Culture / Post

パリは終わってしまったのか?[後編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.2

K「今は留学に行ってもブログがあるから、行ってる気がしないんですよ。東京にいる頃は週2回しかメールがなかったり、ひと月に1、2回しか行かなかった店のコックが、今度ボローニャに修業に行きます、お世話になりましたって。向こう に行ったら毎日メールやりとりして、彼のブログも見るようになるから、一気に近しくなってしまったという」
 
I「逆 に90年代の後半くらいから2000年代の初めくらいまで、イタリアに行くときよく通っていたメラーノっていう、カフカが結核の治療をしていた時の温泉街 なんですけど、そこに星付きのレストランがあって、最初すごくおいしかったんだけど、だんだん行くうちに味が変わってきて、なんか前菜に寿司みたいのが出 てくるようになった(笑)。そしたら、その厨房に必ず2、3人くらい日本人の若者がいて、シェフに寿司を教えたりしてて、メニューががらっと変わってき た。悪しき例なんだけど…そういう逆転現象が確か90年代から2000年代に起こっていったと思いますよ。メラーノってすごい山奥なんですよ。イタリアで も一番おいしいところは、山岳リゾートにあるから、星付いている店はみんな北に集中していますね」
 
K「地産地消の動きとアグリツーリズムをくっつけて、料理とワインの産地を見せて、あとで 温泉入ってくださいみたいなのがすごく多いですよね。北イタリアというか、実質南チロルというかね。料理名がゲルマン系の言葉だったり。ケーキのことを クーヘンと言ったり、シュトレードゥルと言ったり。行きつけのトラットリアがあるんですけど、まぁ新宿にできるトラットリアだから、オッソブッコみたい な、南から下の料理が出てくるだろうと思って行ったら、いきなりヤマメ料理とかドイツ語の料理が出てきて、どこで修業したんですかって聞いたら、アルト・ アディジェだって言うから、「そんなとこ行ってたんですか?」って驚いたんだけど、同じ地区のいくつかの店で日本人が5人もいたっていう」
 
I「それくらいいますよ。あんまり長い間、1年とかいないで、3カ月くらいごとの短期間でどんどん移り変わっていくんですよね」
 
K「そうそう。イタリアはその動き方が基本的みたいですね」
 
I「うちの息子もフィレンツェで料理修業してるんだけど(笑)。1年間フィレンツェの料理学校で学んで、その後は、そこの先生をやっているシェフが何カ月か回してくれるの」
 
K「イタリアの料理業界での労争で、日本人ばっかり入れるから、イタリア人の雇用が減っ たって言って。厨房に入れる日本人の数を制限する法案を作れとかなんとかって、法律で律しないと止まんなくなっちゃうくらいヤバイことになってるらしいで すよ。日本人は従順だし、一生懸命働くし、手先が器用なんで教えやすいから、つい教えちゃうんですよね」
 
I「服飾も今でもパリに習いに行くものですかね?」
 
K「服飾はゲイカルチャーに対応できるかどうかっていうことに大きな壁があるけれど(笑)。料理業界にはゲイはあんまりいないんじゃないですか。まあいるかもしれないけど、平均値だと思います」
 
I「ゲイじゃなくてもやれる?」
 
K「やれるやれる。僕、修業帰りの料理人の男の子20人くらい知ってますけど、みんなカッコいいけど、一人もそうじゃない(笑)。ジャズ界も平均値ですよ。服飾と映画評論とクラシック音楽は明らかに平均値を超えてる(笑)」
 
I「特異の美意識があるんじゃないですかね」
 
K「クラシック音楽は圧倒的にバイ(セクシュアル)、どっちでもいいというのが多 くて。オーケストラで女性と男性が半分ぐらいずついると、ロリコンもあるし、フケセンもあってオーケストラの巡業は最高だっていう、すべての組み合わせが 存在する(笑)。料理はそれがなかったのが大きいと思いますよ」
 
I「性欲より食欲。そういうバランスをとっていくという(笑)」
 
K「そうなんですよね。まぁ今ずっと話していた定住状態も100年に1度といわれ る不景気の前ではいつ崩れてもおかしくないですね。全部がまたもう1回崩れかけて、それこそ、そのお店のシェフは33歳で、90年代の留学し放題だった時 代の人で、そのセカンドの子が今27歳で、シェフも行ったんだし、先輩の話を聞くと、イタリアに簡単に留学できるらしいって手続きしたら、組合がブロック してると言われて、半年待ってから行きましたね。しかも、言葉もわかんないのに厨房に入れば身振り手振りでやっちゃうみたいなのを入れちゃうと、とめども なくなるからいったんイタリア語学校に入らないといけないと言われて。ちょっと敷居が高くなったんですね。それもひとえに不景気のせいだと思うんですけ ど」
 
I「やっぱり、大学へ行かないで手に職をつけたほうが、こういう不景気の時代はいいと判断するんじゃないですか。料理人は絶対食いっぱぐれないし」
 
K「でも、そのうち海外修業も大したステータスじゃなくなり、東京で修業したほうがいいっていうことになるかもしれないですよね。料理よりも先に海外修業が一般化したジャズ界は一足先にそうなりましたから。全然パリの話じゃなくなっちゃいましたが(笑)」
 
▶続きを読む/80年代ブームはいかにして起こったか

Profile

Recommended Post

Magazine

September 2019 N°129

2019.7.26発売

The Only Ones

新時代の表現者たち

オンライン書店で購入する