カンヌでW受賞! 是枝裕和、坂元裕二、坂本龍一がコラボレーションした映画『怪物』 | Numero TOKYO
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カンヌでW受賞! 是枝裕和、坂元裕二、坂本龍一がコラボレーションした映画『怪物』

万引き家族』でカンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールに輝いた是枝裕和監督、『花束みたいな恋をした』や多数のテレビドラマで知られる脚本家の坂元裕二、そして『レヴェナント:蘇えりし者』など海外でも第一線で活躍した作曲家の坂本龍一。心揺さぶる奇跡のコラボレーションが実現した映画『怪物』。出演者にも安藤サクラや永山瑛太など、日本を代表する俳優らが集結した。「怪物」とは何か。登場人物それぞれの視線を通した「怪物」探しの果てに見えてくるものとは。

日本最高の才能たちが唯一無二の化学反応を起こす至上のヒューマンドラマ

監督は是枝裕和。脚本は坂元裕二。プロデュースは川村元気。音楽は今年(2023年)3月28日に逝去し、これが最後に提供した映画作品となった坂本龍一。そんな日本を代表するトップクリエイターたちのコラボレーション企画として話題を呼びつつ、撮影の近藤龍人(『万引き家族』)や美術の徐賢先(『ドライブ・マイ・カー』)など他のスタッフ、そして安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子といったキャスト陣にも精鋭の人材を揃えた最強の座組み。どこにも隙のない、まさしく総力戦のような迫力で生み出された一本が『怪物』だ。日本の劇場公開に先駆けて出品された第76回カンヌ国際映画祭(5月16日~27日)では、まず独立賞の中の「クィア・パルム賞」(2010年創設。LGBTQの主題を扱った作品に贈られるもの)を受賞。さらに坂元裕二がコンペティション部門の脚本賞を獲得した。

物語は、大きな湖を望む郊外の街が舞台となる(劇中ではロケーションも行った長野県諏訪市だと冒頭から明示される)。ある夜、上諏訪駅前の雑居ビルで火災が発生した。
「あ~っ、火事だ! 湊、ほら見てみな!」
自宅のベランダからそう叫んでいるのは、シングルマザーの麦野早織(安藤サクラ)。クリーニング店で働く彼女は夫を事故で亡くしてから、11歳になる小学生の息子・湊(黒川想矢)と二人で暮らしている。ところが最近、湊の様子がおかしい。奇妙な質問を口にしたり、突然癇癪を起こしたり、スニーカーの片方がなくなったり、耳を怪我していたり……。何かを隠しているような様子の息子を案じる早織に、湊は5年2組の担任教師である保利先生(永山瑛太)から「お前の脳は豚の脳だ」と酷いことを言われたのだと告げる。激しく憤った早織は、ハラスメントの実態を突き止めるべく城北小学校に乗り込んでいくのだが――。

シネマスコープサイズのワイドな画面の中、謎めいた火事のシーンから始まり、小学校での児童と教師をめぐるトラブルが巻き起こる。やがてこの騒動はマスコミで報道され、いじめや体罰をめぐる社会問題へと拡大。平和だった街や学校が不穏に揺れる中、巨大な台風が接近してくる。物語はミステリー調にも見えるが、いわゆる「謎解き」に向かう展開ではない。重層的な作劇で、一筋縄ではいかない人間の闇や複雑な内面に細い光を照らすように、探究の目をどこまでも深めていく。

構成は実質、3章仕立て。最初は早織の目線からドラマが語られ、次は保利先生が主体となる。さらに湊と、クラスメイトの星川(柊木陽太)、そして校長先生(田中裕子)へと、まるでバトンを回すように、チャプターごとに視点のアングルを変えて、同じエピソードを繰り返し描くのだが、そうすると人物や光景の「見え方」がまったく変わってくるのだ。

ひとつの出来事を立場が違う複数の視点で描く──これは黒澤明監督の名作『羅生門』(1950年/脚本:黒澤明&橋本忍)を応用した語りの形式といえるだろう。一見トリッキーにも映るが、物語や事象を一面的ではなく、多面的に捉えるうえでただならぬ効果を発揮するスタイルである。

そんな中、「かいぶつだ──れだ?」との声と共に、『怪物』というタイトルに込められた多義的な意味が徐々に浮かび上がってくる。この強烈な響きを持つキーワードについて、是枝裕和監督は「“理解できないもの”に出会った時、人は考えることをやめて、その相手を『怪物』だと呼んでしまう。それはいま世界中で起きていること」だと語っている。

現在の世界を覆う思考停止と不寛容が「怪物」を生む正体であるとするならば、この作品の核にある問題意識のひとつはトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)ではないかと思える。それは湊と星川という少年2人の未分化な情愛をめぐっての描写、特に星川の強圧的な父親(中村獅童)の態度において顕在化する。また早織が息子の湊を無意識に抑圧する「普通の家族」幻想もしかり。

いうまでもなく、是枝監督はこれまで『誰も知らない』(2004年)や『万引き家族』(2018年)といった数々の傑作で、大人に抑圧される子どもたちの姿を描いてきた。しかし『怪物』ではまた異なるアプローチで自己の達成を更新し、脚本を務めた坂元裕二の洞察力と構成力が難しい主題を奥行きのあるヒューマンドラマへと結実させた。カンヌでの脚本賞&クィア・パルム賞というW受賞も納得だ。少年2人の隠れ家、もしくは秘密基地になる廃列車の光景なども美しい。

ちなみに是枝裕和と坂元裕二は、以前から互いにリスペクトを表明する間柄。確かに是枝監督の『DISTANCE』(2001年)や『誰も知らない』、『そして父になる』(2013年)、『万引き家族』や『ベイビー・ブローカー』(2022年)と、坂元脚本のドラマシリーズ『Mother』(2010年/日本テレビ系)、『それでも、生きてゆく』(2011年/フジテレビ系)、『Woman』(2013年/日本テレビ系)などは、同時代の表現者として完全に問題意識が共振しまくっている。

是枝監督は『わたしたちの教科書』(2007年/フジテレビ系)を観て、かつての『東京ラブストーリー』(1991年/フジテレビ系)とは題材も書き方も大きく変化していることに衝撃を受けてから、坂元のドラマを欠かさず追いかけるようになったという。坂元と自分の個性に違いについて、「同じ時代の空気を吸っている。だけど吐き方が違う」と語る是枝監督。彼が自分で脚本を書かなかったのは劇映画の監督デビュー作『幻の光』(1995年/脚本:荻田芳久)以来。今回、「吐き方が違う」作家との共同作業は、まさしく上々の化学反応を生んだといっていい。

そしてやはり是枝との初タッグとなったのが、坂本龍一の音楽。是枝が選曲した既成曲に加えて、ピアノ曲を2曲書き下ろした。真っ暗な湖のショットにゆっくりと入ってくる繊細な調べ。映画×音楽が織り成す最高のマリアージュに目を澄まし、耳を傾けたい。

『怪物』

監督/是枝裕和
脚本/坂元裕二
音楽/坂本龍一
出演/安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太 / 高畑充希、角田晃広、中村獅童 / 田中裕子
全国公開中
https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

©2023「怪物」製作委員会
配給:東宝 ギャガ

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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