LAのSSWナイアにインタビュー「地上での騒音も海の中ではオフになる」 | Numero TOKYO
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LAのSSWナイアにインタビュー「地上での騒音も海の中ではオフになる」

アメリカ・ロサンゼルスを拠点に活躍するシンガーソングライターのナイア(Niia)が、2022年4月にアルバム『OFFAIR: Mouthful of Salt』をリリース。ジャズ、ソウル、R&B系のシンガーソングライターとしてアメリカで高い評価を得ている彼女だが、今回は海から着想を得、ピアノとハープを基調にミステリアスで美しいアンビエントアルバムを作り上げた。

トップ 日本未発売/Knorts
トップ 日本未発売/Knorts
日本ではまだあまり知られていない彼女のバックグランドに迫るとともに、新作に込めた思いや制作のプロセス、気付きについてオンラインで独占インタビューを行った。またファッションを愛する彼女は、ヌメロ・トウキョウのために彼女らしいモードな着こなしで撮り下ろした写真をロサンゼルスから送ってくれた。

映画とファッションがバックグラウンド

──ヌメロ・トウキョウのインタビューに初めてご登場いただきありがとうございます。簡単なプロフィールを教えてください。

「ボストンの郊外で育ったのだけど、母はイタリア人のクラシック・ピアニストで、家族は音楽が好きだったから、日曜日になると家でみんなでよく歌っていたんです。14歳のときにはバークリー音楽大学のサマープログラムに通い、世界中からやってきたさまざまな人々にたくさんの影響を受けました。高校に入ってからは更に音楽にのめり込むようになって、ジャズをもっと知りたいと思ったし、音楽だけでなくファッションも好きだったこともあり、ニューヨークへ。やっぱりニューヨークにはそこら中に音楽があって素晴らしい経験をたくさんしました。そこからアーティスト活動をしやすいこともあり、ロサンゼルスへ移住したの」

──これまでにどんな世界観のものに影響を受けてきましたか?

「母がよく映画を観る人だったから、子どもの頃からイタリアの映画を目にすることが多くて、言葉は理解できなかったけれど、そのときに観た映像の記憶は鮮烈に残っています。ニューヨークに住んでいた頃はジャズにのめり込んでいたから、ジャズを取り巻く世界に影響を受けたし、友達にファッション系の人たちが多かったから、彼らがファッションのあれこれを教えてくれて、スタイルとは何なのかを学んだり。なので、映画とファッションには大きな影響を受けてきています」

ドレス 日本未発売/Byblos
ドレス 日本未発売/Byblos

──気鋭の音楽プロデューサー、ロビン・ハンニバルによるプロデュースでも知られていますね。

「ロスでロビンに出会い、2014年のEP『Generation Blue』をプロデュースしてもらったんです。それまで私は音楽をプロデュースする術を知らなくて、そのときに彼にミュージシャンとしてどのように楽曲プロデュースしていけばいいのかを教わりました。次の2枚のアルバムもロビンがプロデュースをしてくれて、今は自分でプロデュースをしながら、足りない部分は外のミュージシャンにお願いをして助けてもらっている感じですね」

──前作ではクルアンビンのローラ・リーや9m88(ジョウエムバーバー)といった女性アーティストとコラボレーションを果たしています。

「ローラ・リーは私の大好きなベースプレイヤー。あまたのミュージシャンの中でも、特にクールなベース音を鳴らす人。『Not Up For Discussion』は、素晴らしい仕上がりになった曲だと思う。9m88(ジョウエムバーバー)は何人かリストに上げていたシンガー候補のうち1人だったんだけど、彼女の音楽を聴き込んだり、ライヴ映像を観ているうちに素晴らしい才能の持ち主だということに気付いて、彼女を『Oh Girl』という曲でガールクラッシュ的に使ってみたいなって思ったのよ」

トップ 日本未発売/Giu Giu
トップ 日本未発売/Giu Giu

ダイビングのプロセスをアルバムに

──さて、新作『OFFAIR: Mouthful of Salt』についてお伺いします。前作『If I Should Die』から、一年経っていないなかでのリリースですが、どのような内容に仕上がりましたか?

「前作とは内容が異なり、今回はアンビエントアルバム。これまで長いことアンビエントアルバムを作ってみたいと思っていたんだけど、なかなか実現しなくて、今度こそはって肝を据えて制作したんです。結果的には、自分の中から自然に出てくることを自由に表現できたと思うし、素晴らしい経験だった。やりたいと思ったことをとにかくやったという感じです」

──アルバムのコンセプトを教えて下さい。

「パンデミック以降、時間ができたら海へ行くようになっていたんだけど、そのときにマーメイド(人魚)のような生活を送りたいなと思い始めたの。それでスキューバダイビングのレッスンを受けるようになったんだけど、海に深く潜るということはリラックスできない経験だということを知った。

焦ってパニックになるし、でも一方で、海に潜ると広い海と自分だけの世界になって、地上で過ごしている時とはまったく別の、自分を信じるという感情が生まれてきたり。そういった経験や目の前に広がる素晴らしい光景、海中で聴こえる音……。そのダイビングをしているときのプロセスをアルバムに託してみたんです。

地上での騒音に息苦しくなっているときも、海に入るとこれまでの世界から断絶されてオフになる。でも同時に口は塩水で溢れ、しょっぱくなるの。その状況がとても静かに感じるので、“Mouthful of Salt(口いっぱいの塩)”というタイトルにしたんです。静かなところに身を置くことは、自分を守ることでもありますよね」

ドレス 日本未発売/Annakiki
ドレス 日本未発売/Annakiki

──海の中で感じることは、地上で感じることとは異なりましたか?

「元カレのこととか、地上で起きている小さなことも考えたりするけど、海の中にいると、体で直接“感じる”というか。海の中にいるととても元気になるし、地上では感じている細かい感情が海の中では引き出せなくなる。海の中だとまったく異なるフィーリングを感じることができるんです」

──このアルバムを聴いたとき、ディープでニュートラルだけど、癒やされました。

「このアルバムから、ミステリアスな部分を感じて欲しいなというのはあったかも。自分でもアルバムを作っている間、何が起こるかわからない部分もあったし、海の中にいるときのようにフラストレーションを感じたり、これまでの自分のスタイルとは違う部分で葛藤した部分もあったし。自分でも何かを探し出そうとか、奮闘しているところからどう抜け出せるかとかを考えたしね。深い水の中は本当に幽霊が出てくる感じなの……。とても美しくて、でも恐ろしくも感じる。それが曲に表れたのではないかなと思います」

トップ パンツ 日本未発売/ともにCedouze
トップ パンツ 日本未発売/ともにCedouze

──サウンド面でこだわった部分はありますか?

「インストゥルメンタルの部分に関しては、クラッシックピアノとハープをメインに使いました。この二つの音はトラックを制作するにおいて大事な要素で、海水がたゆたうさまを表現したり、ベースとなるフィーリングにもなりました。そして私の大好きなアーティストで独自の不思議な音階を持つシンガーソングライター、ガブリエル・ガルソン・モンターノとEDMの世界で人気のザ・グリッチ・モブのメンバーであるボレタ、ハープ奏者のブランディ・ヤンガーにアルバムに参加してもらいました」

──「I Left My Juul in Monterey」は非常に美しいピアノの曲ですが、どこか物悲しい印象を受けます。どのようなストーリーが、この曲には込められているのでしょうか。

「この曲は私のパーソナルな部分に近くて、あえて歌詞を乗せないで、自分の感情をピアノのメロディーに乗せて表現したの。 モントレーはカリフォルニアの美しいビーチで知られているんだけど、私もよく行っていたのね。“Juul”というのは電子タバコのブランドのことで、以前、私は電子タバコ中毒だったんだけど、声に悪い影響を与えるからやめようとしていて。スキューバーダイビングを始めて、海に深く潜り、穏やかな気分になるようになってからはいらなくなってしまったの。この曲は、体に有害でもある電子タバコをこのビーチに置いていったというストーリーなんです」

パンツ 日本未発売/Sebastien Ami
パンツ 日本未発売/Sebastien Ami

──アルバム発売時のプレスリリースで「The Body Keeps Score」について「私の体には、失敗した人間関係や人、失ったものを数えるためのタトゥーがあり、時間の大切さを思い起こさせる。体に焼き付けられた失敗や損失が、私をより強くしてくれるの」と説明していますが、体にタトゥーを入れることをどのように捉えていますか。

「私の体にはたくさんのタトゥーが入っているんだけど、自分が生きてきたタイムラインをタトゥーで記しているという感じ。出会った人、印象に残る瞬間の出来事、自分に気付きを与えてくれたこととか。ゼロがふたつ並んでいるものは、人のイニシャルを私がゼロに置き換えたものだったり。体で感じたフィーリング、場所、人、トラウマな出来事など、感じたことを肉体に改めて刻んで置き換えるの。自分自身を探求している最中だけど、自分の体にドラマを刻み込むことで、体が感情を新たに認知して、それを保つ。そんな感じでタトゥーを入れているの」

トップ 日本未発売/Marina Leight Atelier
トップ 日本未発売/Marina Leight Atelier

──アルバムが完成した後に、新たにご自身の中で気付きはありましたか?

「なぜ私は音楽を作らなければいけないのかとか、なぜ忘れないといけないのか、なぜ平和でなければいけないのかなど、これまでの疑問が、このアルバムを制作することでクリアになっていきました。それに作り終えてから、自分のクリエイティヴな部分に自信を持てるようになった。世間からはジャズやR&Bというジャンルに所属するアーティストかもしれないけど、そこにこだわる必要はなく、クリーンに作詞作曲をして、クリーンに音楽を作ればいいんだなって。

最大の気付きは、自分にとっての素晴らしい先生は、自分自身だったということなの。自分で書いた歌詞を、自分で歌って、それを自分で聴いて……。結局、私自身が体で欲していることを歌詞にしたり、メロディにしているんですね。制作している最中に気付くことも多かったので、今回のアルバム制作は素晴らしい体験でした。曲を聴いてくれた人たちが、私のように何か気付きがあるといいなと思います」

Niia『OFFAIR: Mouthful of Salt』
各種配信はこちら/offairrecords.lnk.tt/Niia

Photos: Diego Vourakis  Creative Direction:Juan Duque Stylist:Britt Layton  Makeup:Yukari Obayashi Hair: Amber Duarte Photography Assistant: Henry Han Interview & Text:Kana Yoshioka Edit:Mariko Kimbara

Profile

ナイアNiia 1987年、アメリカ・マサチューセッツ州生まれ。シンガーソングライター、プロデューサー。ワイクリフ・ジョンの2007年のヒットシングル「Sweetest Girl(Dollar Bill)」への参加で世に広く知られるようになる。14年に初のEP『Generation Blue』、17年に1stアルバム『I』、20年に2ndアルバム『II: La Bella Vita』、21年に3rdアルバム『If I Should Die』を、22年4月に4thアルバム『OFFAIR: Mouthful of Salt』をリリースした。HP:app.mykeylive.com/keychain/profile/niia Instagram:@niiarocco

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