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    <title>Numero TOKYOHitomi Kanehara / 金原ひとみ | Numero TOKYO</title>
    <link>https://numero.jp</link>
    <description>クリエイションが詰まったインターナショナル・モード誌『Numero TOKYO』のWEBサイト</description>
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        <title>蜷川幸雄×金原ひとみ『蛇にピアス』対談　クリエイションは世代を越える</title>
        <link>https://numero.jp/20250621-snakes-and-earrings/</link>
        <pubDate>Sat, 21 Jun 2025 03:00:39 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Hitomi Kanehara / 金原ひとみ]]></category>
		<category><![CDATA[Yukio Ninagawa / 蜷川幸雄]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>金原ひとみの小説『ミーツ・ザ・ワールド』が松居大悟監督、杉咲花の主演で映画化、映画化が決定した。金原の小説が映画化されるのは、『蛇にピアス』以来17年ぶりとなる。これを記念して、『蛇にピアス』映画化の際に小誌で実施した、2008年の蜷川幸雄と金原ひとみのスペシャル対談のアーカイヴを公開する。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2008年10月号掲載）</p>
<p class="picture"></p>
</p><p></p>年齢は離れていても、実は似た者同士の二人
<p>蜷川幸雄（以下Ｎ）「以前、僕が会いたい人に会うという企画があって、僕からリクエストしたのが初めてお会いしたきっかけですね」</p>
<p>金原ひとみ（以下Ｋ）「最初、すごく怖くて。どうしようと思っていました。蜷川さんと対談するんだと話すと、周りからいろいろな怖いエピソードを聞かされて。びくびくしながらお会いしたら、すごく優しくて、ど肝を抜かれましたね。逆に、それはそれで怖いと（笑）。でも、すごく親しみやすく、根本的なところで似たものがあるのではと、図々しくも思いました。その時は、すごく伝わる話ができて嬉しかったです」</p>
<p>Ｎ「金原さんの小説を読んで、『世界をこういうふうに描く人は、どういう人かな』と思ったんですね。意外と僕は人見知りなんですよ、原則的に人に会いたくない。恥ずかしいのだけど、こういうことは歳をとっても変わらず、『行きたくない、行きたくない。会いたくない、会いたくない』とすぐ思ってしまう。僕の場合は自意識過剰だったり、そういう鬱屈みたいなものや、現実に対するずれた感覚があって。そういうニオイを金原さんの作品を通して感じるんだと思う。で、僕も怖いもの見たさじゃないんだけど、『ちょっと会ってみたいけど、怖いよな』という感じでした。ところで、金原さんは作品をいつ書くんですか？ 夜型ですか？」</p>
<p>Ｋ「夜に書いていたのですが、最近は生活リズムが昼になったので、それに合わせて昼に書くようになりました。そうなると、変わるんですよ」</p>
<p>Ｎ「ストーリーも含め、言葉の出てくるところが違ってくる？」</p>
<p>Ｋ「使っている脳が違う感じですね。前はもっと中の方からジワッとくる感じだったのですが、今は外側からくる感じ。不思議なことに、それによって書く人物やストーリーや、文章というのも少しずつ変わってきました」</p>
<p>Ｎ「僕は長い間、胃潰瘍だったんですね。お腹が痛くない、気持ち悪くない日がないくらいで。仕事場でも錠剤の胃腸薬を目の前に置いて、痛くなるとポリポリ食べてたんです。3日で一瓶なくなるくらい！　それがある日、突然治って、どこも痛くなくなった。そうしたら『おぉ、空ってこんなに青いんだ！』と思ったの。それまではどんなに晴れている日でも、いつも痛いのを我慢していたので、どこかで不機嫌だったんですね。ニコニコしていても、どこか神経はささくれていた。でも、こんなに人って変わるんだと思いましたね。今の昼型になった話というのは、それくらい激しい転換なのでは？」</p>
<p>Ｋ「そうなんです！　あと、ヘビースモーカーだったのですが、タバコをやめた途端に眠れるようになりました。不眠症が治って『快調とはこういうことか！』と。自分にとって完璧な状態になると、こんなに世界は輝いているのかと感じましたね。今までの苦労は何だったのだろうと思うくらい（笑）、すごく清々しい気持ちで日常を過ごせるようになりました。それこそ、タバコの煙でモヤモヤした中で生きていたので」</p>
<p>Ｎ「僕も『分かった、俺って単なる動物なんだ』って思った。『偉そうなことを思っていたけど、単なる動物じゃないか』って（笑）。どこも痛くないと、こんなに変わるものなんだと。でも、それまでずっと長い間、胃が痛いのを目安にモノをつくってたんだよね。</p>
<p>胃が痛くていろいろなことを考えているから眠れない、すると夜明けにいろいろなイメージが悪夢のように湧く、という形で演出をしていたから、胃が痛くないと良いイメージが出ないという脅迫観念があった。だから、治ったら治ったで、今度は『痛い状態に戻した方がいいのかな？』と思ったり（笑）。健康な状態で、きちんと演出をするのに半年くらいかかりましたね」</p>
<p>Ｋ「私も禁煙してすぐはスランプになりました。全然書けなくなって、パソコンに向かう気にもなれないっていうくらいに。自分が不健康であったり、痩せていたりということをアイデンティティにしていたんだなと、そのうち気がついて。肺炎が治ったから小説が書けなくなった昔の文豪のような状態になったら困る、と担当編集者に言われて（笑）。でも、万全の状態から出てくる違和感のほうが、さらに深いところに到達できるんじゃないかと切り替えて、少しずつ書けるように頑張って。集中力を高められる場所を作り上げることが、一番の条件でした」</p>
<p>Ｎ「僕も全く同じだと思う。禁煙した時も、ヤクが切れた人みたいにやる気なく、ただベッドに寝ていて、何も創作意欲が湧かなった。昔はものすごい数のタバコを吸っていたんですよ。そりゃ、灰皿も投げるよってくらいに（笑）」</p>
<p>Ｋ「私も何をするにしてもタバコがないと不安で。禁煙のお店とか、絶対に行けなかったです。そういう自分に依存してしまうというところはありますね。今はそれがまったくないところで闘うしかないという状況を作っているので、それはそれでキツイんですけど」</p>
<p></p>演出家、映画監督としての本音
<p>Ｋ「本当にたった一人で誰かに読ませるわけでもなく書いていた作品でデビューして、それをきっかけにいろいろな人と知り合って。今回、長いプロセスを経て映画化という、また新しい形になって、強い安心感がありましたね。たった一人でつくってきたものが、蜷川さんをはじめ、真剣に考えたり、取り組んだり、お芝居で向き合ったりしてくれる人が出てきたということで作品自体に対して、私自身がほっとしたようなところがあります。</p>
<p>映像になったのを観た時は、頭ではわかっていたんですけど、やっぱりショッキングで、『そうか、こういう形になり得るものだったんだ』と思って。私自身は観念的なところで書いていたので、映画化とはこういうことなのかと、肌で実感しました」</p>
<p>Ｎ「僕はその試写にいなかった（笑）。『絶対に、行かない！　俺、会いたくないんだよ！』とか言って（笑）。特に作者はイヤなんですよ。自身の生理的な感覚も含めて、作品のイメージを持っているだろうから、違和感があるのは分かるわけで。なるべくなら撮影現場に来ないでほしいと思うんです。できたらその顔を見たくない。唐十郎にしても、見せろと言うんだけど『だめだめ！　俺だって作家の第一稿は見ないだろ』って。</p>
<p>金原さんが一回くらい現場に来るのはしょうがないと思うものの、もう来るとそのことが気になるわけ。平常心を装いながら、金原さんの表情が気になってしまう。俳優を紹介するにしても『この俳優にはああいう表情をしたけど、喜んでないのかな？』と、もう何だって気になる（笑）。僕は本をいじったりしないし、なるべく作者が書いた通りにしたいので、一線を越えないように気をつけている。いつでも作者の言葉で自分の世界が入り込んだり、埋めたりできると良いなと思っているから、ことさら作家が気になるんです。作家って言葉を選びながら、道も歩いてるんじゃないかと思うし（笑）」</p>
<p>Ｋ「でも蜷川さんも言葉に対して厳しい感じがします。蜷川さんが書かれたものを読んでいても、作家以上に潔癖な感じというか、完璧主義な部分が見えました」</p>
<p>Ｎ「文字オタクなんだよ、僕。本が大好き。本を読まないと寝られないし、入院した時も管をつけながら読んでたくらい（笑）。快活な武闘派だと思われてるかもしれないけど。今やっている芝居は、40年前の脚本を井上（ひさし）さんが直したのね。昔の原稿のコピーの上に、直した文字を入れていっているんだけど、用紙が真っ黒になるくらい訂正が入っていて。点、丸、語尾……もう新作だと思うくらいに直されていて。</p>
<p>そうすると『こんなに考えているなら、いじっちゃいけない！』と思うんですよね。俳優にも『作家がこんなに考えているんだから、お前ら勝手に語尾を崩すんじゃないぞ！』と見せますし。『ブレスはここでしろよ、ここが点で、ここが丸だ！』って。作家が何かを削りながら書いているのかと思うと、文字に手出しすまいと思うんですよ。だから作家が現場に来るのがイヤなんです（笑）」</p>
<p></p>世界の蜷川を悩ませた金原作品
<p>Ｎ「僕は全員に台詞を直してはいけないと言っていたけど、シバを演じたARATAくん（現：井浦新）の場合は『自分が演っている間に言葉が変わってしまう場合はどうですか？』と聞いてきた。自然に出てきて、その方が良いと本能的に選択する場合は構わないと答えて。その場合でも彼は許可を取ったね。それは俳優との関係と、彼の個性を見ながら少しずつ調整していった。</p>
<p>あと原作ではティッシュの箱を投げるシーンがあったけど、僕はそれを描いていなくて。小説としては成り立つのだけど、形となってみた時に、そこをお客さんに違和感なくつなげる自信がなくて……少し僕が逃げたんですね。そういう箇所はいくつかあるんです。もう少しやっても良いと思いながら、これはスレスレのところだなと思ったのね、描く場合は」</p>
<p>Ｋ「私も文章だから書けていることがたくさんあって。映画化が前提にあったら書けなかったと思うところもあります。でも、そこを取捨選択していくのがセンスなのかなって」</p>
<p>Ｎ「そこが難しいんだよね。『これを書くから金原さんなんだよな』というところと、『映像にした場合はなぁ……』というところで。この話は誰にもしていないけど、悩む箇所がいくつかあって。そういうところが面白いと言えば面白いし。でも、そこを突破すべきだったか、ちゃんと描いた方が良かったかというのは、ちょっと自分の中に残っているね」</p>
<p>Ｋ「そこを選び取るセンスが確固としてあったから、この小説の世界観が崩れなかったと思うんです。小説に書いてあることをそのまま演っても、飛び抜けたものになってしまうと思うんです。本当にすごくきちんと一つのラインがあって、それを見定めてやっているんだなというのは観ていて感じました」</p>
<p>Ｎ「金原さんの本の難しさって、実は微妙な細かい選択によって成り立っているんだよね、そう見せてはいないけど。そこの取捨選択が本当に難しかった。男の細かい仕草や眼差しなんかによってディテールが埋まっている、その細かいディテールが世界を成り立たせているところがあって。『くそー、金原め、難しい本を書きやがって！』と思った（笑）。本当に、その選択は難しかった」</p>
<p>Ｋ「やった！（笑）」</p>
<p>Ｎ「本はもう何十回も読んだ。意味を考えたり、イメージを考えたり、そこから再構成していくんだよね。撮影所では台本と、鉛筆でいろいろな書き込みをした単行本を並べてやっていましたね。今日、その本を持ってこようかなと思いながら、やめたの。取りかかったけど、やめたんだ」</p>
<p>Ｋ「見たいですね、是非」</p>
<p>Ｎ「線を引くにしても、定規で引かず、読んでいる感覚で引いていくわけなんですね。受験勉強みたいで面白かったですよ（笑）。そういう作業をしている時、自分の世代が勝手に若くなっているから、互角の勝負をしているわけ。そういうのは面白いな。</p>
<p>撮影で役者がそれぞれの役を演じているのを見ている時、僕自身が役になりきって、息を詰めながら見ているんです。息を詰めるというのは、どうも僕のモノをつくるときのポジションみたいで。一つ一つどの役も全部、息を詰めながら見て、追体験する。疲れるんだよ、これが。息を吐きながらだったりとか、いろいろなタイプの人がいると思うんだけど、息を詰めながら見るのが、どうも僕の快楽らしい」</p>
<p>Ｋ「撮影所にお邪魔させていただいた時、こんなに緊張感があるのかとビックリしたんですよ。想像していた撮影所の、何倍もの厳粛なムードで、冗談を言ったり、笑ったりできないような張りつめた空気があって。それは蜷川さんのやり方から生まれている緊張感なんでしょうね」</p>
<p>Ｎ「どこかで、『蛇にピアス』は僕にとってギリシャ悲劇みたいなんだよ。舞台は現代だけど、人のあり方の条件が深い神話に思えた。だから、いろいろなものを排除して、息を詰めていったんだと思う」</p>
<p>Ｋ「そこまで考えたことはなかったんですけど、私が蜷川さんに監督してもらいたいって思ったのは、古典を演出していらっしゃるからこそというのはあります。この作品を古典的なものだと、私自身も考えていて。この世の中に対して、冗談を介入させず、斜に構えることなく真剣に生きている登場人物たちの真っ当さはクラシカルな形に当てはまるのかもしれない」</p>
<p></p>それぞれの中に根付くクリエイター魂
<p>Ｎ「僕は子どもの頃から、小さい世界をつくり上げるのが好きだったのだけど、歳をとるにしたがって、そういった自己資質が強くなっているかもしれない。妄想のような世界が、舞台や映画のサイズになっていくんだけど、コツコツとミニチュアみたいな小さな世界をつくっていると、（現実の）世界やいろいろなことを忘れるからいいみたい。オタクのジジィみたいだけど（笑）。</p>
<p>でも今、すごく良い状態にいて。別にお金も名誉も欲しいわけじゃないし、その小さな世界以外のものはいらないと思う。純粋にその小さな世界に浸っていられるのは、子どものときの状態に帰っていく状態なのかな。なんだ、ボケじいさんみたいだな（笑）」</p>
<p>Ｋ「私にとって小説を書くことは食事をしたり排泄したりするのと同じレベルのことで、何かを生み出し続けているのはすごく自然なことなんです。排泄も出産も執筆もそうですが、何かを取り入れて出す、何かを育てて出す、ということを繰り返して自分も循環していくんです。</p>
<p>何かをつくり出す、生み出していくことは、やっぱり人間の本能なんじゃないかなって感じています。私にとってモノをつくるのは敷居の高いことではなく、日常の中にしかないもの。だから仕事という感じでもないし、趣味というわけでもない、すごく自然な行為。普通に生きていたら、何かつくっていたみたいな感じです」</p>
<p>Ｎ「きっとまだまだ奔放に、自己変革をしていくんだと思うよ。金原さんの歳の頃、僕はボロボロだったよ！　ふられ続けでしょ、いい仕事していないでしょ……最悪だよ（笑）。劇団とかで“僕はあなたたちを馬鹿にしてます”って、不快感を顔に出してやっていたもの」</p>
<p>Ｋ「あんまり今と変わってないということですか（笑）」</p>
<p>Ｎ「成長してないのかな？　マズイよな（笑）」</p>
<p></p>『蛇にピアス』
<p>蛇のように舌を二つに割るスプリットタンに魅せられたルイは舌ピアスを入れ身体改造にのめり込む。恋人アマとサディスティックな刺青師シバさんとの間で揺れる心はやがて…。原作小説は文芸誌『すばる』2003年11月号に掲載され、第27回すばる文学賞、第130回芥川賞をW受賞した。08年、蜷川幸雄監督により映画化された。</p>
<p class="picture"></p>
<p>小説『蛇にピアス』<br />
著者／金原 ひとみ<br />
価格／¥528<br />
発行／集英社</p>
<p>©2008「蛇にピアス」フィルムパートナーズ</p>
<p>映画『蛇にピアス』<br />
監督／蜷川幸雄<br />
出演／吉高由里子、高良健吾、ARATA（井浦新）、あびる優、ソニン<br />
Netflix、U-NEXT、Amazon Primeほかでデジタル配信中。</p>
<p></p><p>The post 蜷川幸雄×金原ひとみ『蛇にピアス』対談　クリエイションは世代を越える first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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        <title>鳥飼茜×朝吹真理子×金原ひとみ 鼎談「正しい身体の描き方をめぐって」</title>
        <link>https://numero.jp/20241011-mind-and-body/</link>
        <pubDate>Fri, 11 Oct 2024 03:00:17 +0900</pubDate>
        <lastpubDate></lastpubDate>
        <status>1</status>
        		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[Akane Torikai / 鳥飼茜]]></category>
		<category><![CDATA[mind and body]]></category>
		<category><![CDATA[Mariko Asabuki / 朝吹真理子]]></category>
		<category><![CDATA[Hitomi Kanehara / 金原ひとみ]]></category>
        <description>
            <![CDATA[<article><p class="first_section"><p>17人の書き手が記したリレーエッセイ集『私の身体を生きる』にて、自らの「身体と性」に向き合った鳥飼茜、朝吹真理子、金原ひとみ。３人の作家が考える各々の「身体と性」への向き合い方、今の時代の“正しい身体の描き方”とは。（『Numero TOKYO（ヌメロ・トウキョウ）』2024年10月号掲載）</p>
</p><p></p><p class="picture"></p>
<p>【参加者プロフィール】<br />
（左から）<br />
鳥飼茜<br />
1981年、大阪府生まれ。漫画家。近作に『サターンリターン』（小学館）、エッセイ『漫画みたいな恋ください』（筑摩書房）など。現在『バッドベイビーは泣かない』を『モーニング』で連載中。『先生の白い噓』（講談社）が映画化され、全国で公開中。</p>
<p>朝吹真理子<br />
1984年、東京都生まれ。作家。2009年『流跡』でデビュー。翌年、同作でドゥマゴ文学賞を受賞。11年、『きことわ』で芥川賞を受賞した。近作に『TIMELESS』（新潮文庫）、『だいちょうことばめぐり』（河出書房新社）など。</p>
<p>金原ひとみ<br />
1983年、東京都生まれ。作家。2003年、デビュー作『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を、翌年に同作で第130回芥川賞を受賞。近作に『ハジケテマザレ』（集英社）、『アンソーシャルディスタンス』（新潮文庫）ほか多数。</p>
「身体と性」に向き合った記録
<p>──17名の作家が「身体と性」に向き合ったリレーエッセイ集『私の身体を生きる』ですが、金原さん、朝吹さん、鳥飼さんはお互いの作品にどのような印象を抱かれましたか。</p>
<p>金原ひとみ（以下Ｋ）「二人に限らないんですけど、『身体を生きる』というテーマから想起されることがここまで違うのか、身体も性も本当に個人的なものでしかないのだなというのを実感して。人の可能性の大きさにも気づけたし、一つの財産のような本になったなと感じました」</p>
<p>鳥飼茜（以下Ｔ）「本当におっしゃるとおりで、皆さんそれぞれてらいなく表現できる能力がある人たちだと思うんですけど、このテーマを与えられたことで、よりそれが加速したっていうか」</p>
<p>朝吹真理子（以下Ａ）「私は『文學界』で連載が始まってから、毎号楽しみにしていて。だから雑誌に掲載された時点で皆さんのエッセイを読んでいます。でもこの間、金原さんとも話していたけど、性や身体のことだからなのかもしれないのですが、その瞬間の体感を書いているので……お二人が書いたのはいつごろですか？」</p>
<p>Ｔ「私は2023年と最近」</p>
<p>Ｋ「私は、結構前ですね、21年」</p>
<p>Ａ「たぶん、もう3年前の自分と今の自分って……」</p>
<p>Ｋ「そう、全然違うんです！」</p>
<p>Ａ「この連載をいま書くとしたら、ちょっとずつ内容が違うよねっていう話を先日していたんです。瞬間の思いだからこそ生々しくて。性の話を書きたくないし考えたくもない、という方もいて、全部がとても面白かった」</p>
<p>Ｔ「貴重な記録ですよね」</p>
<p></p><p>──どのエッセイも皆さんが真摯にテーマと向き合って書いたのだと感じましたが、書き上げるのに普段より時間がかかったのでは？</p>
<p class="picture"></p>
<p>Ｋ「私はエッセイと小説はあまり区別して書いていないので、構えずわりとスムーズに書いたんですけど、書籍にする段階になって真逆に変えたところがあって。連載時に『時代的に間違っているから、この男を嫌いになったわけじゃない』という内容で書いていたところを、書籍版では『時代的に間違っているから、この男を嫌いになったのだ』としたんです。</p>
<p>当時はまだ自分の中で揺れていた時期だったんですけど、３年の時をへて『あれは間違っていたから失敗したとしか言いようがない』と確信に変わっていたんです。短いスパンで自分も社会も変わったし、性を取り巻く環境自体も少しずつ変化しているのを感じる、一つの大きな前提が変わったのを実感しました」</p>
<p>Ｔ「私は依頼があった頃に自分が性欲とみなしてきたものが何であるかについて描きたいという思いが湧き出ていて。でも、私は漫画家なので、漫画にするとなるとストーリー仕立てにするなり、キャラクターを作るなり、すごくお膳立てしなきゃいけないから時間がかかるし、それこそ描き時を逃しかねない。そういうことを思っていたときに依頼が来たので、そんなに葛藤はせず出てくるままに書いたと思います」</p>
<p>Ａ「私は内容自体は変えてないです。むしろ連載時と身体の実感が違ったから『このとき、こういうことを考えていたなあ』と思い出しながら赤字を入れていました」</p>
<p>Ｋ「ちょっと別人感覚？」</p>
<p>Ａ「ある。その時々で人間の体感は変わるんだなと思って。書かれたときの暫定的な記録なんじゃないかな、と思います。人は固定しているものじゃないから、考えることが変わる。いろいろあって、いま欲望が消失しているので、読み直しながら、ちょっと前の自分に、困惑しました。好きなBLも最近読む冊数がぐんと減ってしまって」</p>
<p>Ｋ「でも俯瞰的に見ると、そういう趣味がなくなった状態のほうががぜん短いわけじゃないですか」</p>
<p>Ａ「確かにそうなのだけれど、身体の変化をすぐに忘れてしまうのかも」</p>
<p>Ｋ「どっちのほうが幸せですか。身体と自分との関係でいうと、どっちのほうが楽っていうか…… 鳥飼さんは性欲がなくなったと書いてたけどどう？」</p>
<p class="picture"></p>
<p>Ｔ「いま楽ですよ。やっぱり、セックスというものにすごくとらわれていたと思うから。私は『私の身体を生きる』って、『女の私の身体』だと捉えたんですけど、女の身体って社会の中で性的なものというイメージを絶対に少なからず持たざるを得ないと思うんですよ。そういうことがあるから『性的なものとして人から思われる身体』というものと『自分の身体』っていうものの距離を書くしかないと思って。</p>
<p>私は異性愛者なので、男性からセックスを求められる対象でいる必要があるみたいな感じがずっと長く続いていて。でも、これがパタッとなくなったんですよ。『どうしたことなんだろう？』ということをひも解いたときに、もともと性欲というものが自分の中にあったのかどうかという疑問が出てきてしまって。</p>
<p>自慰は純粋に性欲でやっていると思うのだけど、男性とのセックスでいうと果たしてそのうちの何割が性欲由来だったのかとか、いろいろな考えをこそげ落としていくと『もともと性欲があまりないんじゃないか』とか、なんかわからなくなってしまって。性欲があったのかなかったのかもわからないし、今後変わるかもしれないし…いまは自分がどうなるかをちょっと試しているみたいな感じではあるんですけど、ただ楽かといわれれば、すごく楽。焦りがないというか」</p>
<p>Ａ「切なさみたいなものが？」</p>
<p>Ｔ「そうそう。『求められていなくてはいけない』っていう気持ち自体もシュッとなくなったから」</p>
<p>Ｋ「そういう身体と自分自身の乖離について書いている人が多かったなと思いますね。これは恐らく女性だけじゃなくて男性もそうなんじゃないかと思うけど」</p>
<p>Ｔ「そうかもしれない」</p>
<p>Ｋ「性欲とか身体って外部から『こういうものです』と押し付けられているだけであって、きっとその狭間で『本当にこの認識でいいのだろうか』とか『このセックスでいいんだろうか』みたいなことを思いながらも『でもまあ、こういうものだよね』と無理やり枠に当てはめて考えているところがあるんですよね。</p>
<p>それで、その社会的な性、身体と、自分とのズレが強く表れているところを書いている方が多かったのは、身体とか性というものが現代においてそもそもどう捉えるべきものなのかというモデルケースがかなり限られていて、しかもエロコンテンツ由来のものがほとんどであるみたいなところが、問題の発端になっているんじゃないかと感じました」</p>
<p></p><p>──『私の身体を生きる』は自らの「身体と性」に向き合う連載としてスタートしたものでしたが、女性が以前よりもオープンに身体や性を語れる時代になったと思いますか。</p>
<p>Ｋ「この間フランスに行ったとき、20代の女性と話す機会があって。『恋愛してる？』という話になり、会って２分でセックスの話になったんですよ。そのときにポリアモリー（複数愛）の子が増えていると言われたので『あなたもポリアなの？』と聞いたら、彼女は『自分と彼が二人でつくってきたセックスを他の人に適用されるのが嫌だから私はない』と言っていて。</p>
<p>相手が変われば新しいセックスをつくり上げる感覚でいるらしいので『日本人の男性はああして、こうしてって言ったら萎えちゃうんじゃないかな』って言ったら『もったいない！それこそが恋愛の一番のエンターテインメントなのに！』と言われて、この無邪気にセックスを楽しむ感覚は日本にはあまりないなと思いました。そういう感じで恋愛相手とも友達ともフランクに性の話ができたり、研究、開発ができるようになったらいいのにとは思います。ただ、こういう話はナイーブなものなので、コンセンサスを取れている相手でないと……」</p>
<p>Ｔ「『猥談いけるんだ？』みたいな感じになってしまう。でも単に身体のことじゃなくても『女性から見た世界はこういうふうになっている』という話をしただけで、男性ってものすごく身構えませんか。ある人は怒り出し、ある人はごまかし始め、みたいな感じで。たぶん日本の人って立場が違うっていうことがそもそも念頭にないから『私のこと責めてるの？』みたいにすぐなってしまうというか、自分もやっぱりなるときはあって。だから、そういう話をまずできるようになってから、セックスの話なのかなって思う」</p>
<p>Ｋ「普通に人間関係が対等に結べてからセックスの話をしよう、と」</p>
<p>Ｔ「そうそう。でもそれって議論の練習がなってないのか、何なのかなって。本とかけっこう読むと、人の立場に立つことを楽しめるくらいにはなると思うんですけどね」</p>
<p>Ｋ「でもその心構えは、これから絶対に必要なものですよね」</p>
<p>Ｔ「セックスをつくるとか、それでしかなくない？『おまえがダメだ』みたいな話になっちゃっているからダメなのであって、ちゃんとトークテーマと自分とを、ある程度の距離を持ってしゃべれるかどうかが大切だと思うし、女性もそういうことを求められると思う」</p>
<p></p>時代的に正しくあるために
<p>──金原さんのエッセイでは、正しい性欲のあり方は時代によって変わっていくということでしたが、お二人はどう思われますか。</p>
<p>Ｔ「私、金原さんのエッセイを読んですごく胸のすく思いがしたんですよ。『時代的に間違っているから、あの恋愛は破綻したに違いない』『私は時代的に正しい人を好きになり、時代的に間違っている人を嫌いになったのだ』って、すごくそのとおりだと思って。</p>
<p>私はずっと同世代の人とばかり付き合ってきていて、同じものを見てきているから話が通じるものだと信じてきたんだけど、断絶があって『何なんだろう？』と思っていたんです。で、それを金原さんの言葉に当てはめたとき、めちゃくちゃすんなり納得して。『同じものを目の前に、違うものを見てたんだな。同じものを見れない時代だったんだな』と。</p>
<p>自分が求めていたものは、その時代的に正しいかどうかっていうことに言い換えられる、しかも何ならその男性としてきたことを『時代的に正しくないから破綻した』と断言できるって、これ以上ないキラーワードというか『なんかめちゃくちゃ強い武器を持ったな、あの人！』って思いました。私もこれから個人的に使っていこうと思って」</p>
<p>Ａ「『おまえは時代的に正しくないぞ！』って？」</p>
<p>Ｔ「そう。『あいつ、時代的に間違っていた』みたいに思って、溜飲を下げている感じ」</p>
<p>Ｋ「そういう時代的な間違いに、今になって苦しんでいる人はきっと多いんじゃないかと思うんですよ。あとから思い返して『あれは絶対に間違っていた』と、そのときには気づけなかったことに気づいて一人で苦しんでいる人もいるだろうし。それをフラットに言語化したいと思ったんですよね」</p>
<p>Ｔ「すごいのは、『時代的に正しくない』って、男だけでなく女にもあると思うけど、個人を攻撃してないじゃないですか。手のひらを返せば『ここから学んでいけるよ』ということでもあって。なんか、相手に学びの機会すら与えるというか。ある人が『時代的に間違っている、自分！』と思ったとき『じゃあ、どうしていったらいいか』という方向に持っていけるかどうかはその人の心の持ちようで、ものすごい余地がある言葉でもあるから、すごく上手に言うなと感心しました」</p>
<p>Ａ「でも、その部分が書籍で全部変わっているのが面白いよね」</p>
<p>Ｋ「『どっちなのかな？』と迷いながら書いた3年後に『時代的に間違っていたんだ、あの人は』と結論が出せたことにホッとしたし、実りのある3年だったんだなと思いました。雑誌掲載のときも、最後までこれでいいのかと悩んでいたことを赤字を入れながら思い出したし、あのときは『時代的に間違っているから、この男を嫌いになったわけじゃない』と思い込もうとしていたんだな、ということにも気づかされました」</p>
<p class="picture"></p>
<p>Ａ「私は性のことだけではなくて、身体のことになると、一つの答えにまとまっていかなくて、いくつもの『私』が存在して統合できない感じがしています。エッセイでも書きましたが、子どものころからBLが好きで、漫画の中で、自分の中の恋愛に似た気持ちや暴力性を解放していましたし、読んでいると『私』の身体が消える感覚になるところも好きでした。</p>
<p>そもそも、欲望に普通はなくて、すべていびつだと思っています。もちろんそのときの社会の倫理観に大いに関係すると思いますが、絶対的な善いもの悪いものには分けられないとも思います……」</p>
<p></p><p>──作品を受け取る側としてはさまざまなものを楽しみたいときもあります。表現をする側としては暴力性とのバランスをどのように考えていますか。</p>
<p>Ｔ「私はもともとセックスや性暴力を結構踏み込んで描いてきたというのがあるから『今後もそういうことを描いていきます』と言えたらいいんですけど……興味の対象とかも変わっている中で一つ感じたのが、ニナ・メンケスさんという映画監督の『ブレインウォッシュ セックス‒カメラ‒パワー』というドキュメンタリーを見たときに思ったことで。</p>
<p>ハリウッド大作みたいな作品を含む100本以上の映画のあらゆるシーンを引用して、いかに映画というものが男性のまなざしをベースに作られてきたか、それがどういう影響を女性や社会に及ぼしてきたかを語る作品なのですが、見たときに『そういうものを私も使ってきた』という罪悪感を覚えて。わかりやすい例でいうと、あるセクハラを訴える映画があり、その中でのセクハラのシーンが加害者の視点で作られていて、誰を楽しませるものなのかという趣旨がずれているんですよ。</p>
<p>それを見たとき、私はこれを絶対にやっていると思って。レイプを訴えている漫画の中ですら胸元のアップだったり、無理強いされているけどエッチっぽい表情だったりとか、そういうものを無数に浴びてきたから、ものすごく意識しないと自分の創作でも排除できないんですよ。意識的にポルノを描くのは別にやればいいんだけど、私がやりたいのはそれじゃないのに再生産している。これが本当に怖いことで」</p>
<p>Ｋ「難しいよね、自分で書くときは検閲する目になっていないから。あとで読み返したり、推敲したりする途中で気づいたりする」</p>
<p>Ｔ「だから時代的に正しくないんですよ、自分が。で、後になって『これは正しくない！』と愕然とする」</p>
<p>Ｋ「私はそこまで直接的なものを書いてこなかったけど『もうちょっと配慮できたんじゃないか？』『違う場所からの視点にしたほうが傷つく人が少なかったんじゃないか？』とか思い当たるふしがあります。小さなことでもその視点があるかないかで印象は変わってくるので、これからは本当にいろんな視点から角度をつけて見るような感覚で書いていかないと、と思っています」</p>
<p></p><p class="picture"></p>
<p>『私の身体を生きる』</p>
<p>著者／西 加奈子、村田 沙耶香、金原 ひとみ、島本 理生、藤野 可織、鈴木 涼美、千早 茜、朝吹 真理子、エリイ、能町 みね子、李 琴峰、山下 紘加、鳥飼 茜、柴崎 友香、宇佐見 りん、藤原 麻里菜、児玉 雨子<br />
価格／¥1,650<br />
発行／文藝春秋</p>
<p>17名の書き手が自らの「身体と性」に向き合ったリレーエッセイ集。「女性が性や身体の話について率直に語る場があってもよいのでは」という島本理生、村田沙耶香との会話により、文芸誌『文學界』で2021年から連載がスタート。文学の最前線を担う書き手が後に続いた。多様な考察が新しい気づきと深い共感をもたらす。</p>
<p></p><p>The post 鳥飼茜×朝吹真理子×金原ひとみ 鼎談「正しい身体の描き方をめぐって」 first appeared on Numero TOKYO.</p></article>]]>
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