長瀬哲朗×大田由香梨×大屋夏南「私たちがライフスタイルを変えた理由」 | Numero TOKYO
Fashion / Feature

長瀬哲朗×大田由香梨×大屋夏南「私たちがライフスタイルを変えた理由」

便利さや物質的な豊かさを追い求めた暮らしがすべてじゃない。そう感じ始めた昨今、私たちが気になるのはサステナブルな生き方。ファッション業界で活躍する3人が、新たなライフスタイルにシフトした理由を語り合う。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年3月号掲載)

自分自身を癒やすことが自然とサステナブルに繋がる

大田由香梨(以下O)「サステナブルって、自分を含めファッションが好きな人たちこそしっかり向き合うべきテーマなのかなと思います。私は2004年からスタイリストとして活動してますが、自分のライフスタイルを見つめ直すようになったのは11年頃。東日本大震災が起こった年でもありますが、このとき転換期を迎えたのは自然な流れだったなと自分自身は感じています」 大屋夏南(以下K)「私も『サステナブルに生きる!』と決心したわけではなく、自然に今のような生活になりました。あえてきっかけを挙げるなら、10年ほど前にアメリカのセドナを旅したとき。ヴィーガンのガイドさんと同じ食事をしていたら1週間で体や肌が変化するのを感じました。オーガニックコスメを使い始めたのもその頃。当時めいっぱい働いてたから、少し自分に優しくしたくなったのかも(笑)」 O「間違いない(笑)」 「あと24歳の頃にNYを旅したときも『モデルという肩書きをとると自分は何者なんだろう』『仕事以外のことも丁寧にやりたい』と。サステナブルな生き方うんぬんは枝の一つで、自分のことを大切にすることがその根幹にある気がする」 O「自分を大事にできたら自然と周囲に目を向ける余裕が生まれるんだろうね。コンパッション(慈悲)のような感情が生まれるというか。長瀬さんは私含めファッション業界に大きな影響を与えていらっしゃいますが、いかがですか」 長瀬哲朗(以下N)「僕も二人が話したこととまったく同じです(笑)。今のようなライフスタイルになったのは、働きすぎて『もっと自分を癒やしたいな』とふと思ったときだった。サステナブルを勉強的に捉えて知識として実践するというよりは、自分が真に求めるものをただ選んでいけば、結果的に持続可能な社会をつくることに繋がる選択になるんじゃないかな」

大屋夏南(おおや・かな) ブラジル出身。17歳でモデルとしてデビュー、数々の人気雑誌やファッションイベントに出演。また私服や美容情報などを発信するインスタグラムやYouTubeでは多数のフォロワーを誇る。自身3冊目のスタイルブック『purple』を出版するなど幅広く活躍中。
大屋夏南(おおや・かな) ブラジル出身。17歳でモデルとしてデビュー、数々の人気雑誌やファッションイベントに出演。また私服や美容情報などを発信するインスタグラムやYouTubeでは多数のフォロワーを誇る。自身3冊目のスタイルブック『purple』を出版するなど幅広く活躍中。

「確かに。何かを選ぶときのプライオリティも変わりませんか? 私の場合は自分の体は自分だけのものじゃないから、以前は事務所の人やファンの人の期待に応えることを第一に、空気を読んで選ぶことが多かった。でも今は、自分が心地いいと感じるか、自分らしいと思えるかが基準になりました。基準ができることで手放す作業も増えたかな」

O「手放せると無理がないから、継続できるよね。ずーっと」

「そうだね! 無理があるとやっぱりつらくなってきちゃうし(笑)」

「あと、昔と比べて無理しないから喜怒哀楽の波もかなり減った」

O「なるほど。私はスタイリストとして違うベクトルが見えてきた気がする。以前が浅はかだったのかもしれないけど(笑)、トレンドやアイテムのモノ軸にばかりとらわれていたのが、作り手やデザイナーの哲学に目を向けたいと感じるようになりました。ただの自己表現ではなくて、循環させるために愛のあるプロダクトやブランドを応援したいと思うようになったのが、今のペースで暮らすようになってからの大きな変化だと思います」

本当に好きなファッションを楽しむことが大切

「ファッションを楽しむこととサステナブルな選択って、見方によっていろいろと難しくなるんだよね」

O「私は長く使いたいものを選ぶことが作り手への応援になり、彼らがずっと継続していくためのヴォート(投票。賛同するための意思表示)になると思ってます。作り手のパッションやマインドが込められた洋服は長く着られるし快適だから」

「『自分を癒やしたい』に通ずるけれど、自分が好きと思えるものを一つひとつ選べるような審美眼を養えば、必然的に愛がないものにはあんまり目がいかなくなるかも」

「食品などと比べると、ファッションは生きるうえでプラスアルファな部分になるからこそ、自分が好きなものをちゃんと選ぶことがすごく大切だと思う。『この素材はダメ』『これを選ぶほうがいい』と外側にあるルールを意識する前に、何が好きで何を心地いいと思うか、自分の内側に向かう意識をより大事にした方がいいのかなと」

O「ルールってあるようで実はないはず。ファッションを選ぶ基準をそれぞれの人がちゃんと考えて、自分なりの答えをもって購入するようになれば、それだけで世の中が良くなる気がする。いいものがより循環するようになるんじゃないかな」

「愛を感じるものなら持っていて嬉しいし大切にしたくなる。まずは、それだけで十分じゃないですか」

「正解は人それぞれ違っていい。大人になると自分の好きなものがわかってくるから、私はファッションに関して言えば、育てていきたいアイテムを選ぶことを大事にしてます。使い捨てじゃなく、経年とともに自分の色に染まるものをクローゼットに揃えていきたいなと大人になってすごく思うようになりました。」

大田由香梨(おおた・ゆかり) ファッション誌のスタイリストとしてキャリアを始め、現在は住空間やフードディレクションなど衣食住を提案する“ライフスタイリスト”として活動。神宮前のヴィーガンカフェ「ORGANIC TABLE BY LAPAZ」や企業・ブランドのコンサルティングなども手がける。
大田由香梨(おおた・ゆかり) ファッション誌のスタイリストとしてキャリアを始め、現在は住空間やフードディレクションなど衣食住を提案する“ライフスタイリスト”として活動。神宮前のヴィーガンカフェ「ORGANIC TABLE BY LAPAZ」や企業・ブランドのコンサルティングなども手がける。

世界を旅する中で気づいた真の豊かな生き方とは

O「私たちの共通点には“旅好き”もあるよね。ライフスタイルに対する考え方がすごく似てるのも、たぶん世界中でいろんな出会いを経験したからこそ見える一つの答えなのかもしれないなって」

「旅って本当に楽しいよね」

「昨年もずっと旅してました! 最近だとメキシコのトゥルムが印象的でした。電気もシャワーもWi-Fiもないエコホテルに泊まったんですが、日が暮れると部屋の暗がりを照らすのはロウソクの光だけ。でも目の前に海があるから、部屋のどこにいても波の音が聞こえてくるんです。することといえば、海を眺めるか一緒にいる人と会話するかの二択だけ。それが本当に豊かで、感謝の気持ちも湧
きました。自分は宇宙の一部で世界にいさせてもらってるんだな、ありがとうございますって(笑)」

O「すごく素敵。ライフスタイルを見直すきっかけになるよね。私も以前モンゴルの遊牧民のお家にホームステイしていた時期があったんだけど、一つの空間にファミリー全員が暮らし、その中ですべての生活が営まれていて。外に出ればただただ草原と大空が広がっている。そこにいると、生きることがとってもシンプルに感じられたんですよね。東京でたくさんのモノに囲まれて暮らしてるけど、それらがなくてもこんなに幸せなんだなぁ……と思えた旅でした」

「全体の一部であると一人ひとりがもっと感じられれば、資源やゴミに関連する問題なんかをより自然に考えられる気がするな」

「何度か訪れたことがある地でも、自分自身がチェンジすると、それまでの先入観が覆されて自分にとっては新しい世界になる。僕が旅を好きな理由はそれです。大自然も世界遺産も大好きだけど、それ以上に、自分の気持ちの持ちようでなんとでもなるなあと思えるのが面白い。逆に『ここがいい』と薦められて行ったとしても自分の気持ちが沈んでたら、まったく楽しめないだろうし」

O「そうだねぇ。モンゴルはトイレもお風呂もないし、ほかの人に薦めるのは難しいかも……。本当に気持ちの持ち方と視点次第」

長瀬哲朗(ながせ・てつろう) スタイリスト。1996年に独立。メンズ・レディスを問わず、国内外の雑誌や広告、映画、演劇、音楽などあらゆる媒体を横断して活動。スタイリング以外では、洋服にとどまらずさまざまな企業やプロダクトなどでクリエイティブディレクションにも数多く携わる。
長瀬哲朗(ながせ・てつろう) スタイリスト。1996年に独立。メンズ・レディスを問わず、国内外の雑誌や広告、映画、演劇、音楽などあらゆる媒体を横断して活動。スタイリング以外では、洋服にとどまらずさまざまな企業やプロダクトなどでクリエイティブディレクションにも数多く携わる。

「旅でいちばん大切なのはそれかもしれない。生き方において言えるかもしれないね。二人はサステナブルに対する気づきを得た本はある?」

「うーん、日常生活や旅の中での発見がやっぱり大きいのかなあと思いますけど……、強いて言えば『アミ 小さな宇宙人』かな」

「それ、すっごいわかる!(笑)」

O「あの一冊に、すべての答えが書かれている気がするよね」

「具体的に書いてあるわけではないけど、スタンスとか視点についての記述が多いから、自分なりの答えを出すきっかけになるんじゃないかな」

「たまにパッと開いたページを読むにもいいんだよね。自分の捉え方が変わると、前に読んだときよりも言葉をもっと深く理解できたりして」

「新しい生き方を始める準備ができたらぜひ。あと『アルケミスト 夢を旅した少年』も面白いです」

O「サステナブルは特別なことや難しいことじゃない気がします。私は循環だと捉えていますが、ただ同じサイクルを巡ることではなく、巡りながら輪が広がっていくようなイメージがあります。まずは自分が楽しく生きること。そうすれば周りにも伝播していくのかなと!」

「私は内側に向かっていく意識をみんなに大事にしてもらいたい。自分は何が好きで、本当は何が欲しいかということに丁寧に向き合ってもらいたいな」

「自分が心地いいと感じられる生活こそいちばんクオリティの高いライフスタイルだと思います」

Photos:Harumi Obama Hair&Makeup:Anna.(Kana Oya) Text:Nao Kadokami Edit:Sayaka Ito, Mariko Kimbara

Magazine

JUNE 2024 N°177

2024.4.26 発売

One and Only

私のとっておき

オンライン書店で購入する