エリザベス ペイトンが描くアイコンたちの肖像 | Numero TOKYO
Interview / Post

エリザベス ペイトンが描くアイコンたちの肖像

現在、原美術館にて開催しているエリザベス ペイトンの日本の美術館初の個展「エリザベス ペイトン:Still life 静/生」。90年代前半から、時代のアイコンや身近な恋人などを独自のタッチで描き続けてきた彼女は、対象をどのように捉え、何を描き出そうとしているのか。

今回の個展では、画家としてのキャリア25年の間に生まれた作品から42点が一堂に会する。なかでも彼女の代名詞でもある肖像画は自身にとっての“憧れ”や“美”を描き、友人から歴史上の人物、ミュージシャン、役者など現代のカルチャーアイコンまで、その対象は多岐に及ぶ。90年代半ばには時代に新風をもたらす“新しい具象画”と称され、話題を呼んだ。そこから20年という時を経て、エリザベス ペイトンのいまの思いとは? あがきもがいて生まれた作品群 ──日本で初となる個展ですが、どんな心境ですか? 「正確には1990年代に小さなギャラリーで個展をしたことがあります。でもこれだけでの規模での展示は初めてのこと。原美術館は、落ち着いた佇まいで心地よい親密性がありながらも、どこか特別な場所でもあり、私の作品を引き立ててくれるという確信がある。ここで個展ができることを幸運だと思うし、周りの人々がとても私の思いを尊重してくれることに感謝しています」 ──展示作品はどのように選びましたか? 「今回は25年という私のアーティストとしてのキャリアを網羅するよう作品を選びました。これまで描き続けてきたなかで、特に強く感情を揺さぶられたものを集めました。そして、選定したリストを何度も見直すなかで、ふと気づいたのは、選んだ作品がどれもすごく大変な思いをして描きあげたものばかりだったということ。完成までに長い年月がかかったもの、途中でやめてしまおうかと思ったものなど、私のキャリアの中で大きな意味を持つ作品です」 ──画家としてのターニングポイントを象徴する作品とは例えば? 「『The Age of Innocence』は、2005年に描き始めてから完成まで2年かかりました。最初は全然しっくりこなくて、いろいろなものを足していった結果、ようやく完成にたどりつくことができた。特に2人の人物がキスをしている場面を描くというのは、まるで夕焼けの美しさを捉えるような難しさでした。誰もが見て美しいと感じるその光景に、作品としての意義を見出すことが必要だったから。それと『Julian』は、5回書き直して6度目にやっとこれだというものを得られました。これだけもがいた理由はいろいろあるのだけれども、最終的にやり遂げられたということに大きな意味があると思っています」

E3
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彼らの生き様や魅力を残しておきたい

──あなたの作品には、世界的に有名なアーティストから歴史上の人物、身近な人々など、さまざまな人物が登場しますが、その対象人物を描こうと思う原動力とは何でしょうか?

「作品は、私自身がこの世界で起きていることへの率直なリアクションだと思っています。もちろん描く対象は、私がすごく好きだったり、尊敬の念を抱いている人だったりという前提はあるけれど、なぜこの人たちを描くのかと言われると明確な理由があるわけではありません。とにかく彼らの生き様や人物としての魅力はとても重要でこの世に残しておきたい、素直に描きたいと思った気持ちを大切にしているだけなんです」

──今回、ジョージア・オキーフを描いた作品が2点あります。彼女に対しては特別な思い入れがあるのでしょうか?

「彼女は最も偉大な女流画家の一人だと思っています。でも不思議なことに私がアートスクールの学生時代に学校や周りでも、彼女の名が挙がることはほとんどありませんでした。私自身、2005年頃、彼女の美術館(ジョージア・オキーフ美術館)を訪れて、実際に彼女の作品を目にしてその力に圧倒された。1950年代、女性が画家として活動することがどれだけ大変だったことか。それでもアートこそが彼女を解放してくれる唯一のもので、自分自身の作品を全霊で信じていたこと。そういったストーリーが、私にインスピレーションを与えてくれました。私にとって数少ないロールモデルの女性の一人。彼女の人生のように生きたいというのとは違うけれど、彼女を描くことは非常に意味があることだと思っています。『Georgia O‘Keeffe after Stieglitz 1918』は、オキーフの夫であるアルフレッド・スティーグリッツが撮影した写真をもとにしました。この2人がどのように互いを刺激し合ってきたのか、そんな思いを巡らせながら描いたものです」

──一方で、歴史上の人物としてルートヴィヒ2世を描かれています。一般的に悪名高い「狂王」として知られていますが、彼を描いたのはなぜ?

「初期の頃、よく描いていたわ。ルートヴィヒ2世は芸術や音楽を理解しようと努めていた人物でですが、私にとって彼本人も芸術家のように感じるの。彼は自身が夢にみた世界を現実に作り出すためにあらゆる手を尽くした。ノイシュヴァンシュタイン城など豪華な城の建設や、ワーグナーを召喚し活動を支えるなど音楽へも傾倒していた。自身の夢を叶えようとする方法は、19世紀に存在した国王としてはあり得ないものだったかもしれない。でもそうした彼の強烈な個性、独自の考え方はとても興味深いわ」

可能性を試し続けずっと変化していきたい

──作品には男性も女性も登場しますが、性別を超越した圧倒的な存在感が感じられます。それは意識して描いているのでしょうか?

「男性の中にあるフェミニンな要素、女性の中にあるマスキュリンな要素を引き出したい、描きたいという思いは強くあるのは確か。私自身女性だから、男性のほうがより客観的に描くことができるかもしれないと思うけど、描く人々の性別を意識して描くわけではありません。みな人間なのだから」

──これまで、チャコールから油彩、水彩、色鉛筆など使い分けたり、版画などの技法を用いたり、さまざまな変遷をたどってきました。これからもどんな作品が生まれるのか楽しみです。

「いろいろな技法を試してきたし、色彩を足したり、引いたり、それぞれの作品に対してベストと思うあらゆる手段を尽くしてきた。私の作風はこれだからと限定するつもりはないし、これからもいろんな可能性を試していきたい。変化のない人なんていないはずでしょ。ずっと変化し続けていたいし、どんな新しい可能性にも対応していける心を持ち続けていたい」

──最後に一つ気になっていたことがあります。会場に入るとまず目に飛び込んでくるのが展覧会名の記された大きな写真です。絵ではなく、写真を選んだのには何かわけがあるのでしょうか?

「この写真は、『フライデー ナイト ライツ』というテレビドラマに出てくるキャラクターのティムを撮影したもの。このドラマの監督は、独自のアプローチでティムの顔へフォーカスしていると感じたの。ティムはあまり感情を表に出すわけでないのだけれど、そこには優しさと悲しみと希望が同時に滲んでいるような強いパワーを感じたんです。まるで中世の彫刻のような美しさの中に、いろんな表情を感じさせられる。これは車の中でラップトップを広げ、そのドラマが映しだされた画面を撮影したなかから生まれました。車内に入る光やラップトップから放たれる光など、それぞれが反射したものからさまざまな色彩が生まれ、そこにティムの表情がある。これこそ、私がこれまで描き続けてきた作品への導入としてふさわしいと思いました。この写真がとても気に入ったので、大きく引き伸ばしたかった、というのも一つの理由なんですけどね(笑)」

「エリザベス ペイトン:Still life 静/生」展の情報はこちら

Photos:Motohiko Hasui
Interview&Text:Etsuko Soeda
Edit:Masumi Sasaki

Profile

 Elizabeth Peyton(エリザベス ペイトン) 1987年、ニューヨークのスクール オブ ヴィジュアルアーツを卒業。主な個展に「Here She Comes Now」展(バーデン バーデン州立美術館 ドイツ 13年)や版画に焦点をあてた2011年の回顧展「Ghost」展(ミルドレッド レーン ケンパー美術館 セントルイス アメリカ、オペルヴィレン財団 リュッセルスハイム ドイツ)などがある。また、主要回顧展に、09から10年にかけて各地を巡回した「Live Forever」展(ウォーカー アート センター、ミネアポリス)、ニューミュージアム(ニューヨーク)、ホワイトチャペルアートギャラリー(ロンドン)、ボネファンテン美術館(マーストリヒト、オランダ)がある。日本では、Gallery Side 2にて個展(97年)、「エッセンシャル・ペインティング」展(国立国際美術館、2006年)に参加。17年、ローマ フランス アカデミー「ヴィラ メディチ」にて個展開催予定。

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