“余白”に宿る」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>瀧波ユカリ × トミヤマユキコ対談　少女漫画における「キュン」のゆくえ</title>
        <link>https://numero.jp/20260329-heart-pounding1/</link>
        <pubDate>Sun, 29 Mar 2026 01:00:08 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Yukiko Tomiyama / トミヤマユキコ]]></category>
		<category><![CDATA[Yukari Takinami / 瀧波ユカリ]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>少女漫画で数多く描かれてきた、恋するときの「キュン」という胸の甘い痛み。その正体は？ 『わたしたちは無痛恋愛がしたい』で恋愛に潜む加害性との戦いを描いている漫画家の瀧波ユカリと漫画研究者のトミヤマユキコに聞く。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
<p>&nbsp;</p>
“キュン”の裏側に潜む危うい支配関係
<p>──まずは、これまでの少女漫画において、私たちはどのようなものに「キュン」としてきたのか、その変遷から伺えますか。</p>
<p>瀧波ユカリ（以下、瀧）「私は今回のテーマである『恋』を考える上で、実は『アンチ・キュン』の立場なんです。というのも、少女漫画史を振り返ると、私たちがときめきを感じてきた『キュン』という感情は、実は『家父長制』と分かちがたく結びついてきたのではないかと考えているからです」</p>
<p>トミヤマユキコ（以下、ト）「本当にそうですね。『王道』のシンデレラストーリーって、昔から根強い需要がありますよね。ちょっぴりか弱いけれど、魅力的な女の子が、『白馬の王子様』に見いだされ、最終的に『妻』の座を約束される。まさに家父長制ですが、歌舞伎や落語などの古典に近い、『ヨッ、待ってました！』と声をかけたくなる、抗いがたい魅力があるんですよ。読者は、この様式美に惹きつけられ、ときめきを覚える。この構図は、現代でも再生産され続けています」</p>
<p>瀧「王道の作品が支持される一方で、私が惹かれるのは、そのメインストリームの脇を走る『邪道（側道）』の歴史です。かつての作家たちは、商業誌という枠組みの中で『恋愛』という隠れ蓑を使いながら、実はまったく別のメッセージを忍ばせてきました。例えば、萩尾望都さんや竹宮惠子さんら『24年組』（昭和24年＝1949年前後に生まれた少女漫画家たち）が少年愛（BLの前身）を通じて性の痛みを耽美として解放し、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』が恋愛の物語を装いながらフランス革命という政治劇を描いたように」</p>
<p>ト「そもそも『男と女が自然に出会い、自由恋愛をする』という物語自体、戦後になって本格的に『開発』されたものですよね。それ以前は、お見合いによる家と家との結婚が当たり前。個人が誰かを好きになろうとすれば、女学校で素敵なお姉様とエス（同性への憧れ、シスターの頭文字からきている）の関係を結ぶみたいな、擬似恋愛的なものしか許されなかった。『いずれ誰かの妻、そして母になる』という、少女時代の終わりが決まっていたんです。だからこそ、できるだけ長く少女で居続けようとする『抵抗』としての恋愛が描かれてきたという側面がある」</p>
<p>瀧「本来『抵抗』だったはずの物語が、いつの間にか『女性の幸せの唯一のゴール』にすり替わっていった。私は『キュン』には二つの種類があると思っています。一つは、相手の弱さや変化を丸ごと慈しむ『慈愛のキュン』。例えば池野恋さんの『ときめきトゥナイト』の真壁くんに対して抱く、相手のすべてを知り尽くした上で育まれる、守り守られるような、母親的な愛情です。そしてもう一つが、支配される側に回ることで快楽を得る『服従のキュン』。家長とそこに従属する女性という枠組みにハマるもので、私が『アンチ・キュン』の立場をとるのは後者の『キュン』が危ういからです」</p>
<p>ト「かつて『モテ仕草』として流行した『壁ドン』や『顎クイ』も『服従のキュン』の典型と言えますね。かなりもてはやされていた時期もありましたけど、いまはそれらが暴力的だと気づいている人も多そう」</p>
<p>瀧「相手の優位性を確認する仕草にときめくのは、実は自分を明け渡してしまう危うい『警報』でもあるんですよね」</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>新たな「キュン」は相手に寄り添う姿勢にある
<p>──「服従のキュン」に快感を覚える刷り込みが、現実の人間関係にも影響を与えているのでしょうか。</p>
<p>ト「深い呪いになっているケースはあるでしょうね。ある女性が『不倫がやめられないのは少女漫画のせいだ』と話していたことがあるんです。同世代の男性は未熟なところがあってときめかないけど、不倫相手の年上男性は徹底して家庭の気配を消し、『王子様』を演じる。彼女にとって、少女漫画のような『お姫様』でいさせてくれるのは、皮肉なことに不倫の恋だったわけです」</p>
<p>瀧「創作物が『いつか素敵な人が現れて幸せにしてくれる』というストーリーを繰り返し供給することで、実際の支配的・加害的な状況に置かれても『これはキュンなんだ』と誤認させてしまう。特に女性向け作品にばかりこの『キュン』が求められ、男性が消費する物語にはその情動がほとんど存在しないことも、非対称的で不気味な点です」</p>
<p>ト「瀧波さんの『わたしたちは無痛恋愛がしたい～鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん～』は、まさにその『キュン』の裏側にある加害性や不均衡を、非常に自覚的に描いていますよね」</p>
<p>瀧「私自身、以前は『恋愛はいいものだ』と信じて疑いませんでした。でも、今の時代に恋愛を描こうとすると、どうしてもその暴力性や、ジェンダーバイアスを無視できなくなります。知識を得れば得るほど、『昔好きだったあのシーン、実はすごく失礼じゃない？』と気づいてしまう。その気づきを、どう物語に落とし込むかが今の挑戦です」</p>
<p>瀧波ユカリ著『わたしたちは無痛恋愛がしたい ～鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん～（1）』より、通りすがりの男性にわざとぶつかられて転倒した主人公・星置みなみが“フェミおじさん”こと月寒空知に助けられるシーン。みなみは、自分からは触らないようにという気遣いで独特のポーズをする月寒に驚く。　Ⓒ瀧波ユカリ／講談社</p>
<p>──『わたしたちは無痛恋愛がしたい』の月寒さんは、世の中の女性への不当な扱いに理解を示し、主人公の痛みに寄り添う姿勢を見せます。</p>
<p>瀧「月寒さんはフェミニストの中年男性、フェミおじさんです。とても優しく接してくれるのですが、作中の主人公・みなみは彼に『キュン』としないんです。意識的にそう描いているのですが、面白いことに、読者の中には、彼の言説や寄り添うポーズに『キュン』としてしまう人が一定数いる。これは発売したあとにわかった大きな発見でした」</p>
<p>ト「それは新しい現象ですよね！　これまでの『キュン』は、俺様キャラが強引に引っ張ることで生まれていましたが、月寒さんの場合は『自分の味方になってくれる』『社会の不条理を言語化してくれる』という知的でフェアな優しさが、読者にとっての新たな萌えポイントに実はなっているという。しかし主人公はどこか冷めている。この温度差が非常に現代的ですよね」</p>
<p>瀧「こういう人物に寄り添われることで、救われる部分もあるけれど、同時に『これは知識を使った新しい支配ではないか？』という違和感も抱いてしまうことも。月寒さんの『善意』が、実は女性をケアの対象として固定化してしまう危険性を考えると、ここで主人公がキュンとする描写にしてしまうのは違うかなと思っていて」</p>
<p>ト「つまり、読者は『こんなに理解のある男性がいたらいいな』という幻想でキュンとするけれど、作品としては『その幻想自体が、形を変えた家父長制かもしれないよ』と突き放しているわけですね」</p>
<p class="picture"></p>
<p></p>一人の人間として尊重しケアし合える関係が理想
<p>──現代の新しい価値観を漫画で届けるために、どのような工夫をされていますか。</p>
<p>瀧「政治やフェミニズムをむき出しで描いてもなかなか多くの人の手には届きません。そこで重要なのが『さじ加減』です。私は『恋愛漫画』という甘いチョコレートのパッケージで包んで届けることを意識しています。読者が『あ、このキュンとする展開好き』と食べ進めるうちに、中にある『構造的な問題』という苦みに気づく」</p>
<p>ト「その『パッケージング』こそがプロの技術です。海野つなみさんの『逃げるは恥だが役に立つ』や、谷口菜津子さんの『じゃあ、あんたが作ってみろよ』などの作品もそうですが、いきなり正論を突きつけるのではなく、サービス精神がまずあって、エンターテインメントとして読者を楽しませながら、その足元を少しずつ揺らし、崩していく」</p>
<p>瀧「『わたしたちは無痛恋愛がしたい』でも、最初は『クズな男性に恋をする』という、ある種の定番のフックから始めました。でも、物語が進むにつれて、主人公たちはその関係性の不均衡に気づき、自分たちなりの『無痛』なつながりを探し始める。読者と一緒に、これまでの『当たり前』を解体していく感覚です」</p>
<p>ト「瀧波さんの作品が支持されるのは、決して『恋愛そのもの』を否定しているわけではないからだと思います。相手を支配したり奪ったりするのではなく、一人の人間として対等に向き合うためにはどうすればいいのか。その試行錯誤こそが、今の時代の『恋の物語』に必要な熱量なのかもしれません」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──これからの「恋愛の物語」について、お二人はどのような希望を持たれていますか。</p>
<p>瀧「今まで『期限付き』だった恋愛は、無期限なものになった。ゴールは結婚ではないし、長期的な時間軸で見ていく必要がありますよね」</p>
<p>ト「恋愛感情も、その先の『対等なパートナーシップ』や『友愛』へ移行するためのステップだと捉えればいいんだと思います」</p>
<p>瀧「本当にそうですね。『夫に今でもキュンとします』という幻想を世の中の全員が信じ込んだら、みんな不幸になります（笑）。キュンがなくなった後、どれだけお互いを一人の人間として尊重し、ケアし合えるか。それが本当の意味での『大人な関係』のはずです」</p>
<p>ト「現代の若者にとって、リアルな恋愛はリスクが高く、人生の『オプション』になりつつあります。ときめきは『推し』にアウトソースできるし、無理に生身の人間と向き合って傷つきたくないという『無痛』への希求は強い。でも、だからこそ、誰かと深く関わることの面白さや自分を変えていく力としての『恋』の可能性も、新しい形で描けるはず」</p>
<p>瀧「少女漫画を、特定の価値観を押し付ける『呪い』にするのではなく、多様な生き方を肯定する『救い』の図鑑にしていきたい。恋愛を人生のセンターに置いてもいいし、置かなくてもいい。自分が心地よい距離感で、他者と関わっていくためのヒントを、これからも漫画を通じて提示し続けたいと思っています」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="picture"></p>
<p>『わたしたちは無痛恋愛がしたい～鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん～』<br />
著者／瀧波ユカリ<br />
発行／講談社<br />
ウェブ漫画サイト「&#038;Sofa」にて連載中。<br />
単行本は8巻まで発売中。<br />
&nbsp;</p>
<p class="picture"></p>
<p>『バディ入門』<br />
著者／トミヤマユキコ<br />
発行／大和書房<br />
URL／https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10081565.html<br />
&nbsp;<br />




Netflix『ボーイフレンド』TAEHEON×漫画家・瀧波ユカリ対談「対等な恋愛関係の築き方」 
Culture / 25 01 2025



<br />




漫画家・谷口菜津子インタビュー「心から自分が必要としている漫画を生み出したい」 
Culture / 09 03 2026



</p>
<p></p><p>The post 瀧波ユカリ × トミヤマユキコ対談　少女漫画における「キュン」のゆくえ first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
        </description>
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        <title>映画監督・内山拓也が問う、年齢や立場に縛られないクリエイションのかたち</title>
        <link>https://numero.jp/20260328-takuyauchiyama/</link>
        <pubDate>Sat, 28 Mar 2026 05:00:59 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
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		<category><![CDATA[interview]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>お金や時間ひいては自分を犠牲にしなければ、いいクリエイティブは生まれないのか。次世代の担い手にバトンをつなぐため、慣習に立ち向かう2人のクリエイターに話を聞いた。2人目は映画監督・内山拓也。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年4月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>年齢や立場に関わらず対等な関係でクリエイションを楽しみたい
<p>映画界では近年、日本映画の国際的評価が高まっている一方、依然として「昭和的」とされる旧来の慣習が根強く、労働環境やジェンダー平等、総合的な国際競争力など多くの課題が残る。こうした状況を改善するため、2022年に映画監督の諏訪敦彦と是枝裕和が共同代表を務める「a4c（action4cinema）」が発足した。その設立メンバーの最年少として参加したのが、『佐々木、イン、マイマイン』で注目され、最新作『しびれ』（9月25日公開）がベルリン国際映画祭で上映された内山拓也監督である。</p>
<p>「a4cの前身は『映画監督有志の会』という名称だったのですが、当時僕は監督デビューしたばかりで、映画業界に残る古い慣習や機能不全に疑問を持ち始めた時期でした。そこで有志の会の一員だった岨手由貴子監督（『あのこは貴族』）を通して、若い世代の抑圧された声を代弁する形で自分の意見を有志の会の皆さんに聞いていただいたんです。特に20～30代のスタッフが映画のために生活を犠牲にし、才能があってもキャリアを築けず業界を去ってしまう不当な現状について。こういった改善はもはや必要不可欠だと思い、a4cへと移行する段階で正式に参加させていただきました」</p>
<p>a4cのロールモデルは、フランスのCNC（国立映画映像センター）という共助システムの統括機関だ。ちなみに設立当初、a4cはハラスメント対応機関と誤解されることもあったが、法人でもましてや自警団でもなく、映画人同士が理念を共有し、適切な働きかけを行うための連帯組織だと内山監督は語る。彼がとりわけ危機感を覚えたのは、日本の映画製作が「個人戦」に偏りすぎている点だという。</p>
<p>©2025「しびれ」製作委員会</p>
<p></p><p>「監督として映画を作っていくうえで実感したのは、その成り立ちがあまりにも運に左右されやすいこと。実力を正当に発揮するための仕組みが不透明で、国際映画祭に関する知識も一部の人に留まりがち。そこをもっとクリアにして業界全体で共有すれば、皆で純粋に切磋琢磨して、健全な競争意識が育つ環境になるはずです。あと、お金の問題がやっぱり大きいですね。</p>
<p>制度が脆弱なため、スタッフの生活を支える保証が乏しく、スケジュール調整も難しい。それは“相手の時間を奪う”ことなので、適正な対価交換が成立しなければ関係性に軋みが生じます。僕は『しびれ』製作の前に自分の個人会社を設立したのですが、それは映画に関わってくれる人たちを自分の責任で幸福にしたいという想いから。作品の純度を保ち、評価や興行、次につながるキャリア形成まで含めて、皆が報われるチーム作りを目指していきたい。ただ単に“作って終わり”にしないために」</p>
<p>業界の新しいサイクルを模索し、構築しつつある内山監督。彼はこの先、どんな未来展望を抱いているのか。</p>
<p>「30代でも若手扱いされるのが映画業界ですけど、一般的には完全に大人ですよね。まだまだこれからじゃん、なんて年長世代の方からは言われますが、こちらには生活とのギャップがある。そこにも見えにくい抑圧があると思います。あと僕が常に念頭に置いているのは、アートや表現に携わる仕事すべてに共通することですが、基本は“楽しもう”ってことです。ものづくりは人生を豊かにすること。なのに充実を感じられず、愚痴ってばかりじゃ本末転倒。その意味でも僕がチームに求めるのはまず人柄なんです。年齢や立場に関わらず対等な関係を結べる素敵な人たちと、クリエイションを楽しんで生きていきたい。皆が表現者として人生を楽しめるような世界であればいいなと思っています」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>©2025「しびれ」製作委員会</p>
<p>『しびれ』<br />
新潟県を舞台に、居場所とアイデンティティを模索する少年の物語。<br />
監督・脚本・原案／内山拓也<br />
出演／北村匠海、宮沢りえ、永瀬正敏<br />
2026年9月25日（金）公開<br />
https://shibire.jp<br />
&nbsp;<br />




後藤正文が目指す、新しい音楽と制作のあり方。藤枝市のスタジオ「MUSIC inn Fujieda」に込めた思い 
Culture / 22 03 2026



</p>
<p></p><p>The post 映画監督・内山拓也が問う、年齢や立場に縛られないクリエイションのかたち first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>後藤正文が目指す、新しい音楽と制作のあり方。藤枝市のスタジオ「MUSIC inn Fujieda」に込めた思い</title>
        <link>https://numero.jp/20260322-gotohmasafumi/</link>
        <pubDate>Sun, 22 Mar 2026 05:00:21 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>お金や時間ひいては自分を犠牲にしなければ、いいクリエイティブは生まれないのか。次世代の担い手にバトンをつなぐため、慣習に立ち向かう2人のクリエイターに話を聞いた。1人目はASIAN KUNG-FU GENERATION ボーカル＆ギターの後藤正文。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年4月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>貨幣の論理だけでは測れない価値を持続可能な形で守っていく
<p>ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」の後藤正文が中心となって立ち上げた特定非営利活動法人「アップルビネガー音楽支援機構」は、インディペンデントに活動するアーティストを継続的に支援することを目的としている。その代表的な取り組みが、静岡県藤枝市で3月22日にグランドオープンを迎えた滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」だ。制作のために泊まり込みができるスタジオを街のなかに据え、そこを拠点にさまざまな実験を重ねている。</p>
<p>「自分でレーベルをやったり、友達の制作をエンジニアとして手伝ったりするなかで、インディーの録音環境が構造的にかなりしんどいなと思うようになったんです。レコーディングはどうしてもコストがかかるし、いい音で録ろうとすれば、相応の空間と設備が必要にもなる。</p>
<p>だからこそ、働きながら音楽を続ける人たちが、思う存分スタジオに入って録るのってかなり難しい。限られた時間と予算のなかで、失敗できない空気のまま録らなきゃいけないんですよ。ただ一方で、スタジオって正直、商売として成り立っているかどうかはだいぶ怪しい。機材費も人件費も管理費もかかるし、そういった固定費のことを考えたら、簡単に使用料を下げられないのも確か。だからこそ、スタジオ業は半分くらいは善意で回っているような感覚もあるんです」</p>
<p>築130年の土蔵を改装したスタジオ「MUSIC inn Fujieda」には、後藤が無償提供した本格機材が揃う。　Photo：Saki Yagi</p>
<p>　</p>
<p>そこで後藤が考えたのが、新しい環境そのものを生み出すことだった。</p>
<p>「東京でほかの仕事を抱えながらセカセカ録るよりも、地方で何日か腰を据えて録ったほうが、気持ちは切り替わる。実際、地方や海外でレコーディングすることで、新しいクリエイティビティが生まれることも多い。設備の面でも、土地に余白がある場所のほうが、思い描くスタジオを作れる可能性が高いと思いました」</p>
<p></p><p>同時に、音楽制作の場でありつつ、地域と接続した拠点としての構想も広がっていった。それは、防災や福祉支援にまで及ぶ。</p>
<p>「静岡県は大きな地震がいつ起きてもおかしくない場所。東北や能登の震災でも、バンドマンって物資を集めて運んだりしてたじゃないですか。だったら、音楽の施設が有事のときのハブになってもいいんじゃないかと。ロンドン周辺のパンクコミュニティの形を理想としていて、スタジオだけではなく、相互扶助が自然に機能する場を作りたい。お腹が空いた子どもがカレーを食べに来てもいいし、こういった取り組みは新しいパンクの形だと思っています」</p>
<p>一方で、常に立ちはだかるのが、やはり資金の問題だ。建築にも設備にも、どうしてもお金はかかる。</p>
<p> 「商品を貨幣で買うという交換様式からは逃れられないけど、ほかのやり方もあると思うんです。マネーゲームになると採算が優先されて文化は育たない。目指すのは、消費者と提供者に分断された形ではなく、互いに当事者として関わる関係です。MUSIC inn Fujiedaを日々支えてくれているサポーター会員にも、スタジオを使うバンドマンにも自分たちの場所だと思ってほしいです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>新たな音楽と制作のあり方をもう一度考え直すための制度設計への挑戦。高い都心コスト、短期決戦の録音、消費者としての利用──そうした業界の慣習を、場所と共同体の設計から問い直す。</p>
<p>「藤枝市にスタジオを作った理由は、単にアーティストが音楽を安く録れる場所が欲しかったわけではない。のびのびと制作に没頭できる環境を確保して、貨幣の論理だけでは測れない価値を守り、地域とつながりながら持続性をもってやっていきたいんです」</p>
<p>それら一連の挑戦は、音楽の作り方だけでなく、音楽の支え方そのものを更新する試みと言えるだろう。</p>
<p></p><p>The post 後藤正文が目指す、新しい音楽と制作のあり方。藤枝市のスタジオ「MUSIC inn Fujieda」に込めた思い first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>蜷川実花インタビュー「破壊、再生、また破壊」前代未聞の写真集＆展覧会、カオスと創造の現在地</title>
        <link>https://numero.jp/interview482/</link>
        <pubDate>Sun, 22 Mar 2026 03:00:25 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Mika Ninagawa / 蜷川実花]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Ako Tanaka / 田中杏子]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>写真家、映画監督、現代美術家として、あらゆる制約を突破し続けてきた蜷川実花。その本人をして「ある種の狂気をはらんだエネルギーや『撮らずにはいられない』原始的な衝動を詰め込んだ」と言わしめる、衝撃のアーティストブックが完成した。『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』（2026年3月13日発売）──。今あえて「破壊、創造、また破壊」を世に問う決意と覚悟とは？ 刊行を記念した展覧会の制作現場、ひりつく“カオス”のただなかで、小誌創刊以来の盟友・田中杏子統括編集長が聞いた。</p>
<p class="picture"></p>
規格外！『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』誕生秘話
<p>田中杏子（以下：田中）「今回のアーティストブック『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』は、これまで実花ちゃんが出してきた100冊以上の写真集のどれとも違う、まさに規格外と呼ぶにふさわしいものになりました。どういうきっかけで作ることになったの？」</p>
<p>蜷川実花（以下：蜷川）「私自身、30年近くキャリアを重ねてきたなかで、写真が基礎にあるけれど、映画を撮ったり、インスタレーション作品を発表したりと、見る人にとって全体像がつかみづらくなってきているかもしれないと感じていて。</p>
<p>そのなかで、あらためて写真家としての現在地、今の気分に近いものを作りたいなと思っていた時に、afumi inc.（※1）代表の佐藤ビンゴさんから『ぜひそういう本を作りませんか』というお話をいただいたんです。それで、担当してくれた編集者の我孫子裕一さんがひと夏かけてうちの事務所に通い詰めて、膨大な量の写真を全部見るところから制作がスタートしました」</p>
<p>（※1）afumi inc.　…世界的ブランドのPRや、田名網敬一ら アーティストの作品集を手がけるエージェンシー。</p>
<p class="picture"></p>
<p>田中「全部って、それはもう想像がつかないくらいの点数になるでしょう？ 何万点……いや、何十万点とか？」</p>
<p>蜷川「この3月に桜の写真だけを集めた写真集『VIRA』（bookshop M）を刊行するんだけど、桜の花を撮った写真だけで、約7万点から選んだのね。それを考えると今回は数十万、いや100万点近いレベルかもしれない。それを全部、我孫子さんが見てくれて、じゃあどういう本にしようかと考えた時に、デビュー当時から変わらないことも、そこから広がってきた膨大なエネルギー量やカオスな状態も、全部を込めてそのまま肌触りとして伝わるような本にしたいという話になって。そこから『破壊、再生、また破壊』というキーワードが出てきたんです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>田中「包まれた中に何冊も本が入っていて、ポスター、ステッカーにポストカード……実花ちゃんが小学生の頃に描いた絵まで入ってる（笑）。本も手で綴じているし、それを包んでリボンで留めていくという……『これを作るんだ！ 作りたい！』　という熱量がすごいと思う」</p>
<p>蜷川「私自身もそうだし、我孫子さんもそうだけど、とにかく手作りと熱量でできている本で、AI時代の今、そんなコスパもタイパも悪いことってなかなかやらないでしょう？ でも、大きい展覧会やプロジェクトをたくさんやってきたからこそ、ここで思い切り、効率とかそういった考え方を度外視して、作りたいもののために自分で手を動かすクリエイションをしたかったんだよね。作りたいものを作るということが、すごくまぶしく思えるの」‎</p>
<p>田中「『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』という本のタイトルも気になります。これはどういう意味だろう？ ずっと変わらない実花ちゃんのコアな部分から、より商業的に携わっていることまで、すべてをひっくるめて、自分の立ち位置をもう一回、鏡のように写し出す……そんなイメージ？」</p>
<p>蜷川「商業的な仕事が自分と離れているかというとそんなことはないけれど、この本は発表するために作ったものではなく、『どうしても撮りたい』『撮らずにはいられない』という衝動に突き動かされたものだけで構成されてます。だから、自分の中で取り残されていたことを、ここで思い切りやっちゃおうという感じかな。『mirror, mirror, mirror』という言葉は、我孫子さんがどっぷり私の世界にダイブするなかで、今の世界を写し取っていくのが写真家の使命である一方で、自分の内面も写り込んでいる、そういういろいろな鏡の意味を重ねて、このタイトルを提案してくれました。</p>
<p>例えば、毎年同じ桜を撮っていても、違う写真になる。同じ瞬間は二度とないし、その時の自分の感情が写るから、桜の写真はセルフポートレートのようなものだと感じています。そうやって手からこぼれ落ちていくものをすくい上げて残していくことこそ、私が写真家として大事にしていることだから、そういった意味で“写し鏡”にもなっている本だと思う」‎</p>
<p class="picture"></p>
膨大なエネルギーを詰め込んだ “写し鏡” の現在地
<p>田中「それにしても、これまでの膨大な量の写真のセレクトに始まって、ここに至るまでにいったい、どれくらい時間がかかったの？」</p>
<p>蜷川「それはもう夏からえんえんと……セレクトと構成だけで、半年以上はかかってます。私の写真はグラフィック的でもあるので、どうしてもその面白さに引っ張られてしまうけれど、そうではなく写真として伝わることを大事にしたいと思って。でもそのなかで、私自身『こんなの撮ったっけ？』みたいな写真を我孫子さんが引き上げてくれたり、それがすごく面白かった」‎</p>
<p>我孫子裕一（以下：我孫子）「実花さんは“この1枚”に対する思い入れがすごく強いんです。編集者としては、並べた時の見え方をどうしても優先しがちになるけれども、そうではなく実花さんの思いを真摯に受け止めなければと、打ち合わせをしては本の構成を組み直して、十数回もの再提出を繰り返した結果、この形にたどり着きました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>蜷川「でもこうやって振り返ると、1990年代の“女の子写真”のブームの中でデビューしてから約30年間、蜷川幸雄の娘ということもあって、強い風圧を浴びたり消費されたりするなかで、逆にこっちが消費する側に回ることもある。色眼鏡で見られたりする一方で、消費につながる広告の写真を撮る側になったりと、両方がすごくまだらな状態でずっと続けてきた肌感覚が、すごくこの本に出ていると思う。</p>
<p>きれいなことだけじゃない、大変なこともいっぱいあったけれど、でも世界って美しいよねって思ったり、反対に絶望したり……。そういうことがこれだけギュッとまとまったのは、私一人では決してできることじゃなかったと思います」</p>
<p>‎</p>
<p>田中「この展示だって、普通じゃないよね。しかも実花ちゃん自身が、自分でペンキを塗ったりレジンの作品をくっつけたり、えんえん手を動かしている。こうして制作現場を見ているだけでも、ものすごいエネルギーを感じます」</p>


	


<p>展覧会の制作現場でのひとコマ。自ら防毒マスクを装着し、古民家の空間を色とりどりのペンキで染め上げていった。</p>
<p>蜷川「『7日間で完成させる！』と決めて、もう必死でやってます（笑）。でもその間にも『あっ、三重県の梅が今ちょうど満開だ』って気づいて、昨日の夜に向こうに着いて撮影して、さっき帰ってきたところ。ずっとそういう風にして写真を撮ってきた、その集合体が私なんですよね。もっと合理的に調子よく生きているように見られがちな気がするけど、そんなことは全然なくて。これまでに撮ってきた量は、写真家のなかでも半端ないほうだと思います」‎</p>
<p>我孫子「膨大な写真を見ていくなかで本当にすごいと感じたのは、例えば同じ桜を撮るのでも『ちょっと手前をぼかしてみよう』『もう少し左に寄ってみよう』『いやもっと手前かな』ということを、えんえんやり続けていること。そのすさまじい努力をごく自然に、あっち側の世界に入り込みそうなくらいに続けている。ものすごいパワーを感じましたね」</p>
<p>蜷川「でも我孫子さんだって相当なもんですよ。本を留めて重ねて、一つひとつ包んでリボンを結んでるわけだから。2000部を作るのに、これからずっと作業して1カ月くらいかかるんだって（笑）。そんな本、聞いたことがないでしょう？」</p>
<p>‎</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>下北沢の古民家に出現した「破壊、再生、また破壊」の宇宙
<p>田中「これだけ手が込んでいるのに、税込みで1万1千円だなんて目を疑うしかない（笑）。でもどうして、『破壊、再生』と来て『また破壊』というキーワードにしたんですか？」</p>
<p>蜷川「最初は『破壊と再生』という言葉だったんだけど、『いや、“また破壊”だ！』って思って。それにしても、こんなにたくさん冊子が入っていてこの値段だもんね。金額まで破壊することはないのに、我孫子さんも自分の作業代を度外視してる（笑）」‎</p>
<p>我孫子「僕自身も、実花さんの出発点から今に至る流れを、破壊もできるし再生もできる本をと考えた時に、最初はもっと少ない冊数にまとめようと考えていたんですが、どこか物足りなさを感じていて。実花さんやブックデザインをお願いした秋山伸さんと相談するなかで、去年の年末ぎりぎりになってふと『これだ！』と覚醒できたんです。『実花さんの熱量を表現するには、この構成しかない！』と思って、お正月の1月1日なのに打ち合わせをお願いしました」</p>
<p>蜷川「大晦日の玄関先に、提案の資料がそっと置いてあって……発売まで2カ月しかないのに、年明けの時点で構成が決まっていなかったから、ようやく『これだ！』と思えてよかった（笑）。それに加えて、せっかくだから展覧会もやろうという話になった時に、約12年間暮らした下北沢でやりたいな、と思ったんです。この町で子ども二人を育てながら何本も映画を撮ったり、父が亡くなったり……いろいろな体験がギュッと詰まってる、それこそカオスだった日々を過ごした場所で展示できるのも、すごくいいなと思っています」‎</p>
<p>展覧会『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』より。</p>
<p>田中「この展覧会もまた、実花ちゃんワールドがあふれ出ているよね。実花ちゃん自身が防毒マスクをつけてペンキを塗ったりしている写真や動画を送ってもらって、『ここまでやるんだ！』ってびっくりしました」</p>
<p>蜷川「最初は本の発売を記念して展覧会をやろうというところから始まったんだけど、本がここまでキラキラしたものになるからには、普通の展示じゃあ面白くないなと思い始めて。私自身、大人になって着込み過ぎちゃった服をこのタイミングで脱ぎ去るというか、普通の展示みたいに事前にPC上できっちり空間構成を決めて作るのではなく、学生の頃みたいに自由で愚直に自分たちの手で作り上げようと決めたんです。</p>
<p>だから直前までどういう展示内容にするか決めずに、まずは畳の部屋にペンキをぶちまけて、その場で『こうしたらどうかな？』って作っていく感じにしたの。現場のライブ感覚で作り込んでいくことで、自分の感性とダイレクトにつながるものにしようと思って」‎</p>
<p>展覧会『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』より。床の間に飾られた、アーティストブック特装版のアクリルキャビネット。
</p>
<p>田中「住宅街の中にあるこの古民家の空間を、まるごと『破壊、再生、また破壊』している感じがすごく面白い。しかもそれだけじゃなくて、下北沢のいろいろなお店ともコラボレーション企画を展開するんだよね？」</p>
<p>蜷川「そう。一つは古着屋の『異言 &#8211; igen tokyo -』で、ある時ふらっと入ってみたらめちゃくちゃセンスがよくて、そこから独立した子が始めたばかりのお店なんだけど、私が作ったバッジやレジンを付けたりダメージ加工をしたりして、限定カスタム古着やオリジナルアイテムを展開します。</p>
<p>あとは、スープカレーの名店『マジックスパイス』で『蜷川実花スペシャルセット』を限定メニューとして出してもらったり、子どもたちとよく食べた『パティスリー・コウヅ』でも、ソフトクリームとロールケーキのコラボメニューを展開してもらいます。そして下北沢カルチャーといえばの『ヴィレッジヴァンガード下北沢店』でも、特設コーナーを展開してくれます。この4軒と展覧会会場を回るスタンプラリーも開催しますよ」</p>
<p>展覧会『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』より。庭に出現したLEDヴィジョンを縁側に座って観賞するのも、この場所ならではの醍醐味の一つ。</p>
<p></p>“創造のカオス” に浮かび上がる、蜷川実花の現在地
<p>田中「これだけ盛りだくさんの試みをとおして、見る人にはどんなことを感じてもらいたいと思う？」</p>
<p>蜷川「最近の展示で私のことを知った人たちは、驚くかもしれないね。例えばTOKYO NODEで開催した『蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠』（2023〜24年）や、京都市京セラ美術館の『蜷川実花展 with EiM：彼岸の光、此岸の影』（2025年）のイメージと比べたら、ぜんぜん違う印象だと思う。でも町の中の小さな空間にこういう世界が詰まっているのを見て、きっと楽しいと思ってもらえるんじゃないかな」‎</p>
<p>展覧会『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』より。2棟からなる会場の建物のうち、もう1棟はショップ空間に。下北沢のお店とコラボレーションしたオリジナルグッズも並ぶ。</p>
<p>田中「世界中の人に向けてあちこちで大きな展示をする一方で、こちらは正反対に手作りで親密な空間を作り上げているわけだから、そのエネルギーたるや、本当にすごい。でも、体だけは気を付けないと」</p>
<p>蜷川「いやもう日々、カオス状態ですよ。いつものことだけど（笑）。今、京都の北野天満宮で開催されている『KYOTO NIPPON FESTIVAL 2026 -時をこえ、華ひらく庭-』（2026年2月1日〜5月24日）でインスタレーション展示をやっていて、そこでダンスカンパニーのDAZZLEとともに実施するイマーシブシアター『花宵の大茶会』（3月20日〜5月24日）の演出も手がけるのに、その準備がこの展覧会と完全に重なってしまった。</p>
<p>そうでなくても海外の大型展示も幾つも控えているし、映画の企画とかも動いてるしで、『どうしよう、やばいやばい！』って言いながら、この古民家に籠もって作業しているうちに『ああ、ここが私のシェルターなんだなあ』と思ったら、どんどん楽しくなってきちゃって。1990年代に戻った感覚というか、作ることの純粋な楽しさだけで作ってる感じがするんです」‎</p>
<p><br />
アーティストブック『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』の冊子たちを“パラパラ漫画”風に撮影したもの。</p>
<p>田中「本にしても展示にしても、実花ちゃん自身がこれで英気を養っている。そんな感じがひしひしと伝わってくるし、令和の時代でみんなが忘れかけている、こういう表現にこそ、ものすごく価値があると心から思います」</p>
<p>蜷川「本当にそうだと思う。写真なんて、今はデータにアクセスすれば幾らでも見られるけれど、この本は真逆で、手に取って見てみなければ伝わらない。その意味でも、もう二度と作ることができないような、自分の中のいろんな原石がギュッと詰まっているご褒美みたいな本になりました。</p>
<p>普通の出版社だったらこんなに重くて手間のかかる本を作るわけがないし、この展示にしても同じで、ここへ来て体験しなければわからないことをやろうとしている。でも私としては、今の時代がそうだからとか、そういうことじゃなくて、『やりたい！』という思いの純粋さで作っていて。そこがいちばん大事だと思うし、ぜひ多くの人に見てもらいたいところかな」</p>
<p>&nbsp;<br />
アーティストブック「mirror, mirror, mirror mika ninagawa」<br />
蜷川実花の創作活動の源である「破壊、再生、また破壊」をテーマに、七つの冊子、ポスター、ステッカー、ポストカードなどを風呂式状の表紙で包んだアーティストブック。ページネーション、コラージュ、カラーコピーなどあらゆる手段を用い、デビュー当時から未発表の最新作に至るまで、蜷川作品の破壊と再構築を試みる。また、祭壇をイメージした小型のアクリル製キャビネットに同書を収納した特装版もリリース予定。</p>
<p>著者／蜷川実花<br />
価格／￥11,000<br />
発行／カルチュア・コンビニエンス・クラブ（CCC ART LAB）<br />
発売／光村推古書院</p>
<p>展覧会「mirror, mirror, mirror mika ninagawa」<br />
蜷川実花が十数年にわたり活動の拠点としてきた下北沢の地において、アーティストブックの刊行を記念した展覧会を開催。同書に結実した表現の軌跡を「破壊、再生、また破壊」というテーマのもとに、展示空間の中であらためて構成する。</p>
<p>※掲載情報は3月22日時点のものです。<br />
最新情報は公式サイトをご確認ください。</p>
<p>会場／DDDART<br />
会期／2026年3月13日（金）〜5月31日（日）<br />
住所／東京都世田谷区代沢4-41-12<br />
時間／11:00〜19:00<br />
休場／会期中無休<br />
料金／前売券：一般￥1,100、大学・専門学校生￥1,000、￥中高生800、未就学児（小学生以下）無料、障がい者手帳をお持ちの方￥1,000　その他、当日券や書籍付きの券種など詳細はサイトにてご確認ください。<br />
URL／https://mirrorninagawa.com/</p>
<p></p><p>The post 蜷川実花インタビュー「破壊、再生、また破壊」前代未聞の写真集＆展覧会、カオスと創造の現在地 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>デザイナー・木村由佳インタビュー「流されすぎず、時代と向き合う」</title>
        <link>https://numero.jp/20260321-kimurayuka/</link>
        <pubDate>Sat, 21 Mar 2026 11:00:22 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[mukcyen / ムッシャン]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>2023年に設立し、「JFW NEXT BRAND AWARD 2026」でグランプリを受賞した今注目のブランド、Mukcyen（ムッシャン）。デザイナー木村由佳が見つめる死生観、色と空間で立ち上がる感情、そして肌に触れる服の意味とは。その言葉の先に、今の時代に服を作る意味が浮かび上がる。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
<p>&nbsp;</p>
不確かな未来の中で、何を着て生きるのか
<p>──「Mukcyen（ムッシャン）」というブランド名には、ご自身の苗字の中国語表記を元にした造語という背景があるそうですね。どんな思いから名付けたのでしょうか。</p>
<p>「あらゆる出来事や言葉に対して、意味が決まりすぎてしまうことは、それ以上考えられなくなってしまう原因の一つだと思っています。“〇〇っぽい”“文脈的にこう”と簡単に整理されてしまう場面を多く見てきました。だからこそ私は、『言葉になるまでの過程』を楽しみたいと思いました。名前の時点で内容を固定せず、作品を作り続ける中で更新されていく器として、このブランド名を考えました」</p>
<p>──ブランドの根底にある「死生観」は、どんな経験から形づくられたのでしょうか。</p>
<p>「大切な人を失う経験などを通して、死そのものだけでなく、死までの過程や死後の世界に強く関心を持つようになりました。どういう経過で人は亡くなっていくのかや死の美学について綴られた書物に惹かれ、気づけばたくさん読みあさっていました。仏教的な思想にも触れ、『残された人がどう生きるか』を考えるための手がかりになっています」</p>
<p>──死に対するイメージは、表現を重ねる中で変化しましたか。</p>
<p>「最初はどうしてもネガティブな印象が強かったのですが、歴史を辿るうちに、死はどの時代でも大切に扱われてきたものだと知りました。ファーストシーズンでミイラをテーマに選んだのは、『亡くなった人とつながり続けたい』という強い愛情に惹かれたから。死は終わりではなく、想いをつなぐ行為でもある。そのことに気づいてから、死は新しい表現やポジティブな方向性にもつながるものだと感じるようになりました」</p>
<p>──そうした思想は、どのようにデザインへ落とし込んでいますか。</p>
<p>「抽象的な思想であっても、服としては直感的にわかりやすく受け取ってもらえるようなデザインを意識しています。例えば、2025年秋冬コレクションでは時間がキーワードだったので、時計のモチーフを使ったり、時間の流れを感じさせるシルエットを取り入れたり。もうひとつ大切にしているのは、適度な緊張感です。肌で感じられて、ストレスはないけど着ることで意識が少し引き締まる。そんな感覚をもたらす服を目指しています」</p>
</p><p></p>感情が服になる瞬間
<p>──26年春夏コレクションで「7月5日の予言（※）」というテーマを選んだ理由は？</p>
<p>「予言そのものを信じたわけではなくて、その“可能性”に対する世の中の反応がとても興味深かったんです。不安や恐怖、不確定な未来に対して人はどう振る舞うのか。でも実際には、日常はそれほど大きく変わらなかったですよね。その事実がとても印象的でした。もし『何かが起きるかもしれない一日』だとしたら、どう過ごしたいのか。私は防備する服を着るよりも、どの時間帯でも自分が心地よく、納得できる状態でいたいと思ったんです。だから今回は、着ている服が自分を守るものというよりも、自分の感覚や気持ちを整えてくれるものになるよう意識しました」</p>
<p>※漫画家・たつき諒が『私が見た未来 完全版』で、25年7月5日に大災難が起こると予言。SNSで拡散され大きな話題になった。</p>


	


<p>2026年春夏コレクションにて初のショーを開催。「7月5日の予言」をテーマに、不確かな未来に人はどう振る舞うのかという問いを提示。ランジェリー要素やルームウェアの延長にあるアイテムなど、日常と地続きの服を通してメッセージを表現している。写真左は、肌への負担を抑えるアルガンオイル配合素材を開発した「セカンドスキン」ラインのルック。</p>
<p>──その考えを象徴するのが、先シーズンから継続して登場しているスキンケア効果のある「セカンドスキン」ですね。</p>
<p>「はい。長い着用時間でも着る人がストレスなく過ごせるものを作りたいと思い、アルガンオイルを配合した素材を開発し、肌に負担をかけないアイテムを制作しました。どの時代においても素材はいちばん重要なものだと思っていて、今の時代感を感じるようなファッションとスキンケアの領域を深く結びつけたいと考えました」</p>
<p>──洋服のカラートーンはシンプルで、会場は照明で赤に染まっていました。そこに込めた思いとは？</p>
<p>「今回は近未来の機械的なムードを意識して、洋服全体のカラートーンは寒色寄りにしています。その中で、夕日や桜の時期を感じられるピンクを差し色に。ピンクは普段あまり使わない色でしたが、自然と惹かれていた自分自身に少し驚きがありました。一方で、会場全体を包んだ赤の照明はブランドカラーでもあり、最も感情が伝わる色だと感じています。血の色であり、だから生きている証でもあり、同時に警告や危険を知らせる色でもある。緊張感や不安を空間として体感させるには、赤が一番強いと思いました。会場の音楽にはAIの音声を使用し、あえて感情のない音声を取り入れることで、想像の余白が生まれるように構成しています。洋服があふれる世の中で、『この時代にしか生まれないもの』を意識しながら制作しています」</p>
<p></p><p>──初めてショーを開催して、どんな手応えがありましたか。</p>
<p>「空間と感情を共有できる場所は特別でした。静止画では伝えきれなかった、動きや空気の流れまで含めて服が作用していく瞬間を体験できたのは大きかったです。3月に行うショーでは、感情のグラデーションを、より立体的に伝えていきたいですね」</p>
<p>──クリエイションの中でいちばん大事にしていることは？</p>
<p>「流されすぎず、時代と向き合うことです。時代の流れに乗ること自体は、決して悪いことだとは思っていません。むしろ、人は時代によって形づくられるものだとも感じています。だからこそ、これまで否定されてきた価値観が、いまどんなふうに変わろうとしているのか。そこを丁寧に受け止め、探り続けることが、今の自分にとっていちばん大切な姿勢です」</p>
<p>──これから、どんなデザイナーでありたいですか？</p>
<p>「インフルエンサーという経歴が、必ずしもポジティブに受け取られてこなかった時期もありました。そんな偏見を持たれやすい背景がある中でも、真剣にファッションと向き合い、ブランドとして成立させていく。その姿勢を通して、誰かを勇気づけられる存在でありたいと思っています」</p>
<p></p><p>The post デザイナー・木村由佳インタビュー「流されすぎず、時代と向き合う」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>俳優・土居志央梨インタビュー「楽をしないこと。思考を止めずに最後まで考え抜く」</title>
        <link>https://numero.jp/20260320-doishiori/</link>
        <pubDate>Fri, 20 Mar 2026 13:00:47 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>話題作への出演が相次ぐなか、俳優・土居志央梨は立ち止まり、考えることをやめない。NHK連続テレビ小説『虎に翼』で演じた山田よね役では、役を決めつけないことで、凛とした存在感を生み出した。バレエで培った身体性と、思考を止めない姿勢を携え、彼女はいまも余白のある表現を模索し続けている。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
<p>&nbsp;</p>
何にでもなれる余白を、手放さない
<p>──NHK連続テレビ小説『虎に翼』（2024年度前期）で、男装の女性弁護士・山田よねを演じました。ヒロイン寅子の同級生であり、生涯のソウルメイトとして多くの視聴者に愛されたキャラクターです。</p>
<p>「よねは最初、共感できるキャラクターではなかったんです。3週目で過去が描かれるまでは、なんでこんなに怒っているんだろう、ただ当たり散らしているだけの乱暴な人だったらどうしようと戸惑いました。でも台本を読んで、根はただただ情熱のある真面目な人で、不器用な形で外に出てしまっているだけなんだとわかってからは、『普通の人じゃん』って。親からひどい扱いを受けて、ちゃんとしたコミュニケーションを知らないだけの人。そう理解してからは、すごくやりやすくなりましたし、脚本家の吉田恵里香さんが本当に身を削って書いてくれていることを感じました」</p>
<p>──土居さんが役作りで大切にしていることは何ですか。</p>
<p>「現場でほかの役者さんと実際にお芝居したときにどう感じるかがいちばん大事なので、余白を残すようにしています。よねは笑わないキャラでしたが、そう決めて入ったわけではなく、対峙していて怒りが湧き上がって、結果そうなっただけ。歩き方や姿勢も決めない。よねの凛とした姿勢も、舐められないように、負けないようにと感じたから自然とそうなっていきました」</p>
<p>──最終週の、裁判官が15人居並ぶ最高裁大法廷で、尊属殺重罰規定の違憲を訴える長い弁論は圧巻でした。</p>
<p>「あの弁論には実際にモデルの方がいらっしゃって、ほぼ同じ言葉をしゃべっているんです。しかもクランクアップの日で、1年間やってきた最後でした。いろんな思いがありすぎて、集中しているのに気持ちがたかぶり、落ち着かないと、と必死で。エキストラの方が息を呑む音とか大きなセットで自分の声が響くのとか、すべて鮮明に覚えています。あの場面をやれたことで、めちゃくちゃ強くなれた気がします」</p>
<p>──よねさんと轟（戸塚純貴）とのバディも人気でしたね。</p>
<p>「性別関係なく、フラットで対等な関係性の二人に憧れる人は多いだろうなと思います。同性同士でも異性同士でもなく、本当にただの人と人でしかないという感じが、すごくいいんだろうなって」</p>
</p><p></p><p>──3月には、『虎に翼』のスピンオフ『山田轟法律事務所』が放送されますね。</p>
<p>「台本を読んで、ハードだなと思いました。戦時中、よねが寅ちゃんと再会するまでの空白の時間を描いているんですが、私が想像で補っていた部分が明確に言葉で書かれていて、こんな経験をしていたのかと。本編の撮影から期間が空いたこともあり、撮影中は体調を崩してしまって。あのときの感覚に急に戻したから体がついていかなかったんだと思います。それだけ大変な役なんだなとあらためて感じました」</p>
<p>──『虎に翼』の共演者の方々はどんな存在ですか。</p>
<p>「仲間、同志ですね。ある時期一緒に戦っていた人たちだから、全部話さなくてもわかってくれる何かがある。（伊藤）沙莉さんは最後まで本当にすごいなと思いました。若手からベテランまでたくさんいる中で、1年間パワフルに現場を引っ張って。沙莉さん、森田望智さんとは昨年もクリスマスパーティをしたんですよ。久しぶりに友達ができた現場でした」</p>
<p>&nbsp;</p>
逃げた先で芽生えた「楽しい」
<p>──土居さんのお芝居の軸には、バレエを3歳から15年続けた身体能力の高さもあると思います。大学進学を機にやめたそうですね。</p>
<p>「人生でいちばん大きな決断でした。周りから『もったいない』と散々言われましたが、心が本当にもうやれないところまで行っていて。大学に入るのも、お芝居がしたかったわけではなく、普通の生活がしたかったから。半分逃げでした。でも逃げた先でお芝居に出会って、バレエ時代に忘れていた『楽しい』という感情がまた芽生えた。それが今も続いているだけです」</p>
<p>──土居さんにとって“選択”とは。</p>
<p>「決断って大きなジャンプが必要なイメージがあるけど、そんなに大きいことじゃないのかも。違うと思ったらまた戻れるし、何度でも選択すればいい。逃げても、好奇心で動いてもいい。リラックスした心の状態でいることが一番大事で、そのための試行錯誤は何度だっていいと思っています。執着があまりないんですよね。それがいい感じです」</p>
<p></p>全身で表現する喜び
<p>──「いちばん呼吸できる場所は舞台」とおっしゃっていますね。</p>
<p>「バレエを15年やっていたので、全身で表現することが体に馴染んでいるんです。お客さんの前で何かをやるという状態がいちばん生きている感じがする。映像作品は最近までカメラを前にすると縮こまる感覚があったんですが、やっとそれが取れてきました。2月公演の舞台『黒百合』は見たことのない台本で、ト書きに想像もできないことがいっぱい書いてあって。演出の杉原邦生さんならきっと形にしてくれると思って、好奇心でやりますと言いました」</p>
<p>──Netflix映画『10DANCE』では見事なダンスも披露されています。</p>
<p>「踊っているとやっぱり楽しくて。当時の自分を俯瞰して見ることもできて、頑張っていた自分に対してちょっと答えが出た感じがしました。15年間バレエに捧げてつらかったけど、良かったなって。当時の自分に言葉をかけるとしたら、『頑張ってくれてありがとう』ですね」</p>
<p>──これからどんな表現者でありたいですか？</p>
<p>「面白がってもらえる人がいいですね。常に余白を持って、何にでもなれる状態でいたい。SFが大好きなので、全編グリーンバックとか特殊メイクに8時間かかるような役もやってみたい。限定されない、幅のある役者でいたいです」</p>
<p>──最後に、ご自身のクリエィションでいちばん大事にしていることとは。</p>
<p>「楽をしないことですね。お芝居に正解はないし、書かれてある言葉をしゃべるだけの仕事。だからこそ考え抜いて、何度も疑って、最後まで思考を止めない。仕事を続けていると自分の習慣や癖が出てくるから、それを毎回疑う。めちゃくちゃ考えて、結局最初にやったものとあまり変わらなかったとしても、その過程で何かが変わると思っています」</p>
<p>&nbsp;<br />
『虎に翼』スピンオフ『山田轟法律事務所』<br />
放送日時／2026年3月20日（金・祝）21:30〜22:42（72分・全1回）<br />
出演／土居志央梨、戸塚純貴　ほか<br />
URL／https://www.nhk.jp/g/ts/LG372WKPVV/</p>
<p>&nbsp;<br />




『虎に翼』吉田恵里香インタビュー「生理を描く覚悟」 
Culture / 13 09 2024



</p>
<p></p><p>The post 俳優・土居志央梨インタビュー「楽をしないこと。思考を止めずに最後まで考え抜く」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>漫画家・谷口菜津子インタビュー「心から自分が必要としている漫画を生み出したい」</title>
        <link>https://numero.jp/20260309-taniguchinatsuko/</link>
        <pubDate>Mon, 09 Mar 2026 01:00:04 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>話題作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』をはじめ、日常に潜む違和感をすくい上げる作品で支持を集める漫画家・谷口菜津子。彼女が創作のなかで大切にしているのは、「自分が正しいと思わないために」描き続けることだ。その姿勢が、読む人それぞれの居場所をひらいている。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
<p>&nbsp;</p>
自分が正しいと思わないために
<p>──10年ほど前までは谷口さんの作品といえばエッセイ漫画という印象が強かったのですが、ストーリー漫画を多く描かれるようになったきっかけは何かあったのでしょうか？</p>
<p>「具体的なきっかけみたいなものはないのですが、物語を作ることも子どもの頃からずっと好きで、オリジナルストーリーを描いてみたいと漠然と思っていたんです。それと同時にエッセイ漫画を描くことに少し飽きていたり、限界をうっすら感じていたりもしました」</p>
<p>──そうだったんですね。</p>
<p>「はい。自分にとって良くない漫画を描いているつもりはなかったんですが、自分のことを考えすぎることによって自意識が悪い方向に働いてしまって。そんななか、食べ物や人間関係に目を向けることによって、自分に矢印を向けすぎなくて良くなり、楽になったんです。でも当時の担当編集さんにストーリー漫画のネームを持ち込んでも、なかなか取り合ってもらえませんでした。そんなとき、最初の単行本の編集を担当してくれた方の紹介で漫画誌の編集者と出会い、指導を受けながら読み切り作品でストーリー漫画を描くようになりました」</p>
<p>──ストーリー漫画をスムーズに描けるようになったのは、いつ頃からでしたか？</p>
<p>「『教室の片隅で青春がはじまる』という漫画は、かなり『自分の描きたいものを描いてやろう』という気持ちで描きました。『自分が必要とする漫画を描こう』といった感じで初めて描けた作品でした」</p>
<p>──そして『今夜すきやきだよ』と一緒に手塚治虫文化賞新生賞を2022年に受賞されましたね。</p>
<p>「一回、むちゃくちゃ好きなものを描いて、そこからもう少し売れることを意識して漫画を描こうと思っていたので、すごくいい評価をいただけてうれしかったですし、びっくりしました」</p>
<p>──どちらの作品も多様性がテーマの一つになっていましたが、社会的なテーマを取り上げようと考えたきっかけは何だったのですか？</p>
<p>「手塚治虫文化賞をいただいたときに『多様性を柔らかな筆致で描いた』と評価していただきましたが、多様性を作品に入れようという意識はあまりしていなくて。社会的なテーマにしても『今こういうことで困っている人がいるから作品に入れよう』というよりも、自分が実際に生活をしていて嫌だったことや、自分の身近に起きた『これをどうにか解決したい』みたいなことを中心に描いています」</p>
<p>──では、ごく自然に作品の中に取り入れていた？</p>
<p>「そうです。『こんな漫画があったらいいだろうな』みたいに。誰かが『自分に重ねられるキャラがいないな』と落ち込まないような作品にしたいと思って描いています」</p>
</p><p></p>悩み、考え続けながらの創作
<p>──連載中の『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は複雑なテーマも取り扱っていますが、描くうえで気をつけていることはありますか？</p>
<p>「正しい価値観というのは、そもそも無いと考えていて。私と真逆で『女が料理をすべきだ』と考えている人がいたとしても、その人個人の中で抱えるだけであったら間違ってないと思うんです。価値観を押し付けることがよくないと私は思っているので、その人が読んだときに『自分はダメなのかな？』と感じさせないようにしたいと思っているのですが、やっぱり難しいです。たまに『この漫画を読んでいると、女の子らしく生きようとしている自分が悪いように思ってしまう』といった感想も見つけてしまったりするから『どう描けば良かったのだろう？』というのは、ずっと悩んでいます」</p>
<p>──一巻のあとがきに「（主人公の）海老原勝男の物語は、私自身に対する警告のようなところがある」とありましたが、歳を重ねるごとに社会とのずれが生じていると感じられていたりするのでしょうか？</p>
<p>「とても感じています。夫も漫画家で、若いアシスタントさんがたまに家に来たりするのですが、彼らにとって私は、上司の妻であり、漫画家の先輩でもあるから、彼らは本音でしゃべれていないと思うんですよ。だから下の世代の方々が言ったことを文言どおりに受け取ってはいけないと思うし、しゃべっていて価値観の違いを感じないのも、もしかしたら彼らが私に合わせてくれているだけで、もしかしたら老害のスタートみたいなところもあるかもしれない。だから今すごくドキドキしている時期です」</p>
<p></p><p>──価値観をアップデートするために意識的にされていることは？</p>
<p>「まず自分が正しいと思わないように生きていますし、漫画も『これが正解ではない』と思いながら描いています。むしろ読者の方からもっと素晴らしい答えが見つかるんじゃないかくらいの気持ちでいます」</p>
<p>──だから読者の方からの感想や反響を読んでいると、ご自身のSNSで投稿されているのですね。</p>
<p>「そうなんです。ですが最近はドラマ版の反響がすごすぎて、インタビューにいっぱい答えていたら真摯な意見だけでなく、けっこう傷つくようなコメントを書く人もいて。『この人たちとどうやって話し合っていけばいいんだろう？』と考えすぎてしまい、『SNSを見るのは休憩しよう』という時期もありました」</p>
<p>──建設的な意見は、作品に活かすこともあったりするんですか？</p>
<p>「完全に作品に持っていこうと思うことはないですが、考えるきっかけにはいっぱいなっているので、ありがたく読んでいます」</p>
<p>──クリエイションでいちばん大事にしていることを一言で表すと？</p>
<p>「楽しさ。それがないと、やっている意味がないなと考えていて。自分の人生を豊かにするために漫画を描いているところがあるので、そこから外れないで作っていきたいなと思っています。売れるためだけに頑張りたいとか、苦しいけれどこのジャンルで描こうとか、そういうのではなく、本当に心から自分が必要で生み出したいという感情をすごく大事にしたいです」</p>
<p>──でも自分が必要だと思っているものと、ほかの人が必要だと思っているものが一緒なのは幸せですよね。</p>
<p>「そう、みんなが欲しいものと自分が欲しいものが重なったとき、なんかいい感じになるなって。やっぱり読者の方からのお手紙でも『この漫画を読んで頑張ろうと思いました』とか、『前向きになりました』といった言葉をいただけると、お互いの需要と供給が一致したみたいなうれしさがありますね」</p>
<p></p><p>The post 漫画家・谷口菜津子インタビュー「心から自分が必要としている漫画を生み出したい」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>この春、銀座に満開のアートが花開く——現代美術家SHUN SUDO独占インタビュー</title>
        <link>https://numero.jp/interview479/</link>
        <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 05:00:06 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Shun Sudo / しゅん すどう]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>ひと目見たら忘れられない「BUTTON FLOWER（ボタンフラワー）」をアイコンに、ポルシェや「クリスチャン ルブタン（Christian Louboutin）」とコラボレーションするなど、注目を集める現代美術家SHUN SUDO。ニューヨークでのデビュー個展から10年を経て新境地を開拓、全点新作による大規模な展覧会がGinza Sony Parkで開幕を迎える。象徴的な“花×ボタン”モチーフの由来から、たゆまぬ創造の秘訣まで。Numero.jp独占取材によるインタビュー。</p>
<p class="picture"></p>
“人の心をつなぐ” 自由な作風を育んだもの
<p>——表現のコンセプトと、作品を象徴するモチーフ「BUTTON FLOWER」に込めたメッセージについて教えてください。</p>
<p>「世界中を旅して印象に残った風景や出来事が、記憶やイメージとして自分の頭の中に蓄積されていき、それをどう表現しようかなと考えながら絵と向き合っています。『BUTTON FLOWER』については、2015年に初めてニューヨークで個展を開催した時に描いたモチーフが原点です。街の人々のエネルギーを花に見立てて、花とスマイルマークや洋服のボタンを組み合わせて描いてみたところ、モチーフとコンセプトがぴたりとはまる感じがして。それ以来、二つの生地をつなげるボタンのように、『人と人の心をつなげたい』という思いを込めるようになりました。もし世界地図で生地を作ったとしたら、端にある日本をボタンとして、西洋と東洋を1枚のジャケットとして留めることができる。そんなイメージも重ねています」</p>
<p class="picture"></p>
<p>——独学でアートの道を志したそうですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。</p>
<p>「絵に関しては、物心ついた頃からずっと描き続けてきました。その後、海外に遊びに行った時にリキッドアイライナーで友達の肌に絵を描いてあげたところ、とても喜ばれて。言葉の壁を超える力を感じましたね。そこから誕生日カードを描いてプレゼントしたりするうちに、自分が表現できるもののなかで一番これがしっくり来るな、と感じるようになりました。<br />
あと大きいのはマンガからの影響です。子どもの頃はマンガばかり読んでいましたし、絵を描く時も『ドラゴンボール』をはじめ、モチーフをポップにデフォルメして描く鳥山明先生ならではの技法など、インパクトを受けた表現を自分なりに探求して、楽しみながら描いていました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>——マンガと異文化交流を通じて、日本らしさとポップの両方に通じる感覚を養っていったわけですね。</p>
<p>「日本らしさといえば、実は小学生の頃、歌舞伎の舞台に子役として出ていました。海や松の木など、歌舞伎の書き割りの絵は独特のデフォルメ表現で、舞台の上から見るとすごく巨大でインパクトがあった。あの時の影響から、体で圧を感じられるような絵を描きたいなと思うようになりました。歌舞伎については代々の家柄というわけでもなく、子役で辞めてしまったのですが、二代目 中村吉右衛門さんにはとても可愛がっていただきました。吉右衛門さんも絵を描いてらっしゃって、地方巡業中に僕が海を見て描いていたら「目に映るものすべてを描かなくていいんだよ」と教えてくださって。楽屋で化粧中の僕の姿を描いていただいた絵は、今でも大切な宝物です」</p>
<p>——まさに貴重な体験です。東洋と西洋、描くことと魅せること……多感な頃に感じてきたさまざまな要素が、現在の作風である、文脈を超えた表現にもつながっている気がします。</p>
<p>「イラストレーターとして活動した経験も大いに反映されていると思います。クライアントの要望に合わせていろいろなタッチで描いていくうちに、おのずと表現の幅が広がりました。ニューヨークでの初めての個展『Paint Over』でも、伝統的な水墨画を思わせる表現の上にストリートっぽいポップなタッチを重ね、固定観念を打ち壊そうと試みました。独学で始めたこともあり、その後も自分の中でジャンルを決めず、好きなものを自由に描く感覚を心がけています」</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>Ginza Sony Parkに満開の花が咲き誇る展覧会
<p>——今回の展覧会が開催されるGinza Sony Parkとは、2025年のオープン前からコラボレーションや展示を重ねてきました。</p>
<p>「きっかけは、僕自身がGinza Sony Parkの考え方に触れたことです。具体的には、旧ソニービル（1966〜2017年）の建て替えにあたって、誰もが思い思いに過ごすことのできる “公園” を作るというプランでした。古いビルの解体後の2018〜21年には、銀座の一等地にもかかわらず、高い建物がなく植物がたくさん植えられたスペースが出現して、『本当にこんなことができるんだ』と驚きましたね。その時は地下のアートウォールを手がけたり、実験的スペースのSony Park Miniで作品を展示したり。その後も工事期間中の仮囲いに絵を描かせていただいて、現在の建物がオープンする直前の24年にも、内装工事前の空間で山口幸士さん、玉山拓郎さんと3人展『ART IN THE PARK（工事中）』を行うなど、普通ではできないような体験をさせていただいたと感じます。その経験をふまえて、次はぜひ一人で展覧会をやりたいと思い、今回の展覧会につながったという流れです」</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO “HANA-MI”」展示風景より。©︎ Keisuke Nishitani</p>
<p>——「ART IN THE PARK：SHUN SUDO &#8220;HANA-MI&#8221;」と題して、実に4フロアにもまたがる大規模な展覧会になりますが、どんなコンセプトで臨みますか。</p>
<p>「Ginza Sony Parkのコンセプトは、『アクティビティと余白で、人と街、人と人をつなぐ。』こと。銀座の中心にありながら大きな空間で街とつながり、誰もが自由に楽しめる公園のような余白を体現している点に、僕もつねづね共感してきました。そして、今回の展覧会が開催される3月の日本は、桜が咲くお花見の季節。僕がいろいろな景色の中で見た花を、余白がコンセプトの空間にたくさん咲かせることで、訪れる人の心を動かすことができたならと考えています」</p>
<p>——「BUTTON FLOWER」のモチーフに込められた意味と、誰もが楽しめるお花見というコンセプトに、昨今の世界情勢にも通じる強いメッセージ性を感じます。</p>
<p>「実は、表現に強いメッセージを込めるのはあえて避けるようにしています。作品を見た人から『元気が出るね』と言われることが多くて、今回もGinza Sony Parkのコンセプトのとおり、見る人に余白を持ってアートを明るく楽しんでもらいたいと考えていますね。実際、コロナ禍の2020年には作風をガラリと変えて、世界の出来事をテーマに描いていた時期もありました。アメリカ大統領選のニュースを見て、日米両国の最も有名なキャラクター同士がジャンケンをしている絵を描いたり、ブラック・ライヴズ・マター（BLM）の人種の問題を受けて、黄色いコーンに白いバニラと茶色いチョコレートのミックスソフトクリームの絵を描いたり。その後、こういうメッセージ性は自分の核としてありつつも、見る人にはなるべく明るく見てほしいなと思うようになったんです」</p>

	

<p>過去の作品より。（左）『Are You Ready?』、（右）『New  Normal Temperature』（ともに2020年 ©︎SHUNSUDO）※参考作品</p>
<p></p>何者にもとらわれず変化していくアートの展望
<p>——そうしてご自身のスタイルを確立されてきたわけですが、「BUTTON FLOWER」のモチーフを縁取る黒い線が近年では柔らかく、よりフリースタイルな印象に変わってきました。その理由は？</p>
<p>「10年間、アクリル絵の具で描いていたのですが、とりあえず自分の形がはっきりしてきたので、ここ数年は油絵の具で描くようになったのがまず一つ。油絵のほうが表現の幅が広いと感じますし、新しい絵をどんどん描いていく感覚で試してみています。僕自身、子どもの頃に『美術って難しいな』と感じてしまったこともあり、そういう敷居の高さを取り払いたいという思いがある。ヨーロッパの美術館に行くとピカソやモネの絵を誰もが気楽に楽しんでいますが、僕の絵もそうやって、自由に楽しんでもらえたらと思うんです」</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO “HANA-MI”」展示風景より。さまざまなタッチの「BUTTON FLOWER」の表現も見どころの一つ。©︎ Keisuke Nishitani</p>
<p>「日本の小学校の授業でも、上手とか下手とか、苦手意識を植え付けられてしまう場合がありますよね。図工の授業の時、秋に落ち葉を拾ってきて絵を描いたんですが、先生がイチョウの葉を描いている女の子に『赤い葉っぱのほうがきれいだろう』と言ったことに違和感を覚えた記憶が残っていて。とはいえ、その先生のことは今でも尊敬しています。教室に音楽を流して、音に合わせて好きなように描かせてくれた楽しさは忘れられない。だからこそ、好きなものを自由に描きたい。今も油絵初心者なりに表現を広げて、いろいろなタッチを試みているところです」</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO “HANA-MI”」展示風景より。圧巻の大型作品も初公開される。©︎ Keisuke Nishitani</p>
<p>——クリスチャン ルブタンとのコラボレーションのためにパリに滞在したことも、いろいろな気づきにつながったそうですね。</p>
<p>「ルブタンさんとお会いしたところ、絵をすごくいいねとほめてくださって。1年ほどパリに通って打ち合わせや制作を重ねるなか、当初の予定から拡大して、ロンドンやミラノなど、各国で僕の絵を使ったキャンペーンを展開してくださいました。その頃につながったパリのグラン・パレRmn芸術工房と、今回の展覧会で発表するスカルプチャーの制作プロジェクトがスタートしたり、街の景色などに触れるなかで『ここで生活して絵を描いてみたい』と思い、アパルトマンを3カ月借りて美術館に通ったりしたことが、大きな影響につながったと感じます。そうやって見てきたものを自分なりにどう表現できるかな、と考えて日々描いていますね」</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO “HANA-MI”」展示風景より。グラン・パレRmn芸術工房で制作したスカルプチャー作品。©︎ Keisuke Nishitani</p>
<p>——将来の目標と、アーティストを目指す若者に向けたアドバイスをお願いします。</p>
<p>「今、こうやって描いていること自体が幸せなので、ずっと絵を描いていきたい。その結果、自分の絵がどう変化していくかも楽しみだったりします。一方で、もっと世界中、いろいろな場所に行ってみたいという思いもある。その土地の景色や印象が自分に影響を及ぼして、それが絵の中にも表れてくるんです。若い人たちへのアドバイスとしては、とにかく量を描くことだと思います。僕自身、頭の中に描きたいイメージはあるけれども、どんどん描いていかなければ、いい線は生まれてこない。イラストレーターの経験を経て、自分の中に表現のバージョンが数多く蓄積していることがすごく役立っていると思います。僕も今まさに描きながら、新しい自分のスタイルを探しているところです」</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO “HANA-MI”」展示風景より。会場限定のオリジナルグッズにも注目だ。©︎ Keisuke Nishitani</p>
<p>「ART IN THE PARK：SHUN SUDO &#8220;HANA-MI&#8221;」<br />
2025年に作家活動10周年を迎えたSHUN SUDO。花を描いた油彩の新作でGinza Sony Parkの4フロアに満開の花を咲かせる展覧会。新作のシルクスクリーンやスカルプチャー作品のほか、新作BE@BRICKの先行発売、トートバッグなど会場限定のオリジナルグッズも販売される。</p>
<p>※掲載情報は3月6日時点のものです。<br />
最新情報は公式サイトをご確認ください。</p>
<p>会場／Ginza Sony Park　B3F、B2F、3F、4F<br />
会期／2026年3月7日（土）〜3月29日（日）<br />
住所　東京都中央区銀座5-3-1<br />
時間／11:00〜19:00　※最終日は〜17:00<br />
休場／無休<br />
料金／無料<br />
URL／www.sonypark.com/activity/019/</p>
<p></p><p>The post この春、銀座に満開のアートが花開く——現代美術家SHUN SUDO独占インタビュー first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>サウンドアーティスト・細井美裕インタビュー「聞こえないものを、聞くために」</title>
        <link>https://numero.jp/20260306-miyu-hosoi/</link>
        <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 03:00:33 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>国内外の美術館でサウンドインスタレーションを展示したり音を使った舞台作品を手がけるサウンドアーティストの細井美裕。彼女が表現する音は、私たちに答えの出ない問いを投げかける。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>時間の違いを描き出す
<p>──音を用いた表現であるサウンドアートを制作されています。</p>
<p>「あくまで個人的な基準ですが、私にとって一般的な音楽は“誰かのためのもの”である一方、サウンドアートは“自分の問いを置いておくための空間づくり”という感覚で向き合っています。音というメディアを使いながら『この場所で、こういう雰囲気や照明の明るさで、この距離で聞いてほしい』と考え、空間そのものを作っていく。発表形態はサウンドインスタレーションが中心ですが、舞台作品や実験的な映画の音も手がけています」</p>
<p>──森美術館で開催中の「六本木クロッシング2025展」の展示作品『ネネット』は、装置としてのたたずまいも印象的です。</p>
<p>「スピーカーの面をあえて見せないようにしたのは、鑑賞者の心の中で見てほしい対象があるから。ネネットはパリ植物園の中にある動物園で50年以上暮らしているメスのオランウータンで、作品に使っているのは檻の前で録った音。ネネットは高齢でほとんど動かず、声も出さないので、聞こえるのは子どもの笑い声や飼育員の鍵など、周りの人間が立てた音。彼女自身ではなく、それに対して私たち人間がどう接したかを提示しています。</p>
<p>この作品を含む『ヒューマン・アーカイヴ・センター』は、さまざまな場所で対象と人間との関係性を記録するシリーズです。例えば第一作の録音場所は、ルーヴル美術館の『モナ・リザ』の展示室。誰もが写真を撮ろうとするなかで、私はカメラではなくレコーダーを回しました。『セルフィースティック禁止です』という警備員の声や、響き渡る赤ちゃんの泣き声などを通して『モナ・リザ』が人間にとってどれだけ熱狂的な対象だったか、その時点の“私たち”の姿をアーカイヴする試みですね」</p>
<p>対象と人間との関係を記録する「ヒューマン・アーカイヴ・センター」シリーズの新作。パリ植物園で暮らすオランウータン「ネネット」と人間たちとの、時を経て変わりゆく関係性が示唆される。　細井美裕『ネネット』　展示風景：「六本木クロッシング 2025 展：時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館（東京）2025-2026年　撮影：竹久直樹</p>
<p>──今作でオランウータンを対象として選んだ理由は？</p>
<p>「展覧会テーマの『時間』にうまくつながると考えたからです。彼女は最初、あの場所に見世物として連れて来られたかもしれない。そして今は、その姿に罪悪感を感じる人もいるでしょう。私自身、録音するうちにつらい気持ちになってきて。でも彼女が不幸かどうかは、誰にもわかりません。そのようにして、ネネットと私たちの関係は時とともに変わっていく。キュレーターからは、ネネットには毎日が反復である一方、人間の側は一瞬だけ来て去る点にそれぞれの時間の違いがあるという指摘がありましたが、まさにそのとおりだと感じます」</p>
<p></p>音を通じて問いを続ける
<p>──この表現を始めたきっかけは何だったのでしょうか。</p>
<p>「音に興味を持ったきっかけは、高校の入学式でコーラス部の合唱を聴いたこと。曲は武満徹の『混声合唱のための『うた』さくら』でした。その学校のコーラス部は世界大会で優勝するほど有名で、入部していろいろなホールで歌ううちに、場所によって音の鳴り方が違うことに気づかされましたね。その後、大学の美術史の授業で、自分が触れてきたのは現代音楽というジャンルだということがわかり、そこからフルクサスなどコンセプチュアルアートの作品に触れるなかで『私も作ってみたい』と思うようになった。たまたま音がバックグラウンドだったので、表現形態としてサウンドアートを作るようになったという流れです。</p>
<p>当然、音だけを作るのではなく、どのスピーカーをどういう角度や音量で設置するか、空間や鳴り方まで、考えることは多岐にわたります。ただ、2019年にスピーカーがたくさん並ぶ作品を制作したときから、スピーカーとの葛藤が始まってしまった。私が伝えたいコンセプトより、機材の見た目の強さに魅力を感じる人が多いことがわかったんです。だったら逆に隠してしまおうとした反抗期もありましたが、今は存在を認めた上で向き合えるようになりました」</p>
<p>──音楽のように作曲はしないけれども、環境そのものを作り込んでいるわけですね。</p>
<p>「私自身、サウンドエンジニアのアシスタントをしていた経験もあり、フィールドレコーディングといっても、ただ録って出しているだけでは決してないと考えています。今回撮影していただいた写真にしても“ただ撮っている”だけじゃないですよね。じっくりコンセプトを詰めてから録音して、その後も細かいエディットを重ねていく。とはいえ『エディットしてるな』と思われると、技術が前に出すぎてコンセプトが伝わらなくなってしまう。なるべく自然に、音として事実をねじ曲げないよう配慮しつつ、印象を調整しています」</p>
<p>──クリエイションのなかでいちばん大切にしていることは？</p>
<p>「“問いを置く”こと。私自身、作品を通じて解を出すことはできないし、押し付けたくはない。自分でも、同じ作品について10年後に考え直したらどんな違いが生まれるだろうという興味があります。でもそれは音に限らず、どんな表現にも通じることではないでしょうか。文芸誌『新潮』のエッセイにしても同じ気持ちで取り組んでいますし。ただ、音の作品は見た目がないぶん、作家の印象や経歴など事前の信用によって、どれくらい本気で聞いてもらえるかが左右される。人間関係のコミュニケーションにも似ていると思います」</p>
<p>──答えのない問いを続けていくのは大変ですが、その原動力はどこから来るのでしょう。</p>
<p>「どの作品にも『自分がこれをやることは避けられない』といえる“不可避さ”があり、それが『前回できなかったことをやりたい』という形で続いていく。自分でも根暗だと思いますが、そうやってつながっていくからこそ、やめられないんです。私が格好いいと思うアーティストの方々も、傍から見たら『もういいのでは？』と思うようなことをずっと探求し続けている。そうやって不可避さをずっと探し続けられる人でないと、どこかで創作が終わってしまうような気がしていて。だからこれからもずっと問いを置いて、考え続けていけたらいいなと思いますね」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「六本木クロッシング 2025 展：時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」<br />
会期／2025年12月3日（水）～2026年3月29日（日）<br />
会場／森美術館<br />
住所／東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー<br />
時間／10:00～22:00　※火曜日のみ17:00まで<br />
URL／https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2025/</p>
<p></p><p>The post サウンドアーティスト・細井美裕インタビュー「聞こえないものを、聞くために」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>映画監督・河瀨直美インタビュー「『対話』には世界をポジティブに変える力があると信じています」</title>
        <link>https://numero.jp/20260305-naomi-kawase/</link>
        <pubDate>Thu, 05 Mar 2026 03:00:13 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Naomi Kawase / 河瀨直美]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>西洋優位、男性優位の映画社会で、『殯（もがり）の森』がカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得するなど国際的な評価を得て、道なき道を切り拓いてきた映画監督の河瀨直美。本質を追求しつづけるその姿勢に学ぶ。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2026年3月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>虚実を超えた“本物”を捉える
<p>──新作『たしかにあった幻』は「失踪」と「臓器移植」の現実を重ねて描いています。どのようにこの題材を選ばれたのでしょう。</p>
<p>「失踪と臓器移植。この二つには、本人の意思が介在し得ない状況下で、遺された家族が過酷な選択を委ねられるという共通点があります。私が描き続けてきた『生と死』、そして死の後に存在する、遺された人々の想い。それらを接続するための共通項が、そこにあると感じました」</p>
<p>──本作でも、生と死の境界線は非常に鋭く、かつ曖昧で丁寧に描かれています。</p>
<p>「生きている人の感情はあからさまですが、死者の想いは誰にもわかりません。だからこそ、そこにはいない人の存在や、目に見えないものを立ち上がらせるためには、遺された者たちの葛藤や感情を丁寧に描くほか方法がない。映画ではそのことを常に意識しています」</p>
<p>──出自であるドキュメンタリーの地平を感じさせる、本物の記録かと錯覚するほど生々しいシーンの数々にも圧倒されました。</p>
<p>「『強い風が吹いても倒れない、強靭な表現』をつくりたい。それは作品の中にも『本物』の何かを残したいという意思でもあります。今回、病院のシーンでは徹底して『境界』をなくす工夫を凝らしています。私自身も白衣を着て黒子となり、病院内を普通に歩けば患者さんに話しかけられるような状態で過ごしました。スタッフ全員が医療従事者のユニフォームを着て、機材を隠し、現場全体を医療現場そのもののように作り替えたのです。</p>
<p>特に子役の子たちが『映画を撮っている』と意識せず、『自分は本当に入院しているんだ』という感覚に陥ることが重要でした。カメラを構える人も医師に見える。ギリギリの虚実の境界を行き来することで、演技を超えた生身の何かがスクリーンに定着します。映画はフィクションですが、そこに流れる感情は噓であってはいけない。今ある現状をそのままに捉えるドキュメンタリー性が、作品に強度を与えてくれると信じています」</p>
<p>──劇中では、救われた命を素直に「良かった」と言えない社会の空気も描かれています。</p>
<p>「我が子の臓器移植を待つ親御さんは、『早くドナーが現れてほしい』という切実な願いを抱えていますが、それは同時に『誰かの死を待つ』ことにもなってしまう。日本人の美徳でもある『他人に迷惑をかけない』という無言の圧力のような影響も大きくて、もたらされた奇跡を素直に祝福できない。そんな日本人の特性も含めて、現状の課題に向き合いたいと考えました」</p>
<p>──「時間は僕らの中にある」というセリフも象徴的でした。監督は「時間」の概念をどう捉えていますか？</p>
<p>「時間は私の映画にとって永遠のテーマです。物理的な時間は誰にでも平等に過ぎますが、心の中にある時間は人それぞれ。楽しい時間は一瞬に過ぎ、つらい時間は永遠のように感じます。映画は、その主観的な時間を行き来できるメディアであり、私にとって時間は『感情』と置き換えられるものかもしれません。過去の出来事をネガティブに捉えればそれは苦悩の時間になりますが、『あれがあったから今がある』と肯定できれば、時間は未来へ手渡せるバトンに変わる。世界を変えるのは環境ではなく、時間を司る自分自身の心なのかもしれません」</p>
<p></p>この地球から無駄な争いをなくしたい
<p>──日本と諸外国の組織のあり方で差を感じる部分はありますか？</p>
<p>「日本は8～9割方のプランニングを固めてから動く傾向がありますが、フランスなどでは2～3割のプランで現場に入り、瞬時の変化を許容する思い切りの良さと、自由さがある。一度決めたことを変えられない日本の硬直さは、表現者にとっては大きな壁です。さらに特定の誰か一人がすべてを背負う『属人化』した体制になりがちな問題もあります。一人で背負う美学も否定しませんが、その人しかできないことが多くなると、それは組織としてのサステナビリティが失われてしまいます」</p>
<p>──その「働き方」をアップデートするために、監督の現場ではどのような実践をされていますか？</p>
<p>「かつての映画現場は、監督を頂点としたピラミッド型でしたが、『河瀨組』ではなるべく多くの人と意見を交えるため、部署の境界を曖昧にしています。毎回撮影後に行うミーティングでは、全員が対等な立場で問題を共有します。『それは私の仕事じゃない』と互いに線を引くのではなく、照明部が撮影部を助けたり、録音部の声に耳を傾けたり、領域を超えて対話を重ねる。そうすることで、組織はより強くなります。働き方については私たちの世代が丁寧に時間をかけて環境を整え、次の世代に渡していくべきですが、一方で若い世代にはその人なりの別の感覚とやり方がある。そこはお互いに対話を重ねていくことで解決していきたいです」</p>
<p>──近年、東京五輪や大阪・関西万博など、国家プロジェクトにも関わってこられました。作家としてどのような使命感を感じていますか？</p>
<p>「プロジェクトの大小にかかわらず、私の願いは一つ、『この地球から無駄な争いをなくしたい』ということ。人間は善と悪を併せ持って生まれてきてしまったがゆえに、当人がどちらを選ぶかによって未来は変わってしまう。違う考えを持つ者同士は分断しますが、だからこそ、ちゃんと『対話』を重ねる必要性を感じています。そこで初めて新たな解決策が見えてくる。私が万博でプロデュースしたパビリオン『Dialogue Theater ーいのちのあかしー』も、その想いで制作しました。情報に忙殺され、自分の心で感じる時間が失われつつある今、領域を超えた対話こそが、未来を切り拓く力になるのではないでしょうか」</p>
<p>──国際的な評価を得ながらも、絶えず作品を生み出し続けるその原動力はどこから来るのでしょう。</p>
<p>「私自身の私利私欲はあまりなく、常に社会の『影』にある課題意識が原動力になっています。ハンセン病、不妊治療、そして今回の臓器移植……。表層的な華やかさの裏で、見落とされがちな存在を知るための窓口になりたいのです。その渇望が私を突き動かしています」</p>
<p>──世界へ挑む次世代の女性クリエイターたちへどんなことを伝えたいですか？</p>
<p>「自分の考え方を信じて、もっとオープンに世界を広げていってほしい。あなたの感じる違和感や、あなただけに見えている光を、決して手放さないでください。そうすれば、あなたという存在を包括した、多層的な世界を形にできるはずです」</p>
<p>&nbsp;<br />
</p>
<p>『たしかにあった幻』<br />
監督・脚本・編集／河瀨直美<br />
出演／ヴィッキー・クリープス、寛一郎、尾野真千子、北村一輝<br />
URL／https://happinet-phantom.com/maboroshi-movie/<br />
全国公開中</p>
<p></p><p>The post 映画監督・河瀨直美インタビュー「『対話』には世界をポジティブに変える力があると信じています」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>ガラス作家・波多野裕子インタビュー「石と陶器とガラスの間のような色と質感に魅せられて」</title>
        <link>https://numero.jp/20260304-hiroko-hatano/</link>
        <pubDate>Wed, 04 Mar 2026 03:00:44 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Hiroko Hatano / 波多野裕子]]></category>
		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>曇り空のような、水墨画のような繊細なグレーのグラデーションと端正なラインが生み出す、ミニマルなガラスの器。ガラス作家・波多野裕子は、砕いたガラスの粉末を型に詰めて焼成する、伝統的なガラス工芸のパート・ド・ヴェール寄りのキルンキャスティング技法を用いて、日常に寄り添う道具を作る。そこにたどり着くまでの道のりとその創作への率直な思いをたずねた。</p>
<p class="picture"></p>
舞台照明、陶芸を経て、ガラスの世界へ
<p>──もともと工芸の世界には興味をお持ちでしたか。</p>
<p>「幼い頃から、ままごとで石器や土器を作って大昔の原始人ごっこをしたり、『大きな森の小さな家』シリーズの物語の中の、自分で編んで麦わら帽子を作るという世界観に憧れていました。そんなふうに物心ついた時から、何かを作ることが好きだったのだと思います。小学校では、学校に陶芸の窯があったのもあり、陶芸クラブに入ったりしていました」</p>
<p>──原始人ごっこをされるということは博物館に行くのも好きだったのでしょうか。</p>
<p>「土器や石器を見るのは好きですが、博物館では展示品に触れられないので、見るだけでは飽き足らず、その先に自分で手を動かして触って試したいという気持ちがあります」</p>
<p>──小学校から親しんでいたという陶芸ですが、職業とは結びつかなかったのですか。</p>
<p>「あまり結びついていなかったと思います。 大学では陶芸部もあったので見学はしましたが、入部せず、オールラウンドサークルに入りました。ですが、やっぱりつまらなくなく感じ、その後、舞台美術研究会に入りました」</p>
</p><p></p><p class="picture"></p>
<p>──舞台美術研究会ではどんな活動を？ </p>
<p>「演劇サークルの舞台美術や舞台照明、文化祭の看板、早慶戦の応援用のパネル看板作りをしていました。 私は大雑把なところがあり、板を寸法通り正確に直角に切ることが苦手で、気づくと斜めになっていたようで、装置には向いていないようでした。それもあり照明を担当し、文化祭の前夜祭で、ジャズサークルのコンサートやダンス公演の照明を手がけていました。</p>
<p>光で強弱をつけたり、色を取り入れたりという作業は面白く、思い返せば、その時の経験が今に至っているように思います。大学卒業後は、一度はテレビ番組の制作会社に入社しました。ただテレビ番組の制作は基本的には構成・演出が中心で、私はどちらかというと美術のほうで手を動かしたかったのだと思い返し、3カ月くらいでやめてしまいました」</p>
<p>──それは次の道を探すために？</p>
<p>「何かやりたいことが決まっていたわけではなく、やめてから次のことを始めるまでの期間は長かったような気がします。そんな中、陶芸を再開しましたが、仕事にしようというのではなく、何か手を動かしたいという趣味の延長でした。それでも本格的に学べる陶芸教室だったので、登り窯で焼いたり、その灰で釉薬を作ったりしていたら歴は長くなり気がつくと、初心者クラスを教えるようになっていました」</p>
<p><br />
特注した研磨機で削りながらまず形や表面の厚みを整える。</p>
<p>──それでも陶芸を生業にするという気持ちはなかったのでしょうか。</p>
<p>「ありませんでした。教室に通っていた中には陶芸家になった友人もいますが、私はしっくりこなかったのです。他にも、銅の鍋を作りたいと鍛金教室に通ったり、小さいスプーンを作りたいと思い、彫金を学んだりもしました。ですが、どれも仕事ということではありませんでした」</p>
<p>──どのようにしてガラス作りに出会ったのですか。</p>
<p>「陶芸は極めたわけではありませんが、私の中ではどこかやり尽くしたような感覚がありました。そんなとき出かけた新宿のリビングデザインセンターオゾンで開催されていたクラフトフェアで、パートドヴェール技法の作家さんの作品に出会ったのです。作品を見て、『何だろうこれは』と思い、早速どこか体験できるところはないか調べました。最初に見つけた教室は少し体験させてくれる程度でしたが、しばらくして見つけた別の教室では、 粘土で原型を作ってから石膏で型を取り、ガラスの粉を入れて焼いて、最後研磨機で削るまで、最初から最後まで一連の作業をやらせてもらいました」</p>
パートドヴェール技法を再解釈した自己流スタイル
<p>微妙に色味の異なるグレーのバリエーション。さらに研磨し濃淡が生まれてくる。</p>
<p>──そこからパートドヴェールにはまっていったと？</p>
<p>「私は陶芸でも、ろくろの成形よりも削って自分の理想の形に仕上げていく作業が好きだったのですが、その教室では、先生が好きなようにやらせてくれ、延々と削ることができたのが楽しくて、通うようになっていました。先生が褒め上手だったこともあり、次第に習うというよりは、作品制作へと気持ちがシフトしていったのです。その後、『工房からの風』という野外展覧会に出展したのをきっかけに作家活動が始まりました」</p>
<p>──これだと思って進んで、そこに迷いはなかったのですね。</p>
<p>「自然に足を踏み入れ、ありがたいことに作品の依頼もあり、 周りに道に乗せてもらって、気づいたらその道を突き進んでいました。2011年頃から始めましたが、クラフトブームという時代に後押しされて、今に至っています」</p>
<p>ろくろで原型を作り、石膏で鋳型を作っていく。</p>
<p>──パートドヴェール技法に出会って、 作りたいものが見えてきたんでしょうか。</p>
<p>「私が初めて見たパートドヴェールの作品は、まるで発掘品のような質感でした。一般的には、パートドヴェールは装飾性が高い作品が多いのですが、デコラティブではなく、表面が凹凸していて出土品のような佇まい。それこそ子どもの頃に、ままごとで作っていた土器、石器を思い出させました。考古学にも興味があったこともあり、発掘品のように見えるガラスにとても魅力を感じたのです。</p>
<p>そして、パートドヴェールは、原型を粘土で作るのですが、陶芸をやっていた私にとってはそこもしっくりきました。当時、ろくろを引いて型作りから自分でやるのは珍しかったようです。だから、ガラスが好きなのかと聞かれると、それはよくわかりません。原型を作ること、石と陶器とガラスの間のような色合いと質感、発掘品のような佇まい、私の好きな要素が全て一つにまとまっている感じに惹かれたのだと思います」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──作品制作において追求しているものは？</p>
<p>「形状と色です。この色については、 舞台照明をやっていた時に好きだった色に似ていると、 大学時代の友人には言われます。照明の色なのかどうかは分かりませんが、 照明の色というとカラフルなイメージがありますが、私の照明は渋めの色でした。基本的に、強い色はあまり得意ではなく、どんなものでもグレーっぽい色味が好きだったのだと思います。 なのでパートヴェールでもカラフルではなく一段フィルターがかかったような色味を好んで作ります。 少し赤みを足してみたり、 青っぽくしたり、 その時々で自分の中の流行りがありますが、グレーの範囲内で、曖昧なニュアンスカラーを追求しているのかもしれません」</p>
<p></p>色も形も納得いくまで突き詰める
<p class="picture"></p>
<p>──色を生み出す上でのインスピレーションは？</p>
<p>「おそらく色は日々ずっと見ているのだと思います。例えば、クリスマスローズの紫だけどグレーっぽい、濁りを帯びた色味、それにコンサートに行っても気づくと照明に目がいきます。中でも、緑と紫の発色の強い上部ではなく、薄くなっている下のほうでスモークがたかれ、さらに淡くなった緑と紫の組み合わせが好きで、作品にもよく取り入れています。見た人も気づかないほど本当に微妙な色の組み合わせを表現しています」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──では形における自分らしさはどう表現しているのでしょう。</p>
<p>「人によって心地いい形があると思いますが、私にとっては、グラスだったらシャープなラインとお尻と口の形のバランスです。原型は全てろくろを引いているので、同じように見えるグラスも、二つと同じものはありませんし、きっちり揃えようとはしません。特に、蓋ものは毎回好きなように作っていきます。 形を作ることはやっぱり楽しいです」</p>
<p>ここから研磨を重ねて仕上げていく前段階の作品。</p>
<p>──自分の中で納得のいくいい色とは？ 形と色が合致した着地点のようなところはありますか。</p>
<p>「色はだいたい基本のレシピのようなものが何パターンかあり、 その時々で少し調合を変えたりしています。焼き上がりが少し違うように思えても、研磨しているうちに、ガラスの厚みの変化で色の見え方も変わり、納得の位置に着地したりもします」</p>
<p>──例えば、陶芸だと最後の窯入れで割れてしまうなど予測不能なことが起こり、その偶発性も含めて魅力という部分があると思いますが、ガラスにおいてはどうですか。</p>
<p>「私に関しては、窯から出した後の作業が多いため、陶芸ほどは窯から出して終わりということではありません。色の混ざり具合というのは、その時次第で計算できることではありませんが、そこから研磨によって自分好みに薄さや形を調整できます。 陶芸において、私が得意でなかったのは、 ろくろで引いたサイズから焼き上げると縮むということでした。 縮みも想定して作ることが、自分の中にすっと入ってこなかったのです。ガラスは縮みがない上に、窯出し後、もう一度、自分で手触りや口元の質感を変えられる。 最後は自分の手に委ねさせてくれる、納得いくように終わりを決められる点が魅力だと思います」</p>


	


<p>（上・左）何台もの研磨機を使いわけながら、何段階も研磨して仕上げていく。（上右）形を整えたガラスの厚みをさらに薄く、表面の質感を滑らかに調整していく。（下）ヒップラインの窪みなど、形状のディテールをさらに滑らかに納得のいくまで整え続ける。最後、機械の届かない細部や繊細は一輪挿しの口などは手作業で研磨する。</p>
用の美の中で自由に表現する
<p>──ところで、波多野さんが作るものは、アート作品というよりも道具でしょうか？</p>
<p>「使うものです」 </p>
<p>──だとすると使い手のことを想定したりもするんでしょうか。</p>
<p>「細かくは想定はしていませんが、例えば、グラスならば口当たりなど想定しながら厚さ、重さを考えます。やはり手で持った時の触感はとても大事にしています」</p>
<p>──ランプシェードも作っていらっしゃいますが、これは舞台照明の経験が関係していたりもしますか。</p>
<p>「あるかもしれません。ですが、ランプシェードはそこまで実用性を重視しておらず、どちらかというと舞台照明的な考え方で、雰囲気づくりの演出をするものとして制作しています。なので合わせる電球も作品の良さを楽しんでいただくために、5ワット、最大でも10ワットとしているため非常に暗い。それ以上の明るさの電球だとガラスの色が飛んでしまい、私のシェードには向いていないのです」 </p>
<p class="picture"></p>
<p>──用途はあるけれどアートとしても楽しめる気がします。完全に美術品、アートに振り切るということはないのでしょうか。</p>
<p>「確かにランプシェードは器に比べると、 道具というよりは、どちらかというと実験的に自由に制作していますが、あくまでも日常の中で使うための演出、用の美の範疇なので、アートや美術品のような方向性ではありません」</p>
<p>──これからやってみたいこと、挑戦したいことは？</p>
<p>「私はガラス工芸学校を出たわけではなく、工芸教室でいきなり実践から始めたため、他の作家さんが使っているテクニックにも違う角度からアプローチしていることも多く、いまだに学びがあります。そんなふうに自分が気づいていないだけで、やりたいことがまだまだあるように感じますし、別の作業をしている中で、違う発見や感動があったりの連続ですので、今のところ楽しく続けられています。おそらくガラスは自分の性に合っているので、いつまでできるのだろうなと思っています」</p>
<p></p><p>The post ガラス作家・波多野裕子インタビュー「石と陶器とガラスの間のような色と質感に魅せられて」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>【JISOO、CHIKAインタビュー】「7人だから乗り越えられた」HANAの1stアルバムまでの軌跡</title>
        <link>https://numero.jp/interview478/</link>
        <pubDate>Wed, 25 Feb 2026 09:00:31 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[HANA / ハナ]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>7人組ガールズグループHANAが、1stアルバムとなる『HANA』をリリース。メンバーを代表して、JISOOとCHIKAにインタビュー。</p>
<p class="picture"></p>
<p>オーディション番組『No No Girls』でデビューメンバーが発表されたのは2025年1月11日。プレデビュー曲「Drop」を経て、昨年4月に「ROSE」でメジャーデビュー。それから加速度をつけて次々と曲を発表し、音楽番組やフェス、NHK紅白歌合戦への出演など、目を見張るような快進撃を続けてきた。そんな彼女たちが初めてのアルバムに込めた思いとは。</p>
挑戦が私を強くした。<br />
1年の軌跡が詰まったアルバム
<p>──1stアルバム『HANA』がついに発売されます。これまでの軌跡が1枚のアルバムになった感想を教えてください。</p>
<p>JISOO「時間が経つのは、こんなにも早いんだなと感じました。こうやって1枚のアルバムになってみると、『もうこんなにたくさんの曲を作ったんだ』と感慨深かったし、私たちのプロデューサーである、ちゃんみなさんのすごさも改めて感じました。幅広いジャンルの曲があって、どの曲も全部いい。本当にありがたい気持ちです」</p>
<p>CHIKA「私もありがたい気持ち100%です。このアルバムの曲をバーって並べたときに、ちゃんみなさんが『うわ〜頑張ったね』と言ってくださって。達成感がありました」</p>
<p>──振り返ってみると、自分にとって大きなチャレンジだったと思う曲は？</p>
<p>JISOO「私は『Cold Night』です。『My Body』をレコーディングしたとき、歌い方についてかなり迷っていたんです。その頃、ハイトーンとロートーンのバランスに悩んでいて。レコーディングでもっとロートーンの声を出したくて、何度も練習したし、泣いたこともありました。ちゃんみなさんが『JISOOのやりたい方法でやっていいよ』と言ってくださって、そのおかげで新しいことを試すことができました。それもあって、『Cold Night』では、自分が思っていたニュアンスを出すことができたんです。だから『My Body』と『Cold Night』のあたりは、私がひとつ壁を乗り越えた時期でした」</p>
<p>CHIKA「私にとっての挑戦の曲は『Blue Jeans』でした。私は自分の高音には自信をもっていたんですけど、声や歌い方自体にはあまり自信がなくて。『Blue Jeans』には高音のパートがないので、『この曲のCHIKAは面白くない』と思われるんじゃないかと不安がありました。でも、結果的にそんな気持ちを突破してくれた曲になりました。『My Body』でも、私のパートには高音のところはないけれど、それでも自信をもってステージに立てるようになりました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──デビューメンバー発表から約1年強でのアルバムリリースです。この短いスパンでリリースを続ける激動の日々を、ふたりはどう乗り越えてきたのでしょうか。</p>
<p>JISOO「周りの支えがなかったら難しかったと思います。ひとりだったら絶対できなかった。特にメンバーとは毎日一緒なので、個人的な悩みも全部シェアすることができて、メンバーから勇気をもらえました。そんな環境だったので乗り越えられたと思います」</p>
<p>CHIKA「私はフェスやファンミーティングなど、ライブがご褒美になりました。HANAに関しては、ぜひライブを見てほしいという気持ちが強くあって。特に昨年はHANAのパフォーマンスを初めて見る方がたくさんいらっしゃったと思うんです。そんな方々も、私たちのファンであるHONEYsと一緒になって盛り上がってくれて、それを肌で感じられたことがすごく嬉しかったし、力をもらえた時間でした」</p>
<p>JISOO「私たちは、ライブでみなさんからエネルギーをもらうので、ライブがない時期はもどかしいです」</p>
<p>──では、3月から始まるホールツアー『Born to Bloom』も楽しみですね。</p>
<p>JISOO「ツアー中は、ものすごく元気だと思います（笑）」</p>
<p>CHIKA「すごく楽しみです。私たち、どんどん調子が良くなっていくと思います」</p>
</p><p></p>『No No Girls』から成長したこと。<br />
プロデューサー・ちゃんみなとの関係
<p>──『No No Girls』からの変化について伺います。CHIKAさんはオーディションを通して自分にどんどん自信がついて、デビュー間近の頃は堂々とパフォーマンスする姿が印象的でした。今は自信を失うようなことがありますか。もし、そんなことがあったらどのように自信を取り戻すのでしょうか。</p>
<p>CHIKA「今は、パフォーマンス面で自信を失うことはなくなりました。いい意味で、完璧を求めなくなったんです。それよりも、ステージで全てを伝えられているかが重要です。きっとみんなからもらったバイブスが、私を変えてくれたんだと思います」</p>
<p>──JISOOさんはオーディション中に、自分の歌に納得いかなくても何度も録り直すシーンがありました。先ほども『My Body』の話がありましたが、過密スケジュールの中でどうやって気持ちを切り替えているのでしょうか。</p>
<p>JISOO「歌い方に関してはまだ録り直したりするんですけど、以前より良くなったのは、例えば、プリプロ（※）だったら、このぐらいで大丈夫だと判断できるようになったんです。一年前だったら、プリプロでも納得できなければスタジオから家に帰りたくなかったくらいだったんですけど、今は『次があるから大丈夫』って。次のスケジュールのためにも、一旦ここで終わらせるのがいいと思えるようになりました。CHIKAもMOMOKAも『偉い！ 成長したね！』と褒めてくれたんですよ（笑）」</p>
<p>CHIKA「ちゃんみなさんも、JISOOのレコーディングのときは放っておいてくれるんです。いくらちゃんみなさんが『最高！』と言っても、JISOOは自分で納得できなかったらダメなので。JISOOに関しては『好きにやりなさい』っていう」</p>
<p>JISOO「ちゃんみなさんは『私はすごく良かったけど、JISOO的には何かある？』といつも聞いてくださるんですね。だから『じゃあもう一回やらせてください！』って（笑）」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──この1年で、ちゃんみなさんとの関係に変化はありましたか。</p>
<p>JISOO「オーディション中は、プロデューサーさんだという意識が強かったんですけど、今は友達であり、私たちの母という感じです」</p>
<p>CHIKA「デビューしてから、ちゃんみなさんとの距離がどんどん近くなった気がします。だから逆に、他のグループのプロデューサーさんってどんな感じなんだろうって興味が湧きますね」</p>
<p>──ちゃんみなさんは『いずれはメンバー自身で楽曲制作できるように』と公言されてますよね。</p>
<p>CHIKA「それこそ『BAD LOVE』はJISOOとMOMOKAが作詞を手がけて、『My Body』はMOMOKAが作詞に参加しました。コレオグラフィーに関しても、シングル2曲目の『Burning Flower』は自分たちで、『BAD LOVE』はNAOKOを中心に、振り付けを作りました」</p>
<p>──今回のアルバムに収録された『ALL IN』は、作詞作曲のクレジットが「HANA」なんですね。これは初めてですか？</p>
<p>CHIKA「この曲は自分たちで作詞作曲して、コーラスやアレンジの部分は手伝っていただきましたが、ほぼ自分たちで制作しました」</p>
<p>JISOO「クレジットに『HANA』の名前があることが、すごく嬉しいです」</p>
<p></p>メンバーがいるから乗り越えられた
<p>──移動中や待機時間にメンバー間で流行していることはありますか。</p>
<p>JISOO「流行っているもの……なんだろう……。私たち、ずっとしゃべっているんですよ」</p>
<p>CHIKA「チーム全体がうるさいんだよね（笑）」</p>
<p>JISOO「あるとき、控室がたくさんある会場だったんですね。それで、自分たちの楽屋がわからなくなって迷子になりかけたんですけど、奥からすごく賑やかな声が聞こえてきて、『あそこだ！』ってたどり着けたことがありました（笑）」</p>
<p>──どんなことを話しているんですか。</p>
<p>JISOO「ファッションのことが多いです。私たちの中でファーのアイテムが流行っていて、どこで買ったの？とか」</p>
<p>──メンバーからもらった言葉で、勇気づけられたことは？</p>
<p>CHIKA「最近、YURIから『自分のことを信じられないなら、私の言うことを聞いて』と言われたんです。今も自分のことを疑ってしまうことがあるんですね。デビューするときは、ちゃんみなさんを信じたから、自分のことを信じることができたんです。だから、信頼する人の言葉を信じることが、私にとってはすごくいい案だと思いました」</p>
<p>JISOO「YURIはそういう言葉をよくくれるんです。私もパフォーマンス中にありえないミスをしたことがあって。頭が真っ白になってパニックになりかけたとき、YURIが励ましてくれて、気持ちが軽くなりました。普段から私が何かミスしたり納得いかないとき、YURIとMOMOKAが元気になる言葉をかけてくれます」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──もし1日だけ他のメンバーと心と体が入れ替わることができたら、誰になってみたいですか。</p>
<p>JISOO「私はMOMOKAかな。考え方が真逆なんです。私は心配性で心配しすぎるクセがあるんですけど、そんなときはいつも隣でMOMOKAが『心配しすぎだよ』と冷静に指摘してくれるんですね。そういう人がひとりチームにいるだけで本当に助かります」</p>
<p>CHIKA「私もMOMOKAですね。考える必要のないところまで考えすぎてしまうので、気持ちの切り替えが上手いMOMOKAになって、これ以上は考える必要はないというラインを知りたいです」</p>
<p>──今、とても忙しい毎日だと思うのですが、どうやってリフレッシュしていますか。</p>
<p>CHIKA「マンガを読みます。バッグにマンガを2冊入れておくのがデフォルトで、海外に行ったりちょっと長い休みのときは最大5冊。メイク中もずっと読んでいて。その時間が私にとっては“オフ”になるんです。休憩中もひとりでマンガを読んで、マンガに集中することで、気分転換になります」</p>
<p>JISOO「私は最近、早寝早起きの大切さに気がつきました。家を9時に出るなら7時には起きて、ごはんを作って、それを食べながら1話20分くらいのアニメを見ることが幸せです」</p>
<p>CHIKA「え！ JISOOが？」</p>
<p>JISOO「ずっと出かけるギリギリに起きていたけど、最近そうなの」</p>
<p>──最近、ハマっているマンガやアニメは？</p>
<p>CHIKA「最近は『チ。―地球の運動について―』を読んでいます。危険性を顧みずに好奇心に従って夢を追うキャラクターに共感しちゃうんですよ。特にこの作品に登場する『怖くない人生などその本質を欠く』という言葉に救われました。前に進むのは怖いこともあるけれど、それでいいんだ、これが生きることなんだ、私もたくさん挑戦しようと思いました」</p>
<p>JISOO「私がアニメやマンガを見始めたのは『SLAM DUNK』からだったので、今もスポーツ系のマンガやアニメが大好きですね。登場人物が何度挫折しても立ち上がる姿に、私の音楽人生を重ねて力をもらっています。『ブルーロック』の『世界一のエゴイストでなければ世界一のストライカーにはなれない』という言葉から、自分に集中して自信をもって頑張ろうと思えたし、『メダリスト』を読んで何度挫折しても立ち上がる力をもらいました」</p>
<p>──今の質問にも重なるところがあるんですが、心の支えになっている一冊を選ぶとしたら？</p>
<p>JISOO「韓国の『GARBAGE TIME』というバスケのマンガです。音楽をやめようかと迷っていた時期があって、この作品の次のエピソードの公開だけが楽しみでした。『No No Girls』で日本に来たときも、このマンガを全冊持ってきて、読んで泣いて練習して泣いて、読んで泣いてまた頑張る……という毎日でした」</p>
<p>CHIKA「わかる！ 私も悩んでたときに救ってくれたのが『進撃の巨人』でした。私たちはみんなマンガやアニメが好きだけど、特にJISOOと私は、マンガとアニメからものすごく勇気をもらっています」</p>
<p>1st Album『HANA』<br />
発売日／2026年2月23日（月）デジタルリリース、25日（水）CDリリース<br />
URL／hana-brave.lnk.to/1stAL_HANA</p>
<p></p><p>The post 【JISOO、CHIKAインタビュー】「7人だから乗り越えられた」HANAの1stアルバムまでの軌跡 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>ハワイからもらったパワーをジュエリーに込めて。「マウイマリ」デザイナーの人生ドラマ</title>
        <link>https://numero.jp/20260105-mari-diller/</link>
        <pubDate>Mon, 05 Jan 2026 05:00:52 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Fashion]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[Mauimari Ocean Jewerly / マウイマリオーシャン ジュエリー]]></category>
		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>マウイ島で誕生したジュエリー「マウイマリ・オーシャン・ジュエリー（Mauimari Ocean Jewelry）」。ハワイの美しい風景にインスパイアされ、天然石、パール、貝など大自然が生んだ素材を活かしたデザインで、カジュアルからイブニングシーンまで、デイリーに身につけるお守りジュエリーとして日本でも人気を呼んでいる。マウイ在住のデザイナー、マリ・ディラーに、ジュエリー制作を始めたきっかけ、マウイでの暮らし、そして波乱万丈の半生についてインタビュー。</p>
<p class="picture"></p>
<p>──ジュエリーのデザインは、マウイでのライフスタイルから生まれているそうですが、どんな毎日を送っているのでしょうか。1日のルーティンを教えてください。</p>
<p>「ほとんど自宅の周りで過ごしています。朝は太陽の光を浴びながら、ゆっくり一日を始めて、午前中はサーフィンへ。家から歩いて15分ほどの場所にサーフポイントがあるので、海に入って、そのままビーチを散歩することも多いですね。帰宅したら一度お風呂に入って、午後はジュエリー制作。夕方前には仕事を切り上げて、家族と食事をします。太陽が沈む頃には自然と眠くなってしまうので、かなりの早寝です」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──理想的な暮らしですね。ご自宅の周辺は、自然がとても豊かだそうですね。</p>
<p>「周辺はもちろん庭がすでにジャングルのようなんです。フルーツの木もたくさんああって、バナナの木は50本ほど。朝は草木をかき分けながら、食べ頃のアップルバナナを収穫して、スムージーにしたりしています。ほかにもパッションフルーツやオレンジ、ライムがあって、季節によってはライチも実ります。少し畑もありますし、フィッシャーマンの友人から魚介を分けてもらったり、友人の庭のアボカドと、うちのバナナを物々交換することも。マウイはワイキキのあるオアフはまったく違って、とても素朴な島です。風が強いとすぐに停電しますし、Wi-Fiが落ちることもしょっちゅう。でも、そんなときは、“仕方ないね”と庭で火を起こしてバーベキューをする。そんな暮らしが日常です」</p>


	

<p>左上から時計回りに：バナナの木が生い茂る自宅の庭。自宅で飼っていた馬。ビーチで休むアザラシ。愛犬と共に散歩するのが日課。</p>
<p>──ご家族や動物たちと一緒に暮らしているんですね。</p>
<p>「娘が二人いますが、長女は独立して近くに住んでいて、次女はアリゾナの大学に通っています。今は夫と、2匹の犬、猫たちと暮らしています。以前は馬も何匹か飼っていましたし、野豚のような野生動物がよく庭に遊びに来るんです」</p>
<p>──暮らしの中で目にするものが、そのままデザインソースになっているのでしょうか。</p>
<p>「そうですね。マウイでの生活がなければ、今のジュエリーは生まれていなかったと思います。私にとってジュエリーは“作品”というより、暮らしの延長。庭にかかる虹、朝日や夕日の色、花びらの重なり、海や貝殻の色や模様。そのすべてが、自然とデザインに繋がっています。貝拾いは小さな頃からの習慣で、ジュエリー作りを始めたきっかけも、たくさんの貝殻を集めていたことが大きいですね」
</p>
</p><p></p>事故での大怪我を、新たな世界への旅立ちに転換
<p>自宅の窓から美しい虹を臨む</p>
<p>──生まれ育ったのは、神奈川県の逗子ですが、マウイにはいつから？</p>
<p>「マウイに住み始めて28年ほどになります。移住する前から、しばらく日本とマウイを行き来していました。大きな転機となったのは、ウィンドサーフィンを始めた18歳の頃。大きな交通事故を起こしたんです。7時間の緊急手術から目が覚めたら、歯が折れていて、長い髪もバリカンで剃られていて。何針も縫ったので、顔もまるでブラックジャックのよう。それからも半年ごとに何度か手術を受けました」</p>
<p>──想像を絶する出来事でしたね。</p>
<p>「でも、私はそれほど悲観的にはならなかったんです。大怪我だったのに、『早く海に入りたい！』と言って、友人を呆れさせていました（笑）。当時、私は女子短大に通っていて、卒業したら大手企業に就職して25歳までに結婚するという、“敷かれたレール”があったんです。でも、この怪我によって『レール通りの人生を歩かなくて済む！ これで存分にウィンドサーフィンができる！』とポジティブになってしまった。もちろん、両親も友人も呆れていました」</p>
<p>──そこからどのようにマウイへ？</p>
<p>「怪我が回復してから、ウィンドサーフィンを続けていたんですが、ウィンドサーフィン用の水着にいいものがなかったので友人とカスタムオーダーの水着制作を始めたんです。それが口コミが広まって、鎌倉・湘南エリアで徐々に人気が出るようになったんです。その売上のご褒美として、初めてハワイ旅行に行って、すっかりマウイの海に恋してしまいました。それから、夏は日本で水着を作りお金を貯めて、冬はマウイでウィンドサーフィンという生活を続けていました」</p>
<p>ポロスポーツを楽しむことも</p>
<p>──マウイに定住したきっかけは？</p>
<p>「結婚です。マウイで出会ったアメリカ人の男性と結婚し出産をしました。彼はお土産用のオブジェを制作する陶芸家で、私も子育てしながらその絵付けを手伝っていましたが、そのときは、子育てとパートナーの手伝いで手一杯。サーフィンはしばらくお休みして、海で貝を拾うことが唯一の趣味でした。マウイのパイヤ・タウンのお店で可愛いビーズを買い集めるのも好きで、そこのリサイクルガラスのビーズと拾った貝でネックレスを一つ作ったんです。そうしたら、ブティックをオープンするアメリカ人の友人が、『それ可愛いからお店に置いてあげる』と声をかけてくれて。それがきっかけとなり、作ったものがコンスタントに売れるようになっていきました」</p>
離婚と子育て、大変な時期を支えたジュエリー制作
<p class="picture"></p>
<p>──趣味から始まったジュエリー制作が本格化したのは？</p>
<p>「結婚から10年ほど経った頃に離婚することになり、親権も養育も私が持つことになりました。ひとりで子どもたちを育てながら、フルタイムで働くのは難しい。そこで、少しずつ軌道に乗り始めていたジュエリーを、本格的に仕事にしようと決めました。同時に、マッサージセラピストの資格取得のための学校にも通い、ライセンスも取りました。でも、その間にジュエリーの評判が広がり、お手伝いしてくださる方も増えていって、結果的にジュエリーで生計を立てられるようになりました。振り返ると、本当に幸運だったと思います」</p>
<p>──人生のピンチをチャンスに変えたんですね。</p>
<p>「躊躇なくとにかくやってみるという性格が幸いしたのかもしれません。今はハワイに5つあるフォーシーズンズリゾートでも取り扱っていただいていますが、それも自分から直接、売り込みに行ったのが始まりです」</p>


	

<p>──ジュエリー作りが趣味から仕事になったんですね。</p>
<p>「仕事という感覚はなかったんです。作ること自体が本当に楽しくて。子どもを寝かしつけたあと、夜な夜な手を動かす時間が何よりの癒しでした。それから10年ほど、ひとりで子どもを育てながらジュエリー作りを続けてきましたが、ハワイには助け合って生きる文化があるので、ハワイアンも移住者も関係なく、自然に手を差し伸べてくれる。マウイの人たちには、本当に支えられてきました」</p>
<p>──異国の地でひとりで子育てするのは大変だったと思いますが、日本に帰国するという選択肢は？</p>
<p>「子どもたちはハワイの自由な環境の中で育ったので、きっと日本の生活は難しいだろうと感じていました。私自身も日本で暮らす自分がもう想像できなかった。日本はいいところだけど、特有の不文律のようなものに、今の私は疲れてしまうと思ったんです。あのとき、もし日本に帰っていたら、今、ジュエリーを作っていなかったかもしれません」</p>
<p>浜辺を散歩しながら拾い集めた貝がら</p>
<p>──ここまでの道のりは、決して平坦ではなかったんですね。</p>
<p>「救ってくれたのはいつも海でした。ビーチを裸足で歩いて貝を拾ったり、海に潜ったり。クジラのシーズンになると、姿が見えなくても、海の中から声が聞こえてくるんです。ハワイの自然や人の温かさが、私にエネルギーをくれたのだと思います。子育てもひと段落し、実は、2年前に再婚しました。私は離婚後に乳がんを経験し、彼もがんを患った、いわゆる“がんサバイバー同士”。命と向き合った経験があるからこそ、決断に迷いがなかったんです。今はマウイの家で穏やかな日々を過ごしています」</p>
<p></p>決断を促すときの、お守りのようなジュエリーでありたい
<p class="picture"></p>
<p>──デザインする上で心掛けていることは？</p>
<p>「私のジュエリーはハワイの自然と、ハワイの人の温かさにインスパイアされています。ハワイからもらった力を、ジュエリーに込めてみなさんにお返ししたい。ジュエリーは装飾だけでなく、心の支えになるものです。私のジュエリーが人生で何かを決断しなくちゃいけないとき、そっと背中を押してくれる“お守り”のような存在になれたら理想です」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──ジュエリーのレイヤードもマウイマリ・オーシャン・ジュエリーの特徴のひとつですが、mariさん流のレイヤードのポイントは？</p>
<p>「レイヤードすることでオリジナルな楽しみ方ができるし、組み合わせを考えるだけでウキウキしますよね。重ね付けすることを前提に、長さやバランスを設計したり、ひとつだけではなくて二つで楽しめるような価格設定にしています。いつもジュエリーを身につける時に、大切にしているのは「バランス」です。イヤリングが大ぶりならネックレスは軽く。装飾的なものを付けるなら、その他はシンプルに。その日の服との組み合わせもありますよね。それから、全てを同じ色の石に統一するのではなくて、いろんなものをミックスして楽しんでみる。トゥーマッチよりもバランス。私のジュエリーは、左右対称や規則的ではなくあえて崩した配置にすることが多いんですね。グラデーションになるように石を並べるのはそれは、夕焼けの空だったり、花びらの色をイメージしています。ただ、これはあくまで私の提案。最後は、ご自身が“好き”だと思えばそれが一番です」</p>

	


<p>Numero CLOSETにて販売中。左：パールネックレス¥32,450 右：ムーンチェーン ダイヤモンド×マザーオブパール 14Kネックレス ￥121,000</p>
<p>──ゴールドやシルバー、パール、天然石…。素材へのこだわりは？</p>
<p>「ハワイでは、正装の際にタヒチアンパールを身につける文化があって、パールはとても愛されています。私自身も大好きな素材ですし、貝や天然石もよく使います。石は、何億年という時間を生きてきた存在。そこにはやはり特別な力が宿っていると思います。人気のハーキマーダイヤモンドは、ニューヨーク州の洞窟のオーナーから直接買い付けていますが、研磨しなくても、自然のまま結晶の形なんです。ただ、スピリチュアルやハワイらしさに寄せすぎることはしたくありません。石のエネルギーを、あくまで洗練された形で、日常に取り入れてもらえるジュエリーでありたいですね」</p>


	


<p>アリゾナの見本市で石を買い付け。</p>
<p>──天然石は世界中から？</p>
<p>「アリゾナで年に数回、大きな見本市があるので、そこへ買い付けに行きます。石に出会った瞬間にデザインがひらめくこともあるし、石を眺めているうちに作りたいものがどんどん変化することも。それぞれのパーツから受け取るインスピレーションと、頭の中にあるハワイの風景や人々の温かさ。それらが重なって、ジュエリーのデザインになります。基本的にデザイン画は描かず、プロトタイプを作り、スタッフと一緒に仕上げていきます。制作を手伝ってくれるのは、マウイの日本人コミュニティの方々。好きな時間に自宅でできる仕事ですし、日本の方は手先が器用なので仕上がりも美しい。お互いに無理のない、良い関係が築けていると思います」</p>
ジュエリーを通して、ハッピーな循環を作っていく
<p class="picture"></p>
<p>──これから、ジュエリーを通してやってみたいことは？</p>
<p>「自分だけが満たされるのではなくて、ジュエリーを通してみんながハッピーになるような循環を作ることです。今は少しお休みしているけれど、これまで乳がん月間にはピンクのアイテムを企画したり、東日本大震災やラハイナの火災のときも、ジュエリーを作って利益を寄付にあてたりしてきました。長女は今、障がいのある方々のデイケアセンターで働いているので、そこに来る人たちにビーズを提供して一緒に制作し、センター内のストアで販売につなげる取り組みも時々行っています。これからはジュエリー制作と並行して、そういう活動にも、もっと力を注いでいけたらと思っています」</p>
<p>Mauimari Ocean Jewelry<br />
URL／https://mauimari.com/</p>
<p class="btn_entry">
Numero CLOSETでマウイマリ・オーシャン・ジュエリーをチェックする</p>
<p></p><p>The post ハワイからもらったパワーをジュエリーに込めて。「マウイマリ」デザイナーの人生ドラマ first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>アーティスト・上田真央香インタビュー「絵を描くことは修行のようなもの」</title>
        <link>https://numero.jp/20260105-maokaueda/</link>
        <pubDate>Mon, 05 Jan 2026 03:00:40 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Numero CLOSET / ヌメロ クローゼット]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[Maoka Ueda / 上田真央香]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>「Wonky Tunes（グラグラで不安定な旋律）」を独自のコンセプトに描く上田真央香。黄金比や渦、フラクタル構造（どの縮尺でも同じ形が規則的に続く図形の法則）といった自然に潜む数理的なパターンをベースに、アニメキャラクターから宇宙までつながる普遍的なものへと挑んでいる。このような作品をつくるに至ったのはなぜか。</p>
自分の境目が曖昧になる体験
<p class="picture"></p>
<p>──絵を描き始めた経緯を教えてください。</p>
<p>「絵に関してはほとんど独学で描き始めて5、6年ほどです。美術大学には通っていたんですが、専攻がグラフィックデザインでした。もともとはファッションデザインを勉強したくてロンドンの大学に留学し、最終的にはファッションフォトグラフィーを学びたいと思っていたんですが、ファウンデーションに進む際、教授に適正を判断されグラフィック専攻になりました。大学の風土は合っていたんですが、教授から『アート寄りだ』とコメントをもらってしまうこともよくあって、デザインは向いていないかも、と思っていました。</p>
<p>最終学年になり、卒業制作をしている時、ある日何の前触れもなく突然目の前に柄が見えるようになったんです。赤と黒の細密な柄がウワーッと視界全面に広がって。同時に、自分の体から意識が離脱して、部屋の角から自分を客観視しているような状況が起こりました。『私』という自我がどんどん薄れて外に溶け出していく感覚と同時に、その状況にパニックになっている普通に意識のある自分もいて」</p>
<p class="picture"></p>
<p>「その日からトラウマで2週間ぐらい、一切寝られなくなったんです。学校にも行けなかったですし、日常生活も送れないほどだったので、治療のため日本に帰国しました。いろんな病院に行ったんですが、ユング心理学も専門の鍼灸院の先生が『それって曼荼羅じゃない？』と。それまで私は曼荼羅がどんなものか知らなかったんですが、先生に見せてもらった瞬間にバチっとリンクして。ユング心理学において、そのような状況はすでに研究されていて『集合的無意識が開く』と言うそうです。『曼荼羅は心の中心構造の象徴らしく、自分が個人じゃなくなる。そして意識をどんどん潜っていくと、森羅万象全部の意識がつながっていることだ』と。</p>
<p>『ユングは多くのクライアントが集合的無意識が開く直前や直後に曼荼羅を「見る」あるいは「描く」ことに気づき、そこから曼荼羅研究を始めた』と解説を受けて、スピリチュアル的な物には当時懐疑的でしたが自分の感じていた恐怖と体験が感覚的にものすごくリンクしたんです。当時はもっと怖くてパニックにもなったんですが、先生が『怖いものを見ているのではなくて、うまくコントロールできれば意識をアップダウンできてお得だよ』と言ってくれて、療法として見えているものを描き写すことを勧められました」</p>

	

<p>──自分だけが見えているもの、自分の頭の中にあるものを視覚化するような作業ですね。</p>
<p>「そうですね。なので、デッサンをして正しく描くというより、頭の中にあるものをアウトプットするような作業に近いです。寝ている時に見ている夢だったり、意識の中にある無意識だったりもモチーフですね。最初は絵の具と筆ではなく、見えている柄をペンで描いていたんですが、そこから絵を描くこと自体が楽しくなってきて、どんどん絵を描いていこうと前向きな方向にチェンジしていきました」</p>
</p><p></p><p>頭の中に宮殿を描き、部屋一つひとつに記憶の象徴物を配置していく「場所記憶術」を用いていたという上田さん。「私の宮殿は、遊園地のような空間なんです」。潜在意識のレイヤーを描き、意識が深くなるにつれ概念があやふやになるもののさまを表現した初期作『Museum of Consciousness』</p>
<p>──見ているものに色を感じたり、音楽を聞いて味を感じたりする共感覚のあるアーティストもいますよね。それと近い感覚なのでしょうか。</p>
<p>「見ているものは違っても、似たような臨死体験だったり精神体験をしている人はたくさんいるそうです。自分って誰だっけ？　と自己を形成するアイデンティティが薄くなったり消失すると同時に、普段自分と認識しているもの以外のものも全部自分だし、普段自分だと認識しているものでさえ全部自分じゃないみたいな、相反する感覚になると言いますか。何と言うのでしょう、言葉にするのがすごく難しいんです。自分が錯覚しているだけで自分だけの自分じゃないんじゃないか、なろうと思えば他人の意識にもなれるんじゃないか、とか、自分の境界がわからなくなるんです。どんどん拡張されていく自分に恐怖を感じている客観的な自分もいるし、そんな意識を忘れて誇張していく私もいるような。SFのような話なんですが、その感覚がリアルにあるんです」</p>
<p>今は亡き愛犬をモチーフにした作品『Teddy in the Infinite Woods』。下に遺骨を埋めたという松の木が犬のそばで、精霊のようにそびえ立つ。壮大な命の循環を描いた。</p>
<p>──今現在も、そうした状況が絵を描くことへと誘発していく感覚がありますか。</p>
<p>「今は当時ほど鮮明ではないんですが、コンディションによってよく見えることがあります。特に絵を描いたらすぐにビジョンが見えてくる時があるので、描きやすかったり（笑）。自分の見えているものをそのまま描いている時は、多分何も考えず、動かされているような感じです。線を描いたらまた次の線が出てきて、どんどんつながって。自分でも不思議なんですが、色も直感的に導かれるままに置いています。本当は描くスピードが遅いほうなんですが、そうしてできる絵は、夜に描き始めて朝には一気に描き上げてしまうぐらい速いんです。ただ、自分が見ているものの鮮明さと比べると、まだ絵を描く技術が追いついていないと感じます。描き始めた頃に比べると画力も上がったと思うんですが、描き続けていると、まだまだ技術不足だなと。見えているものがよりクリアに再現できたら、もっといいものが描けるんじゃないかなと思います」</p>
<p></p>曼荼羅、キャラクター、自然、宇宙……すべてにつながる法則
<p>『Wonky Mandala Hoo』2025年 当初はカラフルな色合いのものが多かったが、近年はグレーを混ぜたシックな色合いのものも制作している</p>
<p>──目の前のものを啓示のようにそのままアウトプットするフェーズから、『Wonky Mandara』シリーズのようなポップな曼荼羅作品が展開されるなど、作品にも変化があるように感じます。</p>
<p>「私自身描いていくことでどんどん考察が進んでいって、今辿り着いているのが、自分が見えている柄や螺旋の性質は自然の中にある法則や、『フィボナッチ』や『フラクタル』という同じ形を繰り返すことで全体ができるという法則なのではないかということです。らせん構造の向きが自分の見ているものと同じ法則なんじゃないかと気づいたんですが、見えていたものは自然の法則なんじゃないかと思うんです。曼荼羅って、仏教における宇宙観ですよね。私の中での宇宙観は、生命に共通する数理的なコードのような法則なんです。神と言うと誤解のある言い方ですが、ある種真理的な部分なんじゃないかと思っています」</p>
<p>──キャラクター化するように描かれたのはなぜでしょうか？</p>
<p>「突然の視覚体験があってから、その柄をよく見るとキャラクターの目がいっぱいあるように見えてきたんです。ミッキーマウスのような目だなと思いました。キャラクターの線って、実は同じ黄金比の法則で描かれてるんですよ。どんどんキャラクターの目や線をつなげていけばどうなるんだろうと試してみると、このような作品ができあがりました。『Wonky Mandara』は一見違うように見える作品でも、同じ線の法則に従っています。線の組み合わせ同士によって動きが変わってくるんですが、流れや法則性は同じなんです」</p>


	


<p>左：『MIA』右：『Linda&#8217;s Garden』</p>
<p>──どこかグラフィカルな印象も受けます。グラフィックデザイン専攻していたという経歴も影響しているのでしょうか。</p>
<p>「やっと生きてくれた（笑）。クリエイティブだと大雑把さも魅力だと思うんですが、隅々まで塗りたくなる几帳面さがあるんです。線に沿って色を置いている時も、写経をしているような感覚になりますね。作品によって描いている時の感覚が全然違っていて、頭の中にあるイメージを描く時は、自分でもどうなっていくのかわからないような感じですし、『Wonky Mandara』は下絵に神経を使って、色を塗る工程は色自体も各色彩がそれぞれ放射線状の法則に従ってトーンを変え流れるように配置します。後者はある程度完成が見えているので、iPadで写真を撮って、色の組み合わせを考えることもあります。工程そのものも違いますし、作風がまったく違うので、2つ同時に展示していると「2人展ですか？」って混乱されることもあります（笑）」</p>
過去の作品や作家と共感し合う、つながる
<p>制作中は音楽をかけていることが多いという上田さん。「音楽と一体感を得た時、描きやすくなるんです」</p>
<p>──神戸のアトリエは六甲山の豊かな自然に囲まれていますね。環境による影響はあるのでしょうか。</p>
<p>「環境的にも描きやすくて、展覧会直前は、こっちにこもって描いていることが多いです。周囲に緑が多いですし、自然をテーマの一つに描いているので、身近にあるのとないのとでは全く違うなと感じます。休憩中に外に出て、葉っぱを見てまた法則を感じたり。幼少期から過ごした場所ですし、小さい頃からこの自然の中で遊んでいたので、それも絵に影響を与えているかもしれません」</p>
<p>作業机一面にひろがる絵の具の数々。「パレットに色をたくさん置く状態そのものが好きなんです。色があればあるほど安心します」。既存の絵の具の色からインスピレーションが湧くこともある</p>
<p>──突然の体験や、制作を始めたことで、ものや作品の見え方にも変化がありましたか。</p>
<p>「深層意識的なニュアンスを含むような作品や音楽や物に直感的に反応するようになりました。直近だと昨年、東京のオペラシティで具体美術の作家として知られる松谷武判さんの展示を見たのですが、松谷さんも私と似たものを見ているんじゃないか、と作風は全く違うのに感じました。松谷さんの作品は素材が面白くて、絵の具ではなくボンドを使ってキャンバスに立体をつくっていたり、鉛筆でひたすらキャンバスを覆うように線を描いたり、その鉛筆で真っ黒に染まったところに溶剤をかけて垂らしたり。この感覚がそんなふうに表現できるんだ、こんな手法があるんだと勉強になりました。昔の絵画でも、見ると『この人も同じものが見えていたんだろな』と感じるものが結構あります。見つけると嬉しいし、作風がまったく違っても親近感を感じることが多いですね。コンセプトを深く読み込まずとも、私とその作品とのつながりがどんどん膨らんでいくような感覚になります」</p>
<p>月光に照らされ、私達の見ていない世界で踊る者たち『Sublime Moonlight』Numero CLOSETにて販売中。</p>
<p>──どこかシンパシーを感じるのですね。</p>
<p>「近しい体験をした人とは、インド哲学だったり、仏教だったりと東洋寄りの思想を持っているなど、似ているところがあると感じます。森羅万象、輪廻転生のようなフラットな世界観を持っているというか……。私の作品もそうした『流れ』を意識していて、植物を描くにしても、植物からまた別のものが生まれ変わっていく、どんどん命がつながっていくサイクルを描きたい。こうした体験をしたことで大きく思想が仏教的であったり東洋哲学的なものに変わったし、そういう意味でも曼荼羅を描くこともつながっていると思います。絵を描くことは、私にとって悟りに近づくような、修行のようなものかもしれません」</p>
<p class="btn_entry">
Numero CLOSETで上田真央香の作品をみる</p>
<p></p><p>The post アーティスト・上田真央香インタビュー「絵を描くことは修行のようなもの」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>アーティスト吉田紳平インタビュー「過去の人の間に漂う親密さを描きたい」</title>
        <link>https://numero.jp/20251221-shimpei-yoshida/</link>
        <pubDate>Sun, 21 Dec 2025 01:00:40 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[Shimpei Yoshida / 吉田紳平]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>穏やかな色彩と曖昧な輪郭の人物像には、独特の静けさが漂う。自身の祖母の死にまつわる経験から「ひとが他者へ向ける親密さとそのまなざしのあり方」をテーマとする吉田紳平。「過去に存在した人々を包んでいた空気や、自分が理由もなく惹かれるものの意味を問いかける」という想いから描かれる絵は、鑑賞者を見知らぬ時空へと誘う。絵画に秘められた物語に想いを馳せ、創作の舞台裏を覗きに彼のアトリエを訪ねた。</p>
<p class="picture"></p>
絵を描く動機、今際の祖母との見えない対話
<p>──絵を描きはじめたきっかけはありますか。</p>
<p>「母はデザイン学校に通っていて絵が好きだったこともあり、幼い頃から一緒にスケッチなどをしていました。家に母の描いたムスカリの小さな絵があって、それがとても好きだったのを覚えています。それで高校も大学も美術方面に進みました」</p>
<p>──描くことは身近な行為だったのですね。</p>
<p>「絵を描くのは楽しくて自然なことでした。ただ、大学生になって自分の世界が広がりはじめた頃、自分にとって描くことに目的や理由はなく、描きたいものがないことに気づいて悩みました。そんな時、祖母の臨終に立ち合い、独特な体験をすることでテーマを見つけたように思います」</p>
<p class="picture"></p>

	

<p>左：「My daughter」91×91cm ,oil on canvas,2025 右：「hand」22.7×22.7cm, oil on canvas,2025</p>
<p>──どんな独特の体験をしたのでしょうか。</p>
<p>「祖母は肺がんに罹患していて、今夜が峠という日を迎えたのですが、集まった身内の中で、見守る人と葬儀の準備をする人に分かれ、僕は見守る方に入りました。あの時、祖母の心臓は動いていて、聴覚などは働いているはずなのですが、まるで肉体の塊を見ているような気持ちになりました。呼吸の音を聞きながら何時間も経った頃、ふと祖母の首や唇が動きました。その時、『おばあちゃん』と呼びかけると、瞼を開いて視線をこちらに向けてきたんです。そのまま数時間後に息を引き取りました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>「祖母が目を開いた時、嬉しいという気持ちと、少し怖いような、理解できない戸惑いみたいなものが残りました。言葉で言い表せない『得体の知れなさ』があったのです。祖母は無表情で無言でしたし、どのくらい見えていたのか、何を考えていたのかは分かりません。ただ、祖母が亡くなった時、自分の中で何かが切り替わって、もっと知りたい、描きたい、という思いから『ひとが他者へ向ける親密さとそのまなざしのあり方』を問うようになったのです。それがポートレートシリーズに着手するきっかけとなりました。対象は祖母だけのものというよりは、親密な関係を持った人同士のまなざしと向き合っていて、記憶の断片みたいなものもイメージにあるので、色彩は淡く、輪郭はぼやけています。そうすることで誰かと誰かの間に流れる親密さや記憶の曖昧さを追求しようと思っています」</p>
</p><p></p>家族が過ごした光景　過去の時間に生きた人々を取り巻く空気を伝えたい
<p class="picture"></p>
<p>──絵はある人の視界で、その視点人物と描かれた人の距離感は、いまわの際にあるお婆様と吉田さんの距離感と重なっているということですね。画題は実在の方なのでしょうか？</p>
<p>「ライフワークとしている題材があります。ドイツのハンブルグのアーティストインレジデンスに参加していた時、フリーマーケットで古いファミリーアルバムを見つけたことがきっかけで、その家族を描くようになったのです。写っているのは一つの家に住んでいる家族で、お父さんとお母さん、それに子どもたちがいる家庭です。僕は彼らについて裏設定を考えて人物像を膨らませ、父親の目に映る家族の様子を描いています。一つの家族の人生や歴史を作品にしたいと思って制作しています」</p>
<p>──写っていたのは実在の家族だと思いますが、その先の設定は吉田さんが考えたということですね。</p>
<p>「はい、彼らの物語は既に20～30年分くらい考えています。このシリーズを初めてまだ3年くらいですので、この先どうなるか分かりませんが、続けていきたいと思っています」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──まるで映画監督が家族の歴史を撮っているようです。</p>
<p>「映画をつくりたいという感覚で描いている気がします。時系列で発表していくというよりは、歴史を決めてランダムに制作しようと思っています。実際の出来事や、何を考えていたのかなどは分からないのですが、家族をロングスパンで捉え、過去の時間に生きた彼らを取り巻く空気を捉えたいのです。描画の際は別の映像などを手掛かりにすることもあって、動きを細分化して採用することもあります。目的がある行動をしている時より、何かの繋ぎの動作をしている時など、取るに足らない瞬間を描くのが好きです」</p>
<p>──絵を描く動機やスタイルは人それぞれですが、ユニークですね。</p>
<p>「自分にとって身近だから絵画という手段をとっているのですが、今やっていることが果たして絵画なのか、どういう役割を果たすのかも分かりません。描きたいことは、絵の中の世界というよりも、モチーフとなる人物やものを見つめている人物、つまり家族の中での父親のまなざし(描かれていないもう一人の存在)が、僕の絵を見ている人のまなざしと重なることです」</p>
<p>個展「Absence of bedroom」展示風景(GALLERY crossing),2023<br />
「Good night, my father」100×100cm ,oil on canvas,2023</p>
<p>──作品についてお伺いします。『Good night, my father』はどういう状況なのでしょうか？</p>
<p>「岐阜県・美濃加茂のギャラリークロッシングで開催した展覧会『Absence of bedroom』でメインになった作品で、父親が寝室に入り、『おやすみ』の挨拶をした時に振り返った娘の顔を描いています。例えば『Silence is in your hands』は家族の息子の後ろ姿だったりします。僕は絵の構成を描く前から決めていて、正面の顔は少なく、後ろ姿や少し俯いた横顔などを描くことが多いです。『Good night, my father』のシチュエーションと同じように、“誰かが誰かへ向けたさりげないまなざし”を意識した視点にしているからです。また、一枚一枚の絵を空間に並べた時にそれぞれがどういう役割を果たすのか考えて描き始めたりもしますね」</p>
<p>──同じ人を描くこともありますか。</p>
<p>「はい、『Good night, my father』に登場した時、娘はまだ十代でしたが、それから十年以上経って、もう家を出るかもしれないというタイミングの絵も描いています。日常のなにげない動作の一コマを捉える父親のまなざしの尊さを体験していただきたいですね。父親の視点で対象を見ている以上、絵には父親が出てくることはありませんし、家族全員が揃うことはありませんので、観る方で父親の人物像をつくっていただきたいのです。僕の展覧会を全て見ていただくと、家族の物語が立ち上がり、より想像できるようになると思います」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──かつて遠い過去にいた家族の存在やその父親による親密なまなざしと、吉田さんのお婆様との極めてプライベートな距離感を重ねて作品と向き合っているんですね。どんな技法で表現しているのでしょう？</p>
<p>「油彩は最初にモノトーンだけで描き、光と影を意識して絵に立体感を出す『グリザイユ』の技法を使って描いています。通常のグリザイユは色を薄めて透けさせるのですが、僕は色を少しだけ載せて乾いた布で拭い取ったりブラシで擦ったりして質感を出しています。色彩や輪郭の表現は、人と人との間に生まれる親密さや曖昧な記憶の在り方をイメージに近づけるように心がけていますね」</p>


	


<p>左：家族の子どもたちが幼い頃使っていたティースプーン。右：将来、陶芸家になる娘が晩年に作ったという設定の陶器。</p>
<p>──スケッチなどは描くのでしょうか。</p>
<p>「昔からスケッチやドローイングやデッサンなどをする習慣はありませんでした。美術の教育だと大量のデッサンを描かなければいけないのですが、僕のデッサンはかなり少ないですね。描くための段取りよりも、画題の物語の段取りの方が大切だと思ってるので、展覧会でお見せするためのものではないのですが、物語に関連する小道具を揃えたりしています。例えば、家族の子どもたちが幼い頃に使っていたティースプーンなど、古い小道具はいろいろな場所で少しずつ見つけてきます」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──とてもかわいらしいアイデアですね。</p>
<p>「物語のために家の模型をつくったりもしますね。あと、僕の母親が絵を描いていたことをモデルにして、絵の中の家族の母親も絵を描くという設定です。家族は鳥を飼っているのですが、このインコやカナリアの小さな水彩画は、家族の母親が描いたことにしています」</p>
<p></p>「分からなさ」を作品にする
<p>「A Hushed Promise」41×31.8 cm, 2025, Oil on canvas</p>
<p>──吉田さんは、油彩以外のインスタレーションもつくっていますね。</p>
<p>「祖父にまつわる手紙の作品もあります。祖父は僕をかわいがってくれて、いろいろな場所につれていってくれました。そのうち体調が悪くなって外出できなくなり、手紙でやりとりするようになりました。やがて手紙の字も読みづらくなり、最期の手紙はほとんど読めませんでした。ただ、僕のことを思って書いてくれた言葉、祖父にしか書けない言葉、でも僕には読めない言葉が綴られている、その分からない手紙が一番考えさせられました」</p>
<p>──分からない、理解できないからこそ考えさせられたんですね。</p>
<p>「『分からなさ』に触れた時、作品をつくりたいという衝動が生まれるように思います。手紙を作品にしようと考えた時に、書くことや読むことよりも、もっと別の方法でつくりたいと思ったのです。結果、箱の中に飛鳥時代の石やドイツの蚤の市で買った糸巻など、滞在先にあったもので、理由はないけれど惹かれるものを集めました。色や配置なども、自分の中で『そうしたい』と思ったものをつくっています。過去の人を包んでいた空気や理由もなく拾いたくなる石、撮りたくなる風景など、『引き止められている感じ』といいますか、『後ろ髪をひかれるもの』を集めて作品にしました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──とても美しいです。</p>
<p>「突飛な考えかもしれませんが、もしも自分が死者だったら、自分の大切な人のところに行って何かしらアクションを起こして、その人を引き留めようとするんだと思います。きっと、ちょっと立ち止まって目の前のきれいな景色に気づかせるくらいの、ほんとうにささやかなことしか叶わないだろうけど、そのときその人の心が動く瞬間に僕がそばにいたいのです。伝えたいことがたくさんあっても、そうやって寄り添うくらいしかできないと思っています。もしかして死者がそんなふうに目には見えない別の言語として私たちに呼びかけているのだとしたら、と想像をして、地上に散りばめられた欠片の一つ一つを寄せ集めて弁当箱みたいに詰めて、一通の手紙のようなものができたら美しいなと思ってこれらはつくりました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──この丸い箱も作品ですか。</p>
<p>「この作品は、入れ物の丸い木箱も作品の一部で、観る人に開けてもらうスタイルです。中身はタンポポの綿毛をドライにしたものですが、祖父への手紙と同じ、言葉にならないものを作品にしていますね。ほかにも知り合いのアーティストと往復書簡を行ったのですが、その方は日本に滞在していた時に撮った写真やラベンダーが入った箱の手紙を送ってくれました。僕は水彩のポートレートと鎌倉の葉山で拾ったものなどを詰めた箱を手紙にしました」</p>
アートとは「世界を知る方法」
<p class="picture"></p>
<p>──吉田さんにとってアートとは？</p>
<p>「美術館に行ったり鑑賞したりするのは好きですし、絵画の面白さを語ることはできると思うのですが、僕自身がアートに憧れがあるかと言えばそうでもなくて、アートで世界を変えたいと願ったり、大きな役割などを感じているわけではありません。僕にとってアートは世界を知る方法で、アートを介して伝えたいことがあるのだと思っています」</p>
<p>個展「The Living Room」2025(LURF GALLERY ・東京)</p>


	


<p>左：「Hand」22.7×22.7cm, 2025, Oil on canvas　右： 「He is inside the room」116.7×91cm, 2025, Oil on canvas</p>
<p>──描くことの動機や画題は緩やかに繋がっているようにも思います。</p>
<p>「表現したいという想いは、祖母が亡くなった時の距離感を描き続けたいという気持ちや、家族のシリーズの、過去にはいたけれど今はいなくなってしまった人を包んでいた空気や、過去の人々の間に漂う親密さ、自分が理由もなく惹かれるものの意味を問いかけるという気持ちに由来しています。そういったものを伝えることで観る人に感動してもらう、心を震わせることができたら嬉しいです。描くことで過去の人々が世界から忘れられずに呼び戻され、誰かにもう一度知られるならば、それが僕の生まれてきた意味でもあると思っています」</p>
<p></p><p>The post アーティスト吉田紳平インタビュー「過去の人の間に漂う親密さを描きたい」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>祖先とつながり、起源に立ち戻る。マオリの信念を伝えるNZ発香水ブランドCurionoirに宿る深い精神性</title>
        <link>https://numero.jp/interview476/</link>
        <pubDate>Fri, 19 Dec 2025 09:00:09 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[fragrance]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p class="picture"></p>
<p>ニュージーランドに土着するマオリ民族の血統と文化を引き継ぐTiffany Witehiraによる香水ブランド、Curionoir（キュリオノワール）。芸術作品のような佇まいと、小さなポーションで持ち運べる利便性、特徴的な香りで、人気を誇っている。</p>
<p>草花の特徴を活かしてブレンドされたCurionoirは、一つひとつがティファニーの大切な記憶に沿って、詩のように織り込まれている。濃度高く抽出された香りはその人の体温に乗って特徴を変えながらゆっくりと芳香する。ガラス職人たちとともに創り上げる香水瓶やキャンドルは、一つひとつ形が違い、主人の個性をそっと肯定する。使い終わったキャンドルはそのまま花瓶としても活用できる。</p>
<p>元々スタイリストとして活躍していたティファニーは、調香師となり、やがて、マオリに伝わる願いや祈りを込めたブランドを成功させることとなった。マオリ民族をルーツに持つ彼女のクリエイティブジャーニーに強い影響を及ぼしているのは祖母の存在だ。インディジネスの人々が大切にしてきた自然への敬意、畏怖、祈りや癒やし、そしてマオリのルーツに通じる大切なこころについて話を聞いた。</p>
<p class="picture"></p>
<p>──お会いできて光栄です。可愛らしいタトゥーが入っているんですね。</p>
<p>「このタトゥーは、古代マオリの女神を表しています。マオリの創世神話の中に登場する存在で、人が亡くなったとき、その魂が次へ向かうまで見守る役割を持っています。『ヒネ』は女性、『テ・ポウ』は夜を意味します。『ヌイ・テ・ポウ』は、“最も長い夜”。とても深い闇の象徴でもあり、同時に、守りの時間でもある。死というよりも、その先に進む前の“間”を司る存在ですね。私はこの女神に、昔から強く共鳴してきました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──Curionoirという名前も、その世界観と強くつながっていますね。</p>
<p>「Curionoir自体は、マオリ語ではありませんが、私たちがとても大切にしている『Whakapapa（ワカパパ）』──系譜、血統、精神性──は、しっかりと繋がっています。私たちにとって、ものをつくるという行為には、『なぜそれをするのか』『どこから来ているのか』という背景が大切です。それがなければ、意味がないんです。何にもつながっていないものを、ただ“美しい”からという理由だけで生み出すことは、私にはできませんでした。</p>
<p>私が調香を学び始めたのが、20年ほど前で、その頃の環境はフランス語が中心でした。しかし、どんなに周囲の言語や文化が変わっても、私の中には『Whakaaro Māori』──マオリの思考のあり方が、ずっと残っていました。それは学んだものというより、血の中にある感覚です。</p>
<p>Curioは、好奇心を刺激する芸術的なオブジェを意味します。Noirは、闇、マオリ語でTe Pō。この二つを結びつけたとき、私が生きていた“ある時間”が、そのまま名前になりました」</p>
<p>──その“ある時間”というのはどのような時間だったのでしょうか？</p>
<p>「息子に授乳していた頃です。夜中に目が覚めて、そのまま眠れなくなることがよくありました。でも、ただ起きているのではなく、その時間に調香をして、学び続けていました。闇（Te Pō／Noir）の中で。</p>
<p>誰にも見せるつもりもなく、将来これが仕事になるとも思わず、ただ、惹かれるものに手を伸ばしていたんです。Curionoirという名前は、まさにその夜の時間のWhakapapaなんです」</p>
</p><p></p><p class="picture"></p>
<p>──当時はファッションや広告の仕事していましたが、なぜ調香師の道を選んだのでしょう？</p>
<p>「はい、ニュージーランドで、ファッションや広告の現場に関わっていました。当時を振り返ると、香りづくりは、最初は完全に“サイドプロジェクト”だったんですよ。正直、その頃『調香師になる』とか『ブランドをつくる』とかそんな明確なビジョンは、まったくなかった。ただ、なぜか離れられなかった。理由は説明できないけれど、『やらずにはいられない』という感覚だけがあったんです」</p>
<p>──そこには、家族の存在も強く関係しているのでしょうか？</p>
<p>「とても大きいです。私の家系では、代々、マオリの伝統医療『Rongoā（ロンゴア）』が受け継がれてきました。曽祖母の父は、Tohunga（トフンガ）と呼ばれるヒーラーでした。Rongoāは、在来植物を使った伝統的な医療のことです」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──マオリの伝統医療「Rongoā」について、教えてください！</p>
<p>「在来植物を使った治療法で、木や低木、花、シダ、樹皮、木部などを用います。でも、それだけではありません。マッサージや身体に触れるケア、私たちが『ミリミリ』や『ロミロミ』と呼ぶ施術、そして『Karakia』と呼ばれる祈りや詠唱も含まれます。</p>
<p>Karakiaは宗教ではなく、エネルギーを整えるためのもの。行為に意図を与え、その人の身体や心の状態に意識を向けるための時間です」</p>
<p>──Rongoāは、ご家族の中でどのように受け継がれてきたのでしょう。</p>
<p>「Tohungaは、ヒーラーであり、知恵を受け継ぐ人でもあります。これは100年以上前の話で、彼の父や母、その前の世代も、同じようにRongoāを実践していました。特に、私の家系では女性たちがその知識を守り、つないできました。曽祖母、その母、姉妹たち。Rongoāとは、知識として学ぶものというより、暮らしの中で自然に身につくものだったんです」</p>
<p></p><p class="picture"></p>
<p>──日常の中では実際にどのようにRongoāのメソッドが使われていたのですか？</p>
<p>「もし誰かが咳をしていたら、『Kūmarahou（クーマラホウ）を取りに行こう』と森へ入る。筋肉が痛ければ、別の植物を使って身体を揉む。必要な分だけを採り、使い終えたら、また自然に返す。とても実用的なものでした。そして、そこに必ずKarakiaがあります。それは『治してあげる』という感覚ではなく、『今この人に必要なことをする』という姿勢です」</p>
<p>──Kūmarahouについて、もう少し詳しく教えてください。</p>
<p>「Kūmarahouは、私たちの家族にとってとても大切な植物です。今も毎日、葉を煮出してトニックとして飲んでいます。味は、正直に言うと、とても酸味が強いですし、多くの人が『美味しくない』と感じると思います。でも、呼吸器系にとても良く、アレルギーや皮膚炎、肝臓や内臓の浄化にも使われます。</p>
<p>冬は特に、喘息や呼吸が苦しい人にとって助けになります。花にはサポニンが含まれていて、水と一緒に揉むと泡立つ。石鹸のように使える植物でもあります」</p>
<p>──素晴らしい伝承医療ほど、伝えていくのが難しいという現状があります。</p>
<p>「1907年にニュージーランドで『トフンガ抑圧法』が施行されました。これは植民地政策の一環で、Rongoāの実践を制限するものでした。在来植物を使って人を癒すと、罰を受ける可能性があった。だから人々は病院へ行き、西洋医学に頼るしかなくなった。その結果、多くの知識が失われかけました。続けることが、とても難しい時代だったんです」</p>
<p>──お祖母様はどうしたんですか？</p>
<p>「彼女は、Rongoāを手放さず、同時に、看護師になる決断をします。それは伝統を否定するためではなく、西洋医学とマオリの世界、この2つを理解し、つなぐためでした。病院では、マオリ語を話せない医師と患者の間で通訳を務め、何が起きているのかを丁寧に説明していたそうです。</p>
<p>そして家に帰ると、『家で続けられること』『一緒に使える植物』そうしたことを人々に教えていました。対立させるのではなく、併走させる。それが彼女のやり方でした」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──祖母の存在や考えは、今のあなたの活動にどのように影響していますか？</p>
<p>「私が今やっていることは、正直に言って、祖母の教えがなければ成り立ちません。</p>
<p>祖母が何より大切にしていたのは、『取りすぎない』という考え方でした。必要な分だけを使うこと、それ以上は自然から受け取らないこと。それは言葉で教えられたというより、日常の行動そのもので示されていました。</p>
<p>祖母はとても質素な暮らしをしていました。派手なことは何一つなく、でも、すごく強い軸があった。自然と向き合う姿勢、人と関わる姿勢、そのすべてが静かでした。その考え方は、今の私のものづくりにそのままつながっています。プロダクトが売り切れたとしても、無理に補充はしません。ときには数カ月、待ってもらうこともあります。『作れるから作る』『求められているから増やす』という判断はしません。その姿を見て育ったからこそ、私も香りづくりの中で、伝統と現代、自然と科学を分けて考えることができません。</p>
<p>祖母はもうこの世にはいませんが、私の中では、ずっと一緒にいます。判断に迷うときや、少し立ち止まる必要があるとき、自然と祖母の姿や言葉が浮かぶ。今、私がやっていることは、祖母から受け取った感覚を、別の形でつなぎ直しているだけだと思っています」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──最初の香り「Dark Bouquet」は、ティファニーさんにとってどんな存在ですか。</p>
<p>「森にナナと曾祖母と一緒に入って、数日間過ごしたあとに生まれた香りです。森から出たところに、ジャスミンの茂みがあって、私たちはそのジャスミンに手をこすりつけていました。自然の中にいたあとの、あの突然の甘さ……。ジャスミンが強く、ベチバーや少しレモンのフレッシュさ、そしてシナモン。とても若くて、シンプルな香りです。17年くらい前に作った香りで、私にとっては原点と言えます。今の作品と比べることもあるけれど、ノスタルジーがあるので、残しています。私にとっては『時間と場所』がはっきりある香りだから」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──最新作のひとつ Opia について教えてください。</p>
<p>「Opia は、人と目が合ったときに生まれる感情から来ています。相手の瞳の奥に、引き込まれていく感じ。瞳孔の奥の、深さや暗さ。これは『死』ではなく、深さです。ダークで、ウッディで、とても樹脂的な素材を使っていて。とても、ミステリアスな香りです」</p>
<p>──Extrait de Parfum（エキストレドパルファム）にこだわっていますね。</p>
<p>「私たちが作っているのは、すべて Extrait de Parfum です。これは、もっとも濃度が高く、樹液のような質感を持っている香水です。拡散するための香りではないんですね。Extraitを肌に押し込むこと。ゆっくり混ざること。それは『纏うもの』ではなく、『関係を持つもの』だと思っています」</p>
<p>──香りを通して、何を一番伝えたいですか。</p>
<p>「世界を変えたいわけではありません。ただ、誰かが祖母を思い出したり、森や自然、昔の記憶を思い出したり、少し立ち止まって呼吸する時間を持てたら。それで十分だと思っています」</p>
<p></p><p>The post 祖先とつながり、起源に立ち戻る。マオリの信念を伝えるNZ発香水ブランドCurionoirに宿る深い精神性 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>礼真琴、新章へ。喜びもゆらぎも力に変えて、歩み出す理由</title>
        <link>https://numero.jp/interview475/</link>
        <pubDate>Mon, 15 Dec 2025 09:00:27 +0900</pubDate>
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        		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
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            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>2025年8月に宝塚を退団し、新たな一歩を踏み出した礼真琴。「ひとりで歩き始めて2歩目」だと語る彼女は、毎日揺れ動く心境の中で、新しい出会いや挑戦に身を委ねながら、自分自身の輪郭を更新し続けている。トップスターとして積み上げてきた覚悟と、まだ知らない未来への高鳴り。そのすべてを抱えながら、“礼真琴の第二章”は静かに加速していた。</p>
「宝塚で過ごした時間は、“礼真琴”を形づくったすべてなんです」
<p class="picture"></p>
<p>──宝塚歌劇団を2025年の8月に退団されて少し時間が経ちましたが、どんな心境の変化がありましたか？</p>
<p>「毎日、心境が変化しています（笑）。退団した後、まだ宝塚に自宅があった頃は、家に帰るたびに少し切なくなったり、悲しくなったりしていたんです。でも、上京をしてからは、いい意味で“帰る場所がない”状態になったからこそ、『前に進むしかない』という気持ちに切り替わりました。今回のような撮影を経験したり、新しい方々と出会う機会が増えて、新鮮で刺激的な日々を送っています」</p>
<p>──宝塚歌劇団での経験はすべてが宝物だと思うのですが、振り返ってみていかがですか？</p>
<p>「宝塚で過ごした時間は、“礼真琴”を形づくったすべてなんです。だから退団した今も、つい『宝塚ではこうだったけど、ここではどうなんだろう』と、何事も宝塚を基準に考えてしまいます。でも、環境が変わった今でも、人との関わり合いのように変わらないものもありますし、宝塚時代にずっと続けていたルーティーンが、今の生活で自然と役に立っていることもあるんです」</p>
<p>──具体的にどのようなことでしょうか。</p>
<p>「まず、朝起きたらどんなに暑くても湯船に入ります。そうすることで、身体をリセットしているんです。さらに、宝塚時代からずっと一緒に過ごしてきた愛車をそのまま東京に持ってきました。車の中って、いろんな思い出がよみがえるんですよ。だからこそ、新しいことで頭がいっぱいいっぱいになったとしても、愛車に乗るだけで心がふっと癒される。そんな些細な出来事が、私の芯になっているように思います」</p>
<p class="picture"></p>
<p>──これまでトップスターとして活躍される中で、大きな責任感やプレッシャーもあったと思いますが、ご自身の弱さを誰かに見せることができましたか？</p>
<p>「弱さは絶対に出さないタイプでしたね」</p>
<p>──それは、今も変わりませんか？</p>
<p>「う～ん……出したくないというか、出せないんです。星組時代も周りに『何かあったら言ってね』と声を掛けてくれる方がたくさんいてくれたのですが、性格的に人に頼るのがあまり得意じゃなくて（笑）。自分の悩みを打ち明けることで、相手の時間を奪ってしまう気がして、つい申し訳なくなってしまうんです」</p>
<p>──その感覚は、幼い頃からあったのでしょうか。</p>
<p>「いや、宝塚に入ってからですね。決してそれをネガティブに捉えているわけではないのですが、『これは相談しようかな』と思ったとしても、相手のことを考えると『自分で解決したほうがいいか』と思ってしまうんです。ちょっと面倒なタイプなんです（笑）」</p>
</p><p></p><p>コート¥1,113,200　ニット¥185,900　ピアス¥155,100　ブレスレット¥165,000／すべてEtro（エトロ ジャパン 03-3406-2655）</p>
<p>──でも礼さんはとてもお話しやすいタイプだから、逆に相談される機会は多かったのではないでしょうか。</p>
<p>「そうですね。私は人の話を聞くのが好きなので、誰かとお会いするときも“ずっと話していてほしい”と思うタイプなんです（笑）。だから、自分の悩みはあまり口にせず、時間が解決することを待つことが多いですね」</p>
<p>──気持ちの発散は、どのようにされていたのでしょうか。</p>
<p>「実は私、とても泣き虫なんです。自分のことではあまり泣かないのですが、ドラマや映画を観るとすぐに涙がブワッと出てしまうタイプ。先日も、星組公演の『アレクサンダー』を観て心から感動し、自分でも驚くほど号泣してしまいました（笑）。私が退団した後の3カ月の間に、星組生は新しい作品をつくり上げ、千秋楽まで走り抜けているんです。そのタカラジェンヌのエネルギーと底力に圧倒されましたし、舞台上のみんなの頑張りを見ていたら、思わずボロボロと涙があふれてきて……」</p>
<p>──それは在籍時にはなかった感情ですか？</p>
<p>「新しい感情でした。当時は自分も演じる側だったので、客観的に受け止めたことがなかったんです。でも、今回は違った視点で観ることができて、改めて『すごいところにいたんだな』と実感することができました」</p>
<p>──新しい感情との出会いが続く、そんな日々なんですね。</p>
<p>「本当にその通りで、毎日が学びの連続です。宝塚にいた頃は、たくさんのことを多くの方に支えられていたんだと、改めて気づきました。稽古初日には台本や楽譜も揃っていて、自分が出る場面も衣装も、すでにすべてが決まっているということが“当たり前”の環境だったんです。でも今は、コンサートひとつをとっても全部自分で決める立場になっていて。『自分は何をしたいのか』『何をすべきなのか』に向き合う日々。正直、頭がパンクしそうになることもありました（笑）。それでも、今はそのプロセスがすごく楽しいんです」</p>
<p></p>「毎回、怖いくらい緊張しますし、不安や恐怖もあります。だからこそ、“どう乗り越えるか”が自分の課題なのです」
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<p>──改めて今、表現する楽しさ、表現する意味をどう捉えていますか？</p>
<p>「きっと、これから感じるんだと思っています。これまで男役として培ってきたことが、どう舞台で役立つかはまだまだ未経験ですし。なによりも、2026年に主演させていただくミュージカル『バーレスク』は未知の世界なので、今はすごくワクワクしています。ただ、純粋に楽しみな気持ちだけでなく、不安で怖い気持ち、早く飛び込んでみたいという気持ちや緊張が入り混じっている状態で……。はじまってしまえば、楽しみ方を見いだせると思うのですが、今の準備期間がいちばん怖いですね」</p>
<p>──ミュージカル『バーレスク』の主演が決まったときの心境を教えてください。</p>
<p>「かなり前に映画を観たときは、自分が主役を演じるなんて想像もしていなかったので、ただ単純に楽しんでいました。でも、実際に役が決ってから改めて観直したら、顎が落ちるほど衝撃で！　さらに、ロンドンでミュージカル版を観たときは、出演者のみなさんの圧巻のパフォーマンスに完全に圧倒されてしまって。だからこそ、日本のキャストでどこまでできるのか──その挑戦を、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです」</p>
<p>──お話をしていると、プレッシャーに負けるようなイメージがあまりないのですが……。</p>
<p>「いえいえ、めちゃくちゃ感じます！（笑）　毎回、怖いくらい緊張しますし、不安や恐怖もあります。だからこそ、“どう乗り越えるか”が自分の課題なのです。結局は、どんなことでも“練習の量”と、“負けず嫌いの気持ち”、そして“自分には負けたくない”という強さが大事なのかなと思っていて。宝塚にいた頃も、怯えている自分やひるんでいる自分に負けたくなくて、毎回自分を奮い立たせて舞台に立っていました。きっとこれからもその姿勢は変わらないと思いますし、一生、自分自身と戦い続けていくんだろうなと思っています」</p>
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<p>──そのストイックさが、舞台に立ち続ける原動力になっているんですね。</p>
<p>「そうですね。現役の頃は、どんなコンディションの日でも『絶対にここまではやる』という自分なりのラインを決めていました。調子がいい日や、休前日はそのラインを超えていきますし、逆に体調がすぐれない日は、どうにかそのラインだけは下回らないように踏ん張っていて。でも、そう考えると……やっぱりストイックなのかもしれないですね（笑）」</p>
<p>──自分を保つためにしていたことはありますか？</p>
<p>「役や仕事を家に持ち込まないようにしていました。家に帰ったら、愛犬とゴロゴロしてリラックスする時間に切り替えるんです。そのスイッチがはっきりしているので、たとえ舞台で極悪人を演じていても、直前まで爆笑していることもあるくらい（笑）。オンとオフをきちんと分けることは、すごく大事にしています」</p>
<p>──これから、どんな景色を見てみたいと思いますか？</p>
<p>「まだ、“ひとりで歩き始めて2歩目”くらいの段階なので、正直どんな未来が待っているかは想像しきれないんです。でも、コンサートや『バーレスク』を終えたら、きっと新しい自信が生まれると思うので、今はその瞬間が楽しみですね。男役時代も、自分では自覚ができていなくても、経験を重ねることで確かな積み上げがありました。これからも同じように、経験と自信をひとつずつ重ねていきたいと思っています。</p>
<p>そして今後は、舞台に立つことや歌うことだけでなく、映像の世界にも挑戦してみたい気持ちがあります。その夢を一つひとつ叶えていくためにも、まずは目の前のことを丁寧に、着実に積み重ねていきたいですね」</p>
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<p>──では最後に、2009年の宝塚入団当初の自分自身に会えるチャンスがあるとしたら、どんな言葉をかけたいですか？</p>
<p>「『調子に乗るなよ』って言いたいですね（笑）。3年目くらいの自分の舞台映像を見ると、どこかちょっと調子に乗って、カッコつけて踊っているんですよ。それを見るたびに『もっとまじめにやってよ～！』って思うんです。でも、今日の撮影の写真だって、10年後に見たら『無理に女性らしく撮ってない!?』なんて思うかもしれないですよね（笑）」</p>
<p>──10年後、その気持ちを確認するためにも、またインタビューさせてくださいね（笑）。</p>
<p>「ぜひ！」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ミュージカル『バーレスク』日本キャスト版<br />
脚本／スティーヴン・アンティン<br />
エグゼクティブプロデューサー／クリスティーナ・アギレラ<br />
演出／トドリック・ホール<br />
公式HP／http://www.umegei.com/burlesquejapan2026/</p>
<p><br />
東急シアターオーブ（東京）2026年5月～6月<br />
梅田芸術劇場メインホール（大阪）2026年7月　<br />
博多座（福岡）2026年7月～8月</p>
<p></p><p>The post 礼真琴、新章へ。喜びもゆらぎも力に変えて、歩み出す理由 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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