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現代アメリカ文学の寵児に迫る『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』

20世紀を代表する文豪トルーマン・カポーティの死後36年を経て、彼の波乱に満ちた人生を濃密に網羅し、「未完の絶筆」とされている問題作『叶えられた祈り』をめぐるミステリーに迫る珠玉の文芸ドキュメンタリーが登場。当時のファッション、アート、カルチャーシーンを振り返る貴重な秘蔵映像も垣間見ることができる。

スキャンダラスな伝説の天才作家、カポーティの謎に迫る決定版ドキュメンタリー。
炎上した未完の問題作『叶えられた祈り』に込められた知られざる「真実」とは?

戦後アメリカを代表する稀代の作家にして怪人。『遠い声 遠い部屋』『ティファニーで朝食を』『冷血』などでセンセーショナルな時代の寵児となり、激しい毀誉褒貶を撒き散らしながら59年の生涯を駆け抜けたトルーマン・カポーティ(1924年生~1984年没)。いまだ謎多き彼の「真実」を探るべく、ユニークなアプローチで迫る優れたドキュメンタリー映画が届けられた。

ベースとなるのは1997年に上梓された、ジャーナリスト・作家・俳優のジョージ・プリンプトン(1927年生~2003年没)による評伝『トルーマン・カポーティ』(野中邦子訳 新潮社/1999)。“In which various friends, enemies, acquaintances, and detractors recall his turbulent career”(さまざまな友人たち、敵たち、知人たち、批判者たちが彼の激動のキャリアを振り返る)と付けられたサブタイトルが示すように、関係者の証言を膨大に集めたもの。

この映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』は、当時著者の執筆に際した貴重な取材テープを基にしている。評伝に収められているコメントのオリジナル音声のいくつかを確認できることも興奮するが、新たにイーブス・バーノー監督は、独自に人選したインタビュー映像を撮り下ろしている。作家のノーマン・メイラーや養女のケイト・ハリントンなど、評伝本にも登場したカポーティをよく知る面々から、後続の小説家のジェイ・マキナニー(カポーティの死期と交差するように84年、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』で颯爽とデビューした)など、客観的な分析者の発言を追加。その意味で本作は先行する評伝本のリメイクという言い方ができるかもしれない。

映画は98分のコンパクトなサイズながら、カポーティの波乱の人生全域を濃密に網羅する。まるで『市民ケーン』(1941年/監督:オーソン・ウェルズ)や『羅生門』(1950年/監督:黒澤明)のように、各人が回想する内容や認識のズレも含め、カポーティの複雑な人物像がポリフォニック(多声的)に浮かび上がってくる構成だ。
そして彼の「真実」に向けた探究は、やがて未完の絶筆とされる問題作『叶えられた祈り』をめぐるミステリーの様相を帯びてくる。

カポーティがマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を念頭に置きつつ、彼がスワン(白鳥)と呼んで親しくしていたハイソサエティの女性たち――社交界の裏事情をゴシップ混じりで赤裸々に暴露し、大炎上した異色の半・実話小説。本人は集大成のつもりで取り組んでいたが、見事に自爆した。実は完成しており、残りの原稿がどこかに眠っているとの噂も都市伝説のように伝わる。

1975年から76年にかけて計4章のみ「エスクァイア」誌に掲載され、結局中断。猛烈に物議を醸し出した『叶えられた祈り』の評価はいまでも割れたままだ。例えば映画の中で作家・批評家のセイディー・ステインは、本作を「リアリティ番組の原型」だと喝破する。確かに実在の人物をモデルにした私生活の見世物化という側面は「ノンフィクション・ノベル」の矮小形ともいえ、同系番組の人間模様を真に受けたSNSの誹謗中傷が問題になる現在の視座からすると、ステインの指摘は一定以上当たっているだろう。また一方で擁護論としては、プリンプトンの評伝にも掲載されていたジュディ・グリーンの意見――彼女のテープの音声が感動的だ。「これは社交界の男性に対する攻撃だった。彼は女性たちのことは敬愛していたから」。グリーンは一見華やかなスワンたちを抑圧していた夫連中の無神経な男性優位に抗って、ジェンダーフリーの先駆者でもあるカポーティの心を代弁する。「僕だけは味方だ。君を救える。僕が世界に言ってやる。君の夫は世間じゃ高評価で、男たちはその功績により名を残すだろうが、君たちの人生の主役は君たちだ」。

おそらくカポーティは常に矛盾に引き裂かれていた。セレブリティに対する憧れと軽蔑、大いなる親愛と「作品のネタ」に過ぎないという冷徹さの二面性は、カンザス州の残虐な殺人事件に迫ったノンフィクション小説『冷血』をめぐる立場の混乱にも通じるといえるだろう。本気の情愛と共感を持って接し始めた死刑囚ペリー・スミスのことを、結果的に「書く」という行為で裏切っていく。その葛藤と宿業は、フィリップ・シーモア・ホフマンが主人公を演じた『カポーティ』(2005年/監督:ベネット・ミラー)でよく描かれている。

そして映画がカポーティの人生を解く鍵――『市民ケーン』でいうところの「バラのつぼみ」として提示しているのが、自殺した母リリー・メイ・フォークの存在だ。奔放な性格で上流社会に憧れ、息子をニューヨークに導いた彼女は、『ティファニーで朝食を』のヒロイン、ホリー・ゴライトリーの実質最大のモデルだともいわれる。

ちなみに原作とは別物に改変されたパラマウント映画『ティファニーで朝食を』(1961年/監督:ブレイク・エドワーズ)の場面も、ここではうまく引用されている(オードリー・ヘプバーンが演じたホリー役を、カポーティはマリリン・モンローで希望していたのは有名な話)。本作は映像素材も豊富。幼馴染みの作家ハーパー・リー原作の映画『アラバマ物語』(1962年/監督:ロバート・マリガン)も紹介されるし(ディル・ハリスという小柄な少年はカポーティがモデル)、俳優として出演したニール・サイモン脚本の『名探偵登場』(1976年/監督:ロバート・ムーア)も。なお、社交界から追放されたあとの晩年、伝説のナイトクラブ「スタジオ54」の常連だった頃の様子は『54 フィフティ★フォー』(1998年/監督:マーク・クリストファー)で映画化されており、ルイス・ネギンがカポーティを演じているので、ご参考までに。

ともあれカポーティが生きたのは、極端に振り幅の大きい光と影だ。田舎の小さな町に生まれ育ち、大都会で時代の寵児となり、薬と酒と孤独でボロボロに破滅し……。ロマンと痛みに彩られた彼の生き様は、永遠にわれわれの欲望と虚栄、純粋と夢を拡大して照射するのだ。

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』

監督・製作/イーブス・バーノー
出演/トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントン、ノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー、アンドレ・レオン・タリー
11/6(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
capotetapes-movie.com

配給:ミモザフィルムズ
© 2019, Hatch House Media Ltd. 

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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