Numero TOKYO おすすめの10月の本 | Numero TOKYO
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Numero TOKYO おすすめの2019年10月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきの3冊をご紹介。

『やがて満ちてくる光の』

著者/梨木香歩 本体価格/¥1,600 発行/新潮社

25年の人生を映し出す、光のような言葉たち

1994年に『西の魔女が死んだ』でデビューし、作家生活25周年を迎えた著者が、活動初期から近年までに綴ったエッセイと対話を収録した本書。読書に夢中にだった幼少期、野生に生きる動物と植物へのまなざし、旅先や取材先でのかけがえのない出会い、児童文学や物語を書くことへの想いなど、綴られている内容は驚くほど多岐にわたる。 書かれた時期もテーマもそれぞれに異なるものの、一編一編が星のようなきらめきを放つ文章を読み進めていくうちに、あらゆる事象をまっすぐに見つめて思考をつづけるひとりの人間の中にある小宇宙がゆっくりと現出しはじめる。年月を経ても輝きを失わない、読み手であるわれわれの行き先を照らす光に満ちた一冊だからこそ、急いでページをめくるようなことはせず、じっくりと読むことをおすすめしたい。

『マリアさま』

著者/いしいしんじ
本体価格/¥1,500
発行/リトルモア

「小説ってのは小さな『窓』なんですよ」

銀座通りを闊歩する虎、正岡子規との東京ドームでの野球観戦、碁盤の目の市街で繰り広げられる京都街路チェス選手権、“おそと”で音を拾う祖父とのドライブ。さまざまな媒体で発表された短編・掌編作品を“新生”というテーマのもと編纂した、著者の約3年ぶりとなる小説集。

『窓』という作品の中で、主人公である“人格を持った短編小説”は、読み手によって小説の内容は変わるものであり「その瞬間の自分を、別の目を通して読んでらっしゃる」と物語る。この“短編”の言葉の通り、収録された27編の——不思議ながらもどこか現実と地続きにも感じられる——小説たちが残す響きは、音叉が発生する純音のように自分を正しくチューニングするための徴標を与えてくれる。いつまでも手元に置き、心の耳を澄ませながら繰り返し読みたくなる最上の一冊。

『嘘と正典』

著者/小川哲
本体価格/¥1,600
発行/早川書房

歴史や過去を“変える”ことは可能なのか?

未来の管理社会を描いた『ユートロニカのこちら側』で鮮烈なデビューを飾り、SF巨編『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞をダブル受賞した小川哲。その受賞後第一作かつ、初の短編集となる本書。

タイムトラベルに挑んだステージを最後に姿を消したマジシャンの父と残された姉弟を描く「魔術師」、音楽を通貨とする少数民族の伝説を探る「ムジカ・ムンダーナ」、冷戦下のモスクワを舞台にCIA工作員が共産主義の消滅を企む表題作など、“歴史”と“時間”をテーマとした6編を収録。“歴史”を作るものは何かと問いかける哲学的な作品でありながら、6編どれもがミステリや家族小説などとしても楽しめる魅力を十二分に兼ね備えている。SF新世代の俊英と謳われる著者のストーリーテラーとしての才覚に、恍惚感すら覚えてしまう一冊。

Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

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MAY 2024 N°176

2024.3.28 発売

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