Culture / Post

勝手にデパート文化論[前編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.7

K「当たり前だけど、人口は増えてるわけで、たぶんコインロッカーベイビーも増えているし、失踪・蒸発してる人も増えてる。自殺者の数ばかりがあげつらわれてるけど、いろんなミッシング人数が増えてるんだよね、たぶん。未解決の殺人事件も山ほど増えてるし、放棄されてマンションの中で腐ってしまった赤ん坊の遺体がニュースで時折出るじゃない? これも横道それちゃうけどさ、話題になったあの人(大阪2幼児死体遺棄・下村早苗容疑者)みたいな、育児放棄してる母親なんていっぱいいて、部屋で子どもが腐っちゃったなんて話も、痛ましい話だけどいっぱいあると思うわけ。さらに、その母親が元風俗嬢で、ブログやってて、そこにちょっとプロっぽい自分のアー写(アーティスト写真の略。タレントなどの宣伝用写真のこと)があるなんて話も、これまたいっぱいあると思うわけ。だけど、あの人ね、市橋くん(英会話講師殺害事件¬・市橋達也被告)みたいに、捕まったときにこう帽子を目深にかぶっていて。それこそ前回の仮面の話じゃありませんが、あの母親を乗せた警察の車がバーッと走ってきた時に、フロントガラスから見えた彼女が被ってるキャップのロゴに「Early 90’s」ってでっかく入ってて(笑)。これにはグッと来ましたね。当然、本人は何も考えてないに決まってんだけど、政治的なメッセージTシャツみたいな感じがした。
 
あの人は87年生まれだから、90年代初期には幼稚園児でしょう? だから、ちょうど僕にとっての1950年代とか、あるいは60年代中盤とか(注*63年生まれ)みたいな、経験してないが刷り込みは受けてる、憧れの夢の年代でしょう。彼女にとってミラーボールが一番回ってた、そのパーティータイムっていうのはアーリー90’sだったわけ。ああどんな人にも、その人にとってのミラーボールが一番回ってた幻想のダンスフロアがあるんだなと。そんな中、子どもが虐待死し、老人が消える」
 
I「ミッシングと同時に起こってるのがすごい。そのネグレクトされた子ども2人のネガティブハンドというか、手の痕跡が壁とか冷蔵庫に付いてたという記事が出てましたけど、これにも慄然としました。空腹が極限に達して、冷蔵庫開けようとしても真っ暗で、開けても何もないし。手で懸命に痕跡を残そうとしている。ネガティブ・ハンドって人類の表現や創造に関わる重要なサインで、洞窟の壁とかに残された手の痕跡なんですけど。そういう状況とダブってしまいました。ミイラ化した老人とゾンビ化した幼児という最もヴァルネラブルな存在に強いプレッシャーが加えられている。象徴的な事件が起こっていますね。日本人の無意識層に」
 
K「ネグレクトはなんていうか、それこその村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』っていう小説が、時代を撃ったていう、要するにあれは1984年だから80年代。でもコインロッカーに子どもが捨てられて衝撃だっていう事件自体は70年代ですよ。だからそれが10年経って、そのコインロッカーに子どもが遺棄されるってことが当然になったときに、死なずに生き残った二人が、大活躍するってのがあの小説だから、あの時点でもう既にネグレクトは問題になってんだよね。エッジ的にですけれども。いずれにせよ、当時まだ家族愛が素晴らしいことは一般的だった。それを突然ネグレクトが撃つというイメージです。あの頃、ちょうどそれこそデパートの話じゃないけど、「金曜日にはワインを買って」とか「夫婦でワイン」とか言って、家飲み推奨の第一波があったの(笑)。当時、日本で買えたワインなんてろくなワインじゃないんだけど。家で奥さんと二人でいるのが、一番素敵なんだっていうような家族愛のあり方。不景気で巣ごもり。で、当たり前なんだけど、結局、世は歌に連れっていうけど、歌謡曲の歌詞の歴史とか見てると、あの時代のフォークみたいなものが、家の中で静かに美しく暮らそうっていう。家族愛は絶対で、スローライフみたいなフォームはもうありましたよね。一方で、都市の中枢には六本木心中みたいなデカダンが絶対あって。今は、流行歌の歌詞が完全に家族愛万歳、恋愛最高、あの頃よりも家族は素晴らしく、ずっとそばにいるよ。という時代で、そういうとき必ずダークサイドからのカウンターパンチとしてネグレクトが出てくる。母は強く正しくて、母性本能っていうものがあって、家庭は最高だっていうのと、人間なんて元々壊れてんだから育児を放棄している成熟していない母親がいて、こんな無惨なことが起こるっていう、一種の正しいバランス」
 
I「確かにね。だって西武百貨店が糸井(重里)さんのコピーで「おいしい生活。」とかやってた時代ですよ。西武文化のクライマックスで」
 
K「デパート主義者として、敢えて極端なことを言うけど、デパートならば良いと思うんですよ。生活の中にデパートがあれば。モールや国道沿いの量販店やパチンコ屋ばっかり行くとネグレクトが起こるとしか思えない」
 
I「そうですね。デパートって関係や雰囲気を生み出してゆく装置でもあるから。人間が感じられる」
 
▶続きを読む/失われていくデパート的お洒落人

Profile

Recommended Post

Magazine

ec

October 2019 N°130

2019.8.28発売

Lady Power

私より、あなたのために

オンライン書店で購入する